(2) 第三王子
朝起きて、朝食を食べてから身支度を整える。ドレスは毎朝私が選ばなければならないらしいけれど、まだ私にはふさわしい衣装の程度が分からないので、マリーにある程度餞別してもらい、その中から選ぶことになっている。それらはクイズ形式になっていて、プライベート用ドレスの中に、パーティー用のドレスが混ざっている。お茶会用や夜会用のドレスはさすがにプライベート用のドレスに比べると派手なのでわかるけれど、訪問着とかが加わるとややこしくなってくる。身支度を済ませると、朝の仕事の開始である。と言っても、私はまだ執務に不慣れなので、イヴォンが確認した書類の改めての確認や、面会依頼の手紙の確認が主な仕事となっている。
「あら? これは……」
イヴォンの推薦状を添えて、面会依頼の手紙が届いていた。差出人の名前には『クリスチャン・ルナール=カゾーラン』と書いている。第三王子の名前だ。王族の名前はもっと長いはずだから、名と姓のみを書いている。つまり内々の手紙と言うことだと思う。内容は本当に面会を依頼する物で、大まかには国の救出についてお礼を言いたいので午後に招待したいという物だった。怪我は治癒によってだいぶ回復したようだけれど、まだ体調は良くないらしい。会っていいのだろうかと思ったけれど、イヴォンの推薦状が添えてあったことを思い出して、内容を確認する。
「どう?」
「第三王子……クリスチャン殿下からの内々の招待状みたい。イヴォンも会った方がいいって思っているから、会いたいのだけれど……」
「……では、今日の午後の面会の時間に訪問しましょう」
マリーは一度、壁際に並んでいるメイド達を睨んでから、スケジュールを立ててくれた。何人かが第三王子の名前が出た時に声を漏らしたのだ。おそらくマリーの中で不合格となったことだろう。……ところでマリーは何故いきなり侍女として働けるのだろうか。マリーの家には使用人がたくさんいたし、このようにいきなり城で王族の侍女として働けるものなのだろうか。本人が言うには、まだ城の構造や物の在処を覚えるのが難しいらしいけれど……。
私はマリーに教えてもらいながら手紙を書き、内容を確認してもらう。字が整っているかなどを確認してもらい、合格が出ると彼女の手で封蝋が押される。
「……あなた」
「はい、クロエでございます」
黒髪を丁寧にまとめた可愛い女の子だ。まだ歳は十三、四歳くらいに見えるけれど、姿勢も綺麗で、マリーの選別の中では最優秀らしい。
「クリスチャン殿下の下へ、午後に招待をお受けする旨をお伝えしてきなさい」
「はいっ」
とはいえ王族への招待状の返事をするということで、少し上ずった声を上げたが、すぐに目を閉じて呼吸を整えた。真面目な様子も好ましいと思う。あとでマリーに近くに置いてもいいと許可を出しておこう。イヴォンが彼女に後ろ暗いことがないかなど確認して、そちらにも合格が出れば私付きのメイドとなるのだと思う。今はマリーに負担をかけているので、早く近くに信用できる人を増やしたいと思う。
しばらくするとクロエが戻ってきた。マリーは戻ってきた彼女の様子を確認し、今度は厨房へのお使いを命じた。手土産用のお茶とお菓子の手配をしに行ったのだ。
「ハイ。先ほど面会に行った際に、メイドから殿下の好みのお茶を聞き出しておりますので、そちらに合うお菓子を用意するよう手配いたします」
「それでいいわ」
マリーがすごく満足そうにしているので、クロエも嬉しそうだ。私もこの先の予定を踏まえて独自に動いているので、とても優秀な子だと思う。壁の方にさりげなく目をやると、メイドのうちの一人が闘争心を燃やしているのか、口元にわずかに笑みを浮かべていた。後でどういう子なのか、マリーに確認してもいいかもしれない。
他にも何通か面会依頼や招待状は届いていたけれど、イヴォンから会わないように注意書きが添えられていたので、面会の許可は出さなかった。面会許可は出さないという方針で決まっているけれど、どのような内容の手紙が届いているかなどは確認するようにということで、お勉強も兼ねて全ての手紙に目を通した。
「イヴォンはどうしてるのかしら」
「騎士団自体が後処理や親衛隊の編成で忙しいみたいですわ。夜には顔を出してくださいますよ」
本来後処理も私の仕事だ。けれども私はまだ執務の経験がなく、それを教えてくれる人もいないので、イヴォンが私でも判断できる状態にしてくれている。私の教師役でも見つかれば、少しはイヴォンも落ち着くと思うのだけれど、残念なことに私にそのような伝手はない。国の襲撃が起きた際、接した者は騎士団の関係者と、マティアスという年若い者ばかりだった弊害だ。おかげで私は執務の勉強さえ探り探りの状態になっている。……これは里穂の記憶がなかったら大変だった。おかげで内容自体は理解できるので、考えることができる。考えたことは、夜にやって来るイヴォンに相談して回答をもらう。やっぱりイヴォンの負担が大きすぎるので、どうにかしたい。
わたしの午前はそうやって過ぎていった。
午後になり、私は迎えに来た第三王子のメイドの案内で、第三王子の部屋へと向かった。私室に招いていいのだろうかと思ったけれど、兄妹なので問題ないらしい。通常王族が使う部屋は続き部屋になっていて、訪問者を迎えるための部屋があるのがディフォルトなのだという。そういえば私もイヴォン達を迎える時は、廊下から見て手前にあるリビングみたいなスペースを使っている。客室も高貴な人が使うこと前提で作られているのだろう。
「こちらでお待ちくださいませ」
メイドの言葉に立ち止ると、彼女は近くの部屋の扉の前に立つメイドに声をかけ、そのメイドは扉を一度叩いた。扉を開いたまま、扉の前に立っていたメイドは、こちらに小さく頭を下げた。入室許可が下りたということだろう。一度マリーに視線を向けると、小さく頷いたので、私は入室した。
室内は落ち着いた白い家具でまとめられている。第三王子の好みなのか、布地は清潔感のある青を基調としていて、第三王子が佇む様はまるで額縁の絵のようだった。
「ようこそおいでくださいました、女王陛下」
「お招きいただき、ありがとうございます――」
穏やかな笑みに、思わず名乗りそうになってしまったけれど、言葉を飲み込んだ。目上の者に先に名を名乗らせるのは、マナー違反だからだ。私が王ならば、相手より先に名乗るのは、相手に失点を与える行いとなってしまう。自分から名乗るのは、相手に不満を感じた時だけでいい。
私はマリーに教わったようにスカートの裾を小さく上げて軽く頭を下げた。
「……ご挨拶をかわしたいところですが、お体を酷使されているようです。席に着きませんか?」
服に隠れていたけれど、よくみると第三王子は松葉杖をついている。治癒が効いたという話だが、足の痛みは残っているのかもしれない。第三王子はニコリと笑って、壁際に向かって頷いた。壁際に立っていた男性が椅子を引いてくれたので、私は席についた。彼は続けて、第三王子を座らせてから壁に立った。もしかしたら第三王子の付き人なのかもしれない。
「先日は助けてもらったのに、あいさつもまだだったね。クリスチャン・マルスラン・オーギュスト・ルナール=カゾーランと言います。どうぞクリスとお呼び下さい」
丁寧な言葉は、私の胸にすとんと落ちて来る。第三王子殿下は、その笑みと同じく穏やかな方のようだ。歳はたしか私よりも一つ上だったろうか。私と同じ黒い髪に、私と同じ、紅茶みたいな赤い目。エミルとも同じ色で、顔つきも鏡で見る自分の顔とよく似ているように思う。
「クリス、殿下?」
「いえ……」
第三王子は何事か言いかけたけれど、すぐに口をつぐんで、一度壁側に目をやる。すると従僕はメイド達に退出を促した。全員が退出しているので、マリーもそれに倣おうとしたけれど、第三王子が「そちらの者はここに置いてください」と言ったので、部屋に残る。
「では、あなたも、一番信頼できる人を残してください」
「わかりました」
その言葉に、第三王子は何事か指示を出すこともなく、椅子を引いてくれた男性が残った。着ている衣装もお仕着せではないので、やはり第三王子の付き人なのだろう。
「こちらは私の幼馴染のトリスタン・ファロ。いろいろ相談に乗ってもらっている」
「よろしくお願いします」
トリスタンと呼ばれた彼は、壁際に立ちながら小さく頭を下げた。よく見ると頬に怪我をしているので、彼も襲われたのかもしれない。ポールがいれば、治癒をしてもらえたのに。
「あの時は挨拶もままならなくて、申し訳ありません。リディアーヌ・ジョエル・オレリア・ベランジェール=カゾーランです」
「そう。そうだ……そうですね。貴女が、王です」
クリス殿下が私の名を聞いて、穏やかな笑みを浮かべたまま視線を下げた。しみじみとしたように呟かれた言葉に、悲壮感はまるでない。なんとなく、給仕されたお茶を飲む。赤みのかかった美しい茶色が、
私が今つけている首飾りは、たぶんパイロープだと思う。パイロープは私の好きな、コンビニのペットボトルなんかの紅茶と似た色をしている。それで
二人揃って、なんとなく様子を伺うようにお茶を飲む。するとクリス殿下は、何事も言わずにマリーのほうにちらちらと視線を送っている。マリーは特に気にしていないけれど、クリス殿下は妙に気にしているように見える。
「こちらは私の侍女を務める幼馴染で、シャノン辺境伯の姪のマリアンヌです」
紹介されたマリーが丁寧に頭を下げる。纏められた金の髪が揺れて、伏せられた瞼を縁取る金のまつ毛が実に美しい。辺境で泥まみれになって遊ぶ無邪気な姿も大好きだけれど、ほんのりお化粧をした彼女は、私の幼馴染なのだと自慢したい美人さだ。なんとなく里穂を好いてくれた紗奈もこんな気持ちだったのだろうと思う。
「マリ、アンヌ、嬢、ですか……」
クリス殿下がポツリとつぶやく。……わかりやすすぎます。どうやら第三王子はマリーに一目ぼれしたらしい。女性の趣味はすごくいい。すっごく、すっごくいい。
「……あの、クリス殿下」
「あ、ええ。そうですね」
何やらクリス殿下の頭から、話すことがすべて飛んでしまいそうな気がしたので、少し語調を強くして名を呼ぶと、クリス殿下は取り繕うように咳をした。思わず笑みが漏れてしまう。王位に最も近かった王子だが、気難しいと言うことはないようだ。
「あー……。私は、兄にはなれませんか?」
「え?」
穏やかな人だと思った。その通りに今も私を見る目は優しい。今この人は、私の兄であることを望んでいる。フレデリック殿下方を“お兄様”と呼んだのは、王族に認められた王位継承者を演出するためだった。だからもう必要ないことのはずだ。クリス殿下は、何故私にそれを求めるのだろう。
「……昨日、フリック兄さんが部屋に来ました」
「フレデリック殿下が?」
フレデリック殿下は昨夜、私の部屋を後にした後、その足でクリス殿下のお部屋を訪問し、私に出された課題について、話したらしい。あまり広げる話ではないと思うのだけれど、フレデリック殿下はクリス殿下には話したのだ。クリス殿下を味方とみなしているようだ。そういえば、昨日の会議ではクリス殿下は玉について一筆書いてくれたらしい。
「兄は幼い頃に自身の才能に見切りをつけました。その結果私が王となるように育てられましたが……」
フレデリック殿下が継承権を辞したのは、まだクリスチャン殿下の物心がつく前で、白百合の君が懐妊したときだと言う。スペアが多いことは望ましいが、派閥を割って争いが起きる事を恐れ、クリスチャン殿下を次期王として育て支えるように体裁を整えたのだと言う。微笑んでいるクリス殿下の表情は、随分と切なげだ。
「でも、ベアトリスが生まれ、母は不貞を疑われ、結果として私の次期王として支える派閥は確固たるものとなったのですが……」
ベアトリスとは、私と入れ替えられたと言う王女だ。まだ会ったこともないけれど、わがままな王女だと聞いた。マリーがそんな噂を聞いたらしい。さすがにクリスチャン殿下を前に何事か言うわけにはいかないが、派閥がまとまったのなら、入れ替えも功を奏したのだろう。
「……今、私は肩の荷が下りた気分です。きっと、私も兄同様に、王に向いていなかったのでしょう」
クリス殿下の表情は穏やかだった。悲壮感もなく、清々しくさえ見えた。諦めた様子も見られない。本当に、王位に未練がないように見える。
「クリス、お兄様?」
「君の兄であることが、私の誇りとなると思う。今後いかなる時も、私が味方になると誓うよ」
この潔い方が、果たして王に向かなかったのだろうか。そんなわけがない。彼の生きて来た人生の全部を、私が否定したのだ。だというのに、彼は兄だと言って、受け入れてくれた。こっそり壁際のトリスタンに視線を向けるけれど、彼の表情は特に変わっていない。先程幼馴染と言っていたし、相談もしているという話をしていた。だから、この話をするつもりだと知っていたのだろう。私は小さく息を吐いた。
「……では、私のことはリディと呼んでください」
心から、そう願うことができた。人払いをして、信用する人だけを残した状態での話は、何の演出もない。取り繕いも必要ない話だった。そう思えば泣きたくなるほど安心できた。執務さえ手探りの中で、味方になってくれると言ってくれる人がいた。
「リディ、では今、私に何か望むことはあるかな?」
「えっと……執務が……」
私が今一番困っていることを、ためらいながら言うと、クリス殿下――お兄様は、馬鹿にすることなく笑顔を向けてくれた。どうしてもイヴォンに負担がかかり過ぎていることが申し訳ないのだ。その負担を怪我も癒えていないクリスお兄様に任せるのは、申し訳ないけれど。
「え、イヴォンって……軍師のこと?」
「はい。今回の作戦で、イヴォンがたくさん助けてくれたんです」
何故かクリスのお兄様の顔が露骨に歪められ、壁際に立つトリスタンの表情も微妙に歪められていた。何故みんなイヴォンが味方したと言うと微妙な顔をするのだろう。そんなに意外なことなのだろうか。
「……ま、まあ、一応リディに味方していると本人から聞いてはいたけれど、こうしてリディの口からあの手ごわい軍師を慕っているような言葉を聞くとね」
「そうなんですね」
イヴォンは私にとって頼もしい味方だけれど、他の人にとっては睨まれたくない相手。イヴォンが味方していることこそが私の強みのような気がしてきた。
「じゃあ、私は明日から、リディの執務室へ向かうこととしよう。トリスタン、後で私が手紙を書くから、私の昔の教師たちに連絡が取れるよう手配しておいてくれ」
「かしこまりました」
クリスお兄様に命じられたトリスタンは奥の部屋へと消えた。クリスお兄様はゆっくりと立ち上がり、私に近づいてくる。すぐにマリーが私の近くに寄って、さり気なく警戒してみせるけれど、クリスお兄様は少し照れているようにも見えた。一度マリーに微笑んでから、ゆっくりと私の頭を撫でる。
「勝手がわからずに重責を背負い不安だったことと思う。国民が憂えることの無いよう、私は精一杯君を支えるよ。リディも頑張れるね?」
「ハイ。クリスお兄様」
クリスお兄様からの招待は想像以上に満足行く結果となり、部屋へ戻ることとなった。途中一度、マリーが部屋を退出すると、シャノンでの生活がどんなものだったのかを聞いて来たので、マリーと一緒にどんなことをしたのかをしてみると、興味深そうにしてくれた。クリスお兄様は、話せば話すほど好人物で、マリーが平民と仲良くしていたと言っても嫌な顔一つしなかった。むしろ、立場にとらわれない女性だと感じたらしく、ますます好感を持ったようだった。実際には泥だらけになるくらいに、かなりのお転婆なことは内緒にしておく。
マリーの恋愛に関して、私は絶対的にマリーの味方だけれど、クリスお兄様にはとても好感を持ったので、クリスお兄様が口説き落とした際には何の迷いもなく祝福しようと思う。
「びっくりしちゃったわ。クリスチャン殿下って、よい評判ばかり聞いていたけど、本当に評判通りの方なのね」
今現在メイド達は部屋にいない。それぞれに仕事を振っているのだ。そのせいかマリーはくつろいで口調を乱している。私がよく知る大好きなマリーだ。マリーが入れてくれたお茶を飲みつつ、クリスお兄様について話をすることとなる。
「うん。孤児院の家族じゃないけど、お兄様ができちゃった」
そんな言葉がぽろっと出ると、マリーにぎゅっと抱きしめられた。
「マリーは私のお姉さんだからね?」
「わかってるわ。でも、ああやって堂々と甘やかせるんですもの。羨ましいわ」
どうやら嫉妬したらしい。けれども私が一番好きなのも、頼りにしているのもマリーだ。どれだけ嫉妬しても、その事実が変わることはない。
「でもこうして甘やかしてくれるのはマリーよ。私はマリーに甘やかされるのが一番好き」
私がそう言うと、マリーは頭を一度撫でてから離れた。その笑顔はいつも通りに綺麗だ。クリスお兄様に一目ぼれされるだけのこともあると思う。
「ねえ、クリスお兄様のこと、マリーから見てどう思う?」
気になったことは聞いておこうと思う。私はイヴォンのお墨付きもあるので、クリスお兄様のことを信用できると思ったけれど、肝心のマリーの感想を詳しくは聞いていない。好印象ではあるけれど、人としてはどうなのだろう。
「いい人だったわね。きっと味方を作るのが得意な方だわ。これまで悪い噂を一切聞かなかったのだから、攻撃にも強いと思う。リディの味方となってくれるなら、この上ない人だわ」
すごく好印象の高評価だけれど、まったくもって恋愛対象としては見られていない。まだ知り合ったばかりだけれど、クリスお兄様ならマリーのことを大切にしてくれそうだし、マリーが私の義理の姉になるのでぜひ頑張ってほしい。協力はできないけど内心で応援しておこう。
「あ、そうだわ、リディ。昨日の内に出した手紙の返事が来たわよ。マティアス卿は王都のお邸にいるから、翌日には返事を届けて下さったみたい」
「早い!」
昨日のうちにマリーの代筆でマティアスに手紙を書いてもらっていた。いくら王都に滞在しているとはいっても、父親であるルナール公爵が亡くなったそうなので、忙しいことだろう。返事を急いでくれるのはありがたいけれど、何かお礼が必要だと思う。
夕食も終えて、イヴォンがお兄様方と一緒にやって来た。恒例の報告会である。
近々ルナール公爵の邸でマルチノン伯爵とお会いすることとなったと伝えると、イヴォンは機嫌よさげに笑う。妨害を防ぐために、当日はマティアスの母親であるルナール公爵夫人がお茶会を開き、貴族令嬢やご婦人を集めるらしい。私は時間差でルナール邸に向かい、マルチノン伯爵と会合をすると言うわけだ。ちなみにマティアスは、私が砦で話を出した時点で、根回しの準備だけはしていたらしく、マルチノン伯爵に私からの会合の手紙が行くだろうと言うことは伝えていたらしい。なので会合内容は、打診ではなく打ち合わせの意味合いが高くなりそうだと言うことである。
「そういえば、私って、いつまでに案件を持ってくるようにとは言われてないわよね? いつまでかしら」
「そんなことは言われませんでしたね。なので、いつでもよいのだと考えて、しっかり準備しましょう」
イヴォンはにこにこと笑っているけれど、期限を設けられなかったと言うことは、要するに侮られているのだろう。王様が案件を持ってこないと支持しないと言っている時点で、侮られていると言うのは分かっていたので、俄然やる気がわいてくる。驚かせてやりたい。
「あ、そうだわ、イヴォン。クリスお兄様と会うように勧めてくれてありがとう。とてもいい方だったわ」
「陛下にとって有意義な時間となったことを嬉しく思います。どうやら、受け入れられたようですね」
私が「お兄様って呼んでいいと言われた」と伝えると、微妙な顔をされたので、なにか受け取り方を間違えたらしい。
「そう言えば、アルは元気なの?」
「ええ。彼は今、後処理に追われておりますが、あと三日ほどで落ち着くことでしょう。ルナール公爵邸にはアデラールがご一緒できますので、殿下方にはご一緒いただかなくて結構ですよ」
イヴォンがそう言うとフレデリック殿下は少し残念そうだったけれど、ギュスターヴ殿下はほっとしているように見えた。私としても殿下方がいると気を遣ってしまうし、イヴォンが一緒なら交渉事などでは心強い。
「それから、今回は軍事が関わっておりますので私が同行しますが、クリスチャン殿下にも同行いただきます」
「クリスお兄様も?」
クリスお兄様は明日から執務を手伝ってくださるけれど、まだ松葉杖をついている。あまり遠出させたくはないのだけれど、イヴォンの中では決定事項になっているようで、すこし非難めいた口調になってしまう。イヴォンは私のそんな心情を察したらしく、苦笑を浮かべて説明してくれた。
「治癒の者が定期的に光を当てていますから、一週間もあれば杖は取れます。それより、クリス殿下は次期王として教育されておりましたから、この手のことは得意ですし、今後のことを考えると、ご一緒いただいたほうがいいですよ」
執務に協力してくれるのだから、知っておいた方がいいと言うことだろうか。怪我の心配がいらないのならついてきてもらおう。そう思ったけれど、ふと気が付いた。
「ねえ、イヴォン。今後のことって何かしら? イヴォンは私のために何かをしてくれるのだと思うけれど、何を想定しているのかわからないのは困るわ。しっかり教えて?」
イヴォンの言う今後のことというのがまったくわからないので、聞いておきたい。おそらくイヴォンはすごく頭の回転が速いのだと思う。そう言う人は意外と、人に対する説明が不足していることがあるものだ。里穂とか。里穂とか。里穂とか。
「申し訳ありません。まだ、煩わせる必要はないと考えていたのですが……」
「だめ、教えて。私はソルと王になることを約束したの。必要なことは全部知りたい」
私の言葉に、イヴォンは少し言葉を詰まらせ、それから少しの間目を閉じ、観念したように口を開く。私が今まで王族に馴染みなかったからだとは思うけれど、甘やかしすぎだ。
「……わかりました。でも、詳細を知るには少しずつです。これから陛下が知るべきことを項目としてお教えしますから」
イヴォンが「いいですね?」と言って念を押すので、私は快くうなずいた。殿下方は居心地が悪そうだけど、そこは気にしないでおく。
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