血痕 新しい夢 黒幕/没作シリーズ

#1

君と私は恋人だった。そこは間違いない、間違いようがない。

大学のサークルでたまたま出会って、たまたま家が同じ方向で、たまたま好きな煙草の銘柄が一緒だった。そしてたまたま付き合った。

君はよく言った。

「人はね、自分の意志で選択しているようですべて偶然なのだよ」

「この煙草が好きなのも偶然ということ?」

「そうだよ、この世はすべて偶然でたまたまなのだよ。そして必然なのだよ」

「矛盾してない?」

「矛盾なんかしてないよ。こちらが、偶然だと知覚している限り偶然、だが実際のところ必然というだけだよ」

「へー。私と君が付き合ったことも偶然なのね」

「そして必然だよ」

そう言って煙草に火をつけた。それを鮮明に覚えている。

だからなのだろう。突然、こんな真っ暗な意味の分からないところいた。それなのに動揺も驚きもしなかった私と君。

とりあえず歩いてみた。

どこかへ向かっているという感覚と、無意識で繋いでいた君の手の感覚だけが確かにあった。

歩み進んでいるこの闇は思ったより居心地がいい。

ずーっと意味もなく歩いていても、君がだんだん飽きるのではないかと隣をちらりと見た。そこには大理石の像があった。

君に似た顔もしてないし、有名な像でもないし、動物でもなかった。

そこにあったのは大理石の実寸大の百合の花だった。それを拾い上げた。そして、歩きはじめた。

しかいがゆがんだ。ぼたぼたおちていく。かなしい。かなしい。かなしいのだ。君がいなくなってしまったことが。君がいないことが。

しかいは、いまだゆがんだまま。こうなるなら、はなばたけにでもいっしょにいけばよかった。

なみだを拭った。視界は鮮明になった。目の前には沢山の花が咲き誇っていた。いくら目を凝らしても百合の花は無かった。

いや。あるはず。偶然見つかればいい。

これは必然か偶然か。どちらにしても私は認めない。君と私は必然だから。

君を探すことは必然で。偶然見つければいい。


#2

オレとお前はダチだった。そこに間違いはねぇ、間違うはずがねぇ。

ガキの頃から近所にいて、ずっと一緒に遊んでた。一緒にいるのが普通だった。勉強が出来ないオレと頭のいいお前。

いつか遠くなることなんて小学生の頃にもう気づいてた。なのに、中学も高校も一緒だった。オレが行く高校なんてたかが知れてる。そんなところにお前もついてきた。

「なんでお前がいんだよ」

「ふふ、寂しがるだろうなと思って」

「うるせえよ。お前と違ってダチつくんの得意なんだよ」

「ひどいな~。間違ってないけど」

「つーか、お前喧嘩できんのかよ。ここ、弱肉強食で有名だぜ?」

「大丈夫、空手有段者だもん。まぁ、もしボコボコにされても助けてくれるでしょ?」

「あったりまえだろ。ナメんじゃねぇよ」

だから、こんなとこに突然ふっ飛ばされても一緒だと思ったんだ。

それまで、一緒にいたお前はそこにいなかった。名前を呼んだ。何も起きなかった。が、お前がいたはずのところにきれーな石でできた花があった。

たしか、この花は。あーなんだ。あれだあれ。そう、ひまわりだ。ひまわり。にしては、真っ黒の石で出来てんのが、なんかミスマッチだ。とりあえず手に取った。

ひまわりねぇ。ひまわりといえば、ガキの頃にオレのばあちゃんちの庭にひまわりが咲いてたな。けっこうオレは好きだった。

そう思っていた。瞬きした。そしたら目の前にばあちゃんちの景色が広がってた。

見覚えのある家の中をうろうろ歩き回った。ばあちゃんはいなかった。それどころか人の気配が一切しない。

縁側に出た。空は雲一つない快晴。庭にひまわりが咲いていた。近くに寄った。どこから湧く違和感のままひまわりに手を伸ばした。

ただの造花だった。百均で売ってるようなお粗末な造花だった。なんだかとんでもなく腹が立った。

あーむかつく。ただただ、むかつく。こんなものでオレが満足するとでも思ったのか、この意味の分からない空間は。

誰の仕業だ。お前だろ。だからいないんだろ。どっかでオレの醜態を見てケラケラ笑ってんだろ。

あー。こんなとこで、離れるとかマジムカつく。


#3

吾輩と貴殿はただの敵だ。その現実に間違いはない。間違いなわけがない。

祖国から送り込まれたスパイ。所詮、捨て駒として吾輩はこの国に来たのだ。

この国の情報を、祖国へ横流しし指揮系統から崩す計画だ。この計画のために、十数年前からこの国の兵士として志願した。

そして、今では指揮官補佐までのし上がった。様々なものを蹴落として、様々なものを斬り捨て、様々なものを欺いた。その結果、祖国に一番貢献できる美味しい位置を獲得した。

酷く滑稽で、誠に愉快だ。或る一国がこの手中で踊り狂ってくれるのだから。目の前の貴殿を除いては。

「これが、貴様がα国のスパイであるという証拠のすべてだ。死に方を考えておけ。最低限叶えてやる」

「面白いご冗談だ、β国補佐官殿。貴殿が、そんな愚かな妄言をおっしゃる方だとは知りませんでしたよ」

「吐け。いつからだ。いつから裏切った。いつから寝返った」

重い拳骨を、机に振り下ろし怒りを滲ませる貴殿を冷ややかな目で見る。あぁ、インク瓶が倒れてしまった。

「いつも、なにも、初めからなんにもないのですよ。空想です」

懐からルガーP08を取り出し額に狙いを定め引き金に指をかけた。突如、目の前が暗転したように思えたが、貴殿が何も変わらずそこにいた。

周りを横目で見回した。果てのない闇が見えた。そして貴殿の方へ視線を戻せば、同じく周りを見回していた。

好機。

引き金を引いた。

そこには、死体でも血飛沫でもなく、桃水晶のハナズオウがあった。裏切り。なんの皮肉やら。

この気味の悪い闇でただ分かることは、貴殿は死んでいないということ。長く戦場を駆け、命を刈り取ってきた経験が殺していないと云うのだ。

貴殿を殺す。祖国のために。

貴殿が心底、敵である吾輩を信頼していたとしても。


#4

ボクとキミは最高の相棒だった。そこに噓偽りはない。

ギルド長で魔術師のボクと、ギルドメンバーで剣士のキミは、割と仲が悪かった。

ギルドの運営のために、難度も危険度も高いクエストばかり請けようとするぼくと、ギルドメンバーの安全のために、簡単なクエストばかり請けようとするキミはいつも喧嘩ばかりしていた。

「なんでさ、こっちの方が新しい防具を作ってもらうための材料も手に入る。断然こっちの方がお得だよ?」

「あんた、仲間を殺す気かい?危険度が高すぎるじゃないか。こっちの方がまだ安全だ」

「報酬だって良い。30000ゴールドだよ?こんなに得があるのに」

「得とか、そんなのどうでもいいんだよ。仲間の安全が一番だ」

「安全ねぇ。たったそれだけでギルドメンバー全体の能力と士気が上がると思うのかい?」

「あぁ、上がるさ。数をこなせばね」

「非効率だね。たくさんやって10レベル上がるクエストと、たった一つで10レベル上がるクエスト。どっちほうが人の能力が伸びると思う?」

正解は後者。ちっちゃいことをやり続けても大して能力は伸びない。それが通用するのは初心者段階だけ。そして、ボクのギルドは初心者お断りだ。結論、後者の方が伸びる。今まで頑張ったおかげで、今ではこのギルドも大所帯ギルドの一つとして有名になった。こんな大所帯が、初心者クエストをするとか。無駄な時間でしかない。

「さあね。あいつらに聞いたらどうだ。どうせワタシの意見に同意するだろうけど」

「キミはボクらの仲間がチキンだとでも思ってるの?」

「はぁ?なんだい、あんた、ワタシのことをチキンだって言ってるのかい?」

「あぁ。そうだね。安全なクエストへ逃げる臆病者だと思ってるさ」

「うるさいわね。頭きた。受けて立ってやるよ。あんたが持ってきたそのクエスト」

いつも通りだ。喧嘩するだけして煽って怒らせたら、すぐにボクの案に乗ってくれる。そして、持っている能力をすべて惜しみなく奮って、ギルドに貢献してくれる。

いつも通りだったんだ。

お目当ての洞窟に入った瞬間、とんでもない闇に包まれた。後ろを見ても仲間はいないし、待っていても誰も来なかった。先頭にいたボクとキミだけ闇に呑まれたようだった。

ランタンで先を照らそうとしても何も見えない。闇しかそこに存在していなかった。

「あんた、もっと照らせるものないのかい?」

ちらりとボクを見て、明かりを催促した。

「光魔法苦手なんだけどな」

呪文を唱えた。閃光がパンと瞬いた。周りを見渡したが何もみえなかった。閃光が消えた。キミも消えた。そこにはルージュクォーツのような、真っ赤な水晶石で出来たバラだけがあった。

とても綺麗だった。大事に壊れないように拾い上げた。

なんでこんなものがここにあるのだろう。大抵こういうものは、大きな美術館にあるイメージなのに。美術館か。最近忙しくて行けなかったな。リザ地方のブルー美術館。行きたいとずっと言って全然行けなかったな。

ふと、そう思った瞬間、あの有名な絵画の前にいた。


#5

アタシとアンタは親友だった。間違ってはいない。間違いではない。

魔法学校イチの成績優秀で優等生なアタシと、劣等生で問題児だけど人気者なアンタ、惹かれ合うのは当然みたいなものだった。

なんかラブストーリーみたいじゃない?ウソウソ、冗談。

何回教えても覚えの悪いアンタは、よく自慢のツインテールの毛先が焦げてた。

「やっばー!またミスったんだけど!」

「アンタ、火の魔法なんて初歩の初歩よ。なんの魔法なら使えるのよ」

「んー?飛行魔法と空間魔法」

「空間魔法!?あんな難しい魔法なんで使えるのよ!普通逆じゃない?」

「なんか使えたの。ウチもびっくりしたんだから」

「じゃあ教えてよ。アタシも使えるようになりたい」

「おっけー。じゃあ、トパーズイモリのゼリークッキー奢って」

「え~。いいけど」

いつもとは立場を逆転させて、魔法を教えてもらう約束を取り付けた。

約束の時間に約束の場所に来た。その瞬間周りが闇になった。辺りを照らすために、杖を掲げても周りの状況は全く変わらない。

「あー聞こえる?」

アンタの声が聞こえた。姿は見えない。聞こえた瞬間は、アンタのいたずらかと思った。その後の言葉でいたずらの範疇じゃないことに気づいた。

「記憶が混ざる感覚ってどんなだと思う?」

「何言ってんのアンタ」

「自分が自分じゃない、でも自分。でもそれが理解できない。面白いと思わない?」

「差し詰め、アタシがそれの実験体ってこと?」

「違うよ。実験体も何も最初からそうだよ。ほら、そこのヒヤシンス拾って」

周りを見ると、掌の大きさぐらいのロゼクォーツで出来たヒヤシンスがあった。

「アタシ、アンタのこと好きだよ」

「はいはい。じゃあハジマリからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

くらがりの書架 闇 無地 @sabi_kofee17

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る