第2話

 ところで、フラクタルというものをご存じだろうか。私は知らなかった。


 突然どうした悪いもんでも食ったか、と思われるかもしれない。だけども自然な流れではあるのだ。だって、小説内でフラクタルの説明が行われているのだから。


 フラクタルというのは数学用語。古典的幾何学で扱えない、簡単な操作で生み出せる自己相似的な線や図形のことを指す。幾何学っていうのは図形全般を扱う数学内のジャンルみたいなもの。自己相似っていうのは、自分と似てるってことだ。


 言葉で伝えようとしてもよくわからないと思う。私もよくわからない。


 なので、こういうものを想像してほしい。


 まず正三角形。そいつの各辺を二等分する点をそれぞれ打ち、その点を線で結ぶ。そうすると、元の正三角形よりも小さな逆三角形が生まれているはずだ。


 トライなフォース。


 そう形容するほかない、緑の青年が抱えそうな物体ができているかと思う。そのうち一つを選んで、同様のことをする。例えば左下の三角形を四つに分割する。同じことをさらに小さな三角形に対して行う。


 それを何回かやってみた後に、全体を見てみてほしい。


 トライなフォースの中に小さなトライなフォースがあって、その中にさらに小さなトライなフォースがある。そこにはまたさらに小さなトライなフォースがあり、またまたさらに小さなトライなフォースがある……以下同じ操作の繰り返し。


 あるいは全体を見れば、消失点へ向かっていくトライフォースの姿に気が付くことだろう。


 それがフラクタルであるらしい。本にはそう書いてあるから、そういうことなんだろう。


 で、それがなんなんだよって話だ。私もよくわかっているわけじゃないんだけれども、タイトルの説明ってことじゃないかな。


 フラクタル・ラブってことは、ラブがフラクタルってるってことだろうか。


 略してフラクタる。


 ……いや、フラクタるってなんだよ。もしかして、それが愛の真実ってやつか。自己相似的な愛ってどんな感じなんだろう。


 ぽわぽわぽわーっと頭に浮かぶのは、無限に増殖していくハート。でもそれは、フラクタルというよりかは蓮コラとかそんな感じに近い。ヒマワリの中心みたいなハートの集合体は、想像するだけで怖気がぞわぞわこみあげてくる類のものだった。




 中盤に差し掛かるまではべたなラブストーリーだった。


 ぼっちな主人公がクラスメイトに好意を向けられ困惑する、といった感じ。似たようなことが先ほど私にも降りかかってきたので、そちらで説明してみようと思う。


 時刻は午後六時を回ろうとしている。太陽はいい感じに熟して今にも生命の樹からこぼれ落ちてしまいそう。そんな橙色の果実は、オレンジの果汁みたいな光を街中へと振りまいていた。


 私は屋上でフラクタル・ラブを読んでいた。


 そうしたら、屋上へと一人の男子生徒がやってきた。私のことをグラウンドから見上げてきた佐藤君である。


 部活中じゃなかったっけと耳をすませば、グラウンドから花火のように上がっていた声は、いつの間にか止んでいた。


 佐藤君は屋上へやってくるなり、周囲をきょろきょろ見回す。その必死さたるや、コンタクトレンズを落としてしまった人のよう。何度も何度も視線を屋上へ向けた彼は誰もいないことを確信したらしく、私へと視線を向けてきた。


 私が手を上げると、答えるように佐藤君の手も上がった。その手の動きは地震を記録している針みたいにぶるぶる震えている。


「何の用? あ、屋上で何かするつもりだったら、お邪魔虫な私はどこかへ退散しようかな」


 部活動の一環で、屋上を利用するかもしれないと考えて、私はそのような提案をした。


 でも、佐藤君は首を振った。


 佐藤君は私の目の前までやってくる。その顔は太陽よりも真っ赤で、今にも茹で上がってしまうのではないかと心配になってしまうほど。口はもごもごと動き、何かを口にしようとしているけれども、同時にためらっているようでもあって。


 私は佐藤君の言葉を待った。その場を立ち去ったってよかったんだけども、彼が発散させる妙な空気が私を留まらせたのかもしれない。


 佐藤君は口をパクパクさせていたけれど、意を決したように身を乗り出して。


「ぼ、僕と付き合ってください!!」


 絞りだすようなその言葉は、私に対して雷鳴のごとく降り注いだ。


 体がビリビリ震え、脳は回路がショートしてしまったみたいに動こうとしない。視界はブラッシュバンを食らったノクトビジョンみたいに真っ白だ。


 私は何度も瞬きした。何が起きたのか理解できなかったからというのもあるし、そうすることで、目の前の現実が実は「嘘でしたードッキリ大成功ー」と言い出すんじゃないかと思ったんだけども、そういうこともない。


 現実は現実で、目の前の佐藤君が言ったこともどうやら夢幻ではなく、私の幻聴ってわけでも幻視ってわけでもないらしかった。


 これは妄想ではなく現実。


 佐藤君の告白もまた、現実。


 どう反応すればいいのかわからなかった。私は可愛いと言われてきたし、自意識過剰かもしれないけれども、同時に自分でも可愛い思う。


 でも、告白されるのはこれがはじめてのことで。


 私はどうすればいいのかわからず、その場に突っ立っていることしかできなかった。


 我に返ったときには、佐藤君の姿はなかった。とっくの昔に逃げてしまったようだ。

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