(1) 静かな攻防

「マリー、なんだか立派すぎないかしら」


 貴賓室で過ごす私は、運ばれてきたドレスに着替えさせられたり、採寸されたり、ドレスを脱がされたり……。正直ちょっと疲れてしまった。


「これでも私用だからシンプルですのよ? 会合やら夜会なんてなったらもっと華やかなんだから」

「えぇ……。作戦中の格好はダメなの?」


 作戦中に来ていた服のほうが動きやすくて、飾り気も少ないので私好みだった。今着ているドレスも華やかに思うのに、これより派手なドレスがあるなんて信じられない。ドレスは着るよりも見るほうがいいということを知った。けれども他のメイドの手前、丁寧な口調で話すマリーは、譲らないとばかりに私の髪を整えているし、メイド達も笑いをこらえるようにして、ドレスの裾や縫い目を確認している。別に笑ってもいいのに、と思ったけれど、まだ私がどんな人物かわからないから、感情を表に出すのをこらえているのかもしれない。……私が新参者なのだから仕方がないか。ちょっとずつ城の人たちと仲良くなれればいいのだけれど。


「もう……。国を救った女王陛下なんだから、多少は立派に見せましょう? 陛下は花があるから、シンプルでもいい演出にはなるけれど、今は貴女のことを知らない人ばかりなのだから、少しでも身奇麗に見せなければ」


 神様に新しい王が認められたという事実は、瞬く間に王都中に広まり、お兄様方は私を作戦終了後すぐに貴賓室に押し込んだ。国王の部屋があるにはあるのだけれど、前の王様が使ったまま私が使うわけには行かないということで、こうなってしまった。

 高位の神官に清めてもらった後に、部屋の調度品を片付けて、再び清め、私用の家具を揃えるのだとか。そんなことはしなくていいと言ったのだけれど、皆に必要なことだと一蹴された。地球で言うところのアパート契約前のクリーニングと言ったところか。貴賓室は貴賓室で豪華すぎるくらいなのに、王の部屋はそれ以上に豪華ということなのだろうか。


「……にしても毎日こんな格好するなんて、王族の女性は大変ね」

「じきに慣れるますよ。歩くのだって、コツがつかめればそんなに難しいものでもないのだもの」


 マリーはそう言って私の髪にブラシを通していく。どうやら髪の結い方が決まったらしい。


「目の色が綺麗な赤だし、髪も綺麗な黒だから、派手目の色でもそれなりに映えると思うのよね。でも赤い目をアクセントにして、藍色のドレスで海の底に眠るサンゴをあらわすのも……」


 マリーは何やらブツブツつぶやいているけれど、私は窓の外に目をやった。日常は目まぐるしく変わると思っていたのに、周りがただ騒いでいて、私は静かに過ごしている。窓の外から聞こえてくるざわめきで、それなりの騒ぎがあるのだと思っている。それでもお兄様方が今は任せておくようにと言っているので、手出しをするわけにもいかない。


「へ、陛下と、マリアンヌ様は……とても仲がおよろしいんですのね……」


 メイドの一人がおずおずと口を開いた。かなり勇気を出したといった様子で、他のメイドも押し黙って緊張しているようだった。歳は私と同じくらいの子ばかりなのに、遠慮があるのが少し寂しい。ちらりとマリーを見ると、答えることを促しているようだった。私に交流しろということらしい。


「マリーは私の幼馴染ですもの。貴族の生活に不慣れな私を助けてくれるから頼りにしているの。みなさんもお願いしますね」


……こんなところだろうか。「はい」と異口同音に返事したメイド達の緊張はほぐれたようなので、間違えてはいないと思う。

 彼女たちは城に務めるメイドで、私の侍女となったマリーが侍女頭に交渉して、私と歳が近くて気質が穏やかなメイドを遣わしてくれたのだ。彼女たちの中で気に入った者は私付きのメイドとなるらしい。ちなみにメイドの選別は、侍女頭が年代の近い者を選別し、マリーが評判や話した印象から選抜し、私がその中から自分のメイドを選ぶということになるらしい。今のところマリーのお眼鏡に適ったのは十人だ。その十人の中でも、マリーは常に人柄を鑑みて選別を行っているらしい。


「あの、陛下、陛下の好きな色や意匠はどのような物ですか? 装飾品や小物選びの参考にさせてくださいませ」


 別のメイドが口を開いた。先程は緊張していたけれど、話しかけてもいい相手というように見なされたということだろうか。


「そうね……」


 好みと言われても辺境にいたから、自分の好みを言っていいのかよくわからない。リディはあまり好みというものがなかったようだし、里穂も派手派手しいものを好んでいなかったので、意匠や色を考えるのは少し難しい。


「うーん。色はあまりきつくない程度の赤が好きで、意匠は……自然のモチーフが好きかしら」


迷った挙句、口に出したのは、里穂の親友の紗奈が好んでいたもので、客観的に見てリディに似合うだろうというような物だった。本当は、紗奈は花のモチーフを好んでいたけれど、さすがにそれを口に出すのは気恥しかった。


「でしたら、花や葉の意匠を探しましょう。大地の神の寵愛を受ける方にふさわしいですわ」

「赤でしたら、国色ですしちょうど良いですわね!」


メイド達が華やかに話す国色というのは、旅の途中で少し教えてもらったことがある。いわゆる柘榴石ガーネットの赤色で、禁色きんじきというものらしい。この色は王と王が許した臣下しか身につけることができない神聖な色なのだという。意図せずソルの色を口にしてしまったことがなんとなく悔しい。


「赤って特別なのね」


 メイド達は少しそわそわとしたように口をつぐんだ。私は何か変の事を言ってしまったのだろうかと思ったけれど、そうも見えない。真意が読めずにいるとマリーがクスクス笑を漏らした。


「臣下が赤を与えられることは特別ですもの。陛下の信頼の証として、特別なことですわ。とくに、国の宝玉である柘榴石ガーネットを与えられることは、未来永劫一族の名誉となります」

「そうなのね」


 マリーが教えてくれたおかげでメイド達がなぜ口を噤んだのかがわかった。まだ全然打ち解けていないメイドがそれを私に教えると、ねだっているように見えるからだ。まだ私達はそんな信頼関係築けていないので、余計に説明しにくかったのだろう。私が今つけている首飾りが、神に認められた証というように彼女たちにとっては王に認められた証なのだ。


「マリーも欲しいって思うの?」

「そうでもないですわ」


私の問いに、マリーははっきりとそう答えた。メイド達は驚いているけれど、私は何となくそう言う気がしていたので驚くことはない。マリーはきっと、そんなこと気にしないと思ったのだ。


「私は陛下と信頼し合っていますもの。王などという立場にとらわれた信頼は不要です」


人前だから私のことを陛下って呼んでいるけれど、要するに私のことを王ではなく、ちゃんとリディと思ってくれていると言うことだ。


「さすがシャノン辺境伯一族の方ですわね」

「どういうこと?」

「私達シャノン家は、ずっと辺境に暮らして来た田舎いなか貴族ですわ。王族とかかわりが薄いのです」


 それでどういうことだろう。流れ的に、かかわりが薄いから、王族から信頼を与えられても使いどころがないと言うことだろうか。何となくマリーらしいと思ってしまう。今のマリーは姿勢も綺麗で、優雅な貴族女性といった感じだけれど、もとはわたし達と一緒に泥だらけになれる人だと言うことを知っている。辺境に暮らすなら、本当に王の信頼なんて必要ない物なのだろう。けれども、私はマリーを巻き込んでしまったのだ。それならば信頼の形は本当に必要ない物なのだろうか。


「さあさ、もうすぐ針子も来ますし、陛下のドレスを考えましょう。救国の女王陛下に、衣裳部屋のドレスなんて不釣り合いですもの。陛下がとびっきり美しくって、愛らしく見える、最高のドレスや装飾品を作らせなくては」

「待って、マリー。私まだ国の予算も王族の使用する平均値も把握していないから、散財しないで」


マリーの顔が笑顔なのに、どこか悔しそうに見えた。マリーは昔から、私を楽しそうに飾り立ててくれていたのだ。ここで釘を刺しておかなければ、自分のお下がりではなく自由にドレスを作れると言うことで、好き勝手に衣装を作ってしまう。


「……安心してくださいませ。陛下の好みは、誰よりも私が把握しています。……私の好みも」


 ……安心できない!



 結局私のドレスや装飾品はマリーのほぼ独走状態で決められてしまった。他のメイド達も楽しんでいるようだったけれど、マリーのように遠慮のない感じではなかった。マリーが楽しそうなところを見るのは楽しかったけれど、自分のドレスが派手にならないかと冷や冷やした気持ちで見ていた。里穂から見たリディは可愛い女の子だけれど、自分だと思うとひらひらとした服を着るのはかなり抵抗がある。たとえそれが似合うとしても、里穂の日常でもリディの日常でも着なかったジャンルの服を着るのは、かなり勇気がいることなのだ。そんなこんなで私とマリーに密かな攻防によって時間は押すに押して、結局もう日は沈みかけている。


「うふふ。王様として十分似合いの衣装を着せることが出来そうで、私は大満足でしてよ」


 マリーのお嬢様めいた口調が、より一層彼女のご機嫌加減を表しているように思えてしまった。メイド達は侍女頭に連れていかれて、今はここにはいない。


「んもう。マリーッたら。誰もいない時くらい普通に話してよ」

「ごめんなさい。つい癖になっちゃってたわ」


 マリーは貴族の家に生まれたご令嬢なので、お屋敷で暮らしている時は、さっきのようなお嬢様口調で過ごしているので、実はそちらの方を多く使っていることを知っている。けれども私たちと過ごすときは、砕けた口調になっていた。私にとってのマリーはお嬢様らしく過ごさないマリーだ。それを知っているマリーは、こうして砕けた言葉で話してくれる。甘やかしてくれているのだ。

 マリーと笑いあっていると、不意に扉が叩かれた。私が返事をしそうになったけれど、マリーに小さな声で制され、彼女が扉を開けた。私は王様なので自分で動いてはいけないらしい。


「殿下方ではありませんか」


どうやら扉の向こうにいるのはお兄様達らしい。マリーは一度扉を閉めて、それから私の近くに歩み寄って来る。


「フレデリック殿下、ギュスターヴ殿下、それからフォルクレ殿よ。お通ししてもいいかしら?」

「うん。お願い」


こうして一度部屋の主の許可が下りれば、来訪者は入室できる。約束がない場合は断ってもいいけれど、今日はお兄様達が大臣と会議をすると言うことなので、報告をお願いしている。部屋に向かってきたということは、会議は終わったのだろう。


「陛下」

「イヴォン、いらっしゃい。フレデリック殿下、ギュスターヴ殿下もいらっしゃいませ」


言葉はすらすらと出て来たけれど、お兄様方のことを殿下と言ってしまった。ちょっとやらかしたかなと思ったけれど、お二人は気にしていないようなので、問題ないのかもしれない。


「あれ、ポー……デュノワ?」


最後にポールが入室したけれど、ポールは扉の横に立っていて、こちらには近寄ってこない。


「デュノワは事情を知っていますから、都合のいい時に陛下の警護についてもらいます。まだ親衛隊も決まっておりませんし、今日は会議の結果をお伝えするので、陛下の味方ではない者に聞かれてはいけません」


 イヴォンはポールの耳がいいことを褒める。辺境で暮らしたポールは弓を仕込まれているし、目もいい。獣の息遣いを探っていたこともあり、耳もいい。おかげで騎士団でも評価は高いらしいけれど、せっかく同じ部屋にポールがいるのに、話せないのは少しだけ寂しい。親衛隊というのは王様を守るための私専用の近衛らしいけれど、今の言葉からポールは頭数に入っていないようだ。ポールが騎士になったのは目的があったからなのだから、我儘を言ってはいけない。けれども少しだけ寂しく思うのは仕方がないだろう。


「そうなの……。じゃあ会議について教えてください」

「リディ、僕たちは一応勤務中だから、座るわけにはいかないよ」


 私がローテーブルを挟んで、向かいにあるソファに座るように手で促したけれど、座ったのはイヴォンだけだった。仕事中だと言うフレデリック殿下はイヴォンの座るソファの横に立ち、ギュスターヴ殿下は私のソファの横に立った。


「本当は王の警護ならあと数人欲しい所だけどな。さすがに急に人手を割けないんだよ」


騒動が終結してからまだ一日しか経過していない。そんな中でお城の中も混乱しているのだろう。王になるのがクリスチャン殿下であったなら、さほど大きな混乱もなく警護ができただろうけど、王権がリセットされて私が王になったので、既存の王室親衛隊すら近づけることができないのだと言う。イヴォンはいい機会なので、軍部の毒も膿も排除しましょうと笑っていたので、できるだけ被害が少ないことを祈る。


「それはしょうがないと思います。……会議の結果はどうだったの?」

「結論から言いますと、会議は終わらせましたよ」


 ……終わらせた? イヴォンがそう言った時に、フレデリックお兄様は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。横に立つギュスターヴ殿下も呆れたように苦笑を浮かべている。


「えーっと……ひとまず、そんな感じなのだけど」

「何がひとまずですか」


 フレデリックお兄様に軽くつっこみを入れてから、一息吐いてイヴォンに向き直る。イヴォンは相変わらず微笑みを浮かべているけれど、私は少し緊張気味だ。


「リディアーヌ女王陛下が王になった証拠を示せと言われましてね。まあ、それについてはそちらの首飾りでよいでしょう」


 私の胸元には、ソルからもらった大きな柘榴石ガーネットの首飾りが揺れている。肩が凝りそうな大きさだと思ったけれど、何故かつけても重く感じない不思議な首飾りだ。


「一応崩壊した宝玉の欠片を見せたのだけれど、僕は継承権を自ら放棄したから信じてくれなくてね」

「俺も第二王妃腹だから、似たようなもんだな」

「私が遅れて参上したときは二人ともずいぶんと困った様子を見せておいででしたね」


私には会議室の様子なんて、学級会のような物しか思い浮かばないけれど、国のお偉いさんたちの前に出たのだから相当大変だっただろう。クリスチャン殿下もエミリアン殿下もまだ静養中なので、継承権を保持した王族の発言ではないと言うことで、宝玉の崩壊を認めさせることも苦労したのだと言う。


「クリスチャン殿下に一筆書いていただいて、それを見せたら治まりましたね。殿下方は下準備が足りていないのですよ」


 ……あ、お兄様方が露骨に視線をそらした。私にとっては頼もしいイヴォンも、お兄様方にとっては苦手な人物のようだ。でも私も頼もしいと感じているのだから、イヴォンを敵に回したくはないと言えばそうだ。


「それで……わが身可愛い国の重鎮たちが、そんな甘いことをおっしゃったんですの? 絶対に面倒なことを言って陛下の評価を下げようと、無茶を申したのではないかと考えられるのですけれど」


 マリーがお茶の準備を進めながらそんなことを言ってきた。なんだかマリーは国の重鎮というお偉いさんにいい感情を持っていないようだ。まあ、日本のように報道手段が充実しているわけでもないので、隠れた汚職で溢れかえっていると言うことだろう。こうしてみるとマリーは辺境の女の子ではなく、立派な貴族令嬢なのだと感じる。


「ご名答。さすがシャノン辺境伯爵の姪御ですね」

「あ、やっぱり何か難題を押し付けて来たのね」

「辺境の貧民ならば難しいでしょうけど、陛下なら問題ないと言う程度です。議案を一つ通せばいいだけですから」

「信頼されているみたいで嬉しいけれど、緊張するわよ」


 イヴォンは私に期待してくれているけれど、自信があるわけではない。里穂が政治に興味を持たなかったせいで、私は一から政治を勉強していかなきゃいけないのだ。政策と言われても、何かいい案があるだろうか。

 少し考えてみたけれど、結局この世界の政治形態が今どうなっているのかもわからないので、日本では当たり前のことしか浮かばなかった。


「それなら……」

「ねえ、各領地に名物があればいいと思わない? 国から土地に対する調査隊を派遣するくらいはできるでしょう? その地方独特の動植物を調べれば、いい名物になると思うの。たとえば、ボドワンではよく見かけた花だけど、シャノン領を出ると全然見かけなくなったから。そう言う地方独特の植物で香油を作るとか……」


私はいい匂いがする花だったので好んでいた雑草だ。衣装ケースに入れて服に香りを移すのはボドワンの女性の間ではすごく流行ったのだ。

 日本にだって都道府県の名物も郷土料理もたくさんあった。他の領地でも作っているけれど、この領地では特にこだわっています! という物があれば名物に出来る。それを商売に絡めれば、きっと大きな利益になるだろう。新しい商品を作ることができれば、雇用を生む。雇用があれば暮らしは豊かになる。人々が欲する物を作れば経済が回る。経済が回れば、国庫は潤う。そんなことを高校の時に習った。


「……あの、陛下?」

「あ、ごめんなさい」


 ついつい勢いに任せて名物づくりを提案してしまった。少しだけ、創作で異世界転生した主人公が、日本にあるものを作る理由がわかった。当たり前の物を作ろうと提案するだけで絶賛される確信があるのだ。これはかなりの快感である。


「私はランスで陛下が考えたことを提案すればいいと考えていたのですが……」


 イヴォンの言葉にフレデリックお兄様もギュスターヴお兄様も頷いた。それは皆が議案を通すと言っていたので、選択肢に入れていなかったのだけれど、それでいいらしい。だったら私にとって難しいことではない。


「そうだったのね……」


 ランス砦で私が言ったことは、あのあたりを薬草の産地にすることだった。領地事業にするよう領主に掛け合い、その上で税収を決めておけばいい。


「あの後案内役を任せた準騎士に聞いた所、傷薬の材料も豊富だったらしいよ。それだけで、国境付近の領主は味方にできるから、かなりいい案だと思う」

「傷薬ですか?」


 私としては病気の薬の方を備蓄するべきと思っていたので、首を傾げてしまった。


「仮に戦争なんてことになったら、まず戦うのが領主の抱える民兵だろ。国からも騎士を派遣するが、それまで持ちこたえる必要があるんだぜ? 王都の近くに薬が貯えられていれば、補給も楽だろ?」

「王都は国の中央に位置しますからね、流通にも困りませんし……。でしたら、王宮が薬を買い上げて、傷薬を辺境の領主に安く卸しましょうか。今回のことで、戦争の話をすれば皆危機感を持ってくれるかもしれません」


 身近で襲撃が起きたばかりなので、西側の領主たちは味方につけたも同然だと、イヴォンが笑う。さらに似たような事例を恐れて、他の国境付近を守る領主たちも食いつくだろうと。私は最初東側で薬を補完することを考えていたけれど、王都で保管した方が各地に都合がいいのだろう。


「問題は、ランス砦の……マルチノン伯爵がこの話をうけてくれるかね」


 ランス砦の辺りを治める領主はマルチノン伯爵という。なかなか古くからの一族で、時の戦争で褒章を受けて分けられた当時の直轄地がマルチノンなのだという。


「それについては問題ないと思います。マルチノンのおじ様……マルチノン伯爵は、シャノンと隣接する領地ですので、叔父の後援を受ける陛下を無碍に扱ったりは致しません」


 意外なことに、マリーがマルチノン伯爵を知っていた。おかげでマルチノン伯爵の人柄を知ることができるのでありがたい。


「そういえば、私シャノンおじ様に会ったことはあるけど、シャノン辺境伯には会ったことないわ。私の後見人なのにいいのかしら」

「その内叔父様から会いに来ると思うから、今は気にしないでくださいませ」


 マリーが気にするなと笑うので、少しだけ気になるけれど、今は置いておく。それから再び、法案の話となった。


「かなりの貴族が賛成してくれそうみたいだけれど、内陸の、今回何も関わっていない北や南の領主はどうなのかしら」


「今回の襲撃を引き合いに出せば強く反論できませんよ。陛下の評判をどれほど下げたくても、実例があった後の反省とした備えを反対するほど愚かな行いはできません」


 イヴォンからお墨付きをもらい、お兄様方も頷いてくれたので、私も自信が出て来る。このままこの法案を詰めていけばいいのだ。


「そうなると、マルチノン伯爵と面会した方がいいんじゃないか?」

「そうですね……。戴冠式まで陛下を表に出したくはないのですが、そうもいっていられません。陛下、私も協力しますから、マルチノン伯爵と面会できますか?」


 そう問われて頷くと、イヴォンは笑みを深めた。法案を通すために協力をお願いするのだから、当然私が挨拶をしなければならないだろう。


「城に招待すると、城勤めの貴族に悟られて妨害を受けるかもしれない。何かいい方法はないかな」

「ルナール卿にご協力いただきましょう。ルナール公爵家が招待すれば、伯爵家は断ることは出来ません」


 ルナール卿とはマティアスのことだ。まだ少し幼さの残る顔立ちだけれど、彼は私が王になると同時に、公爵を襲名することとなっている。次期公爵が作戦の最中で使われた砦を管理する領主を呼ぶのなら、労いが一般的だろうか。その目的なら私もマティアスに頼みやすい。


「そうね、マティアスにお願いするわ。マティアスのことをよく知っているわけではないけれど、信用できない人ではないと思う」


 私はまだ貴族社会のことをよく知らない。だから、貴族に対して多少警戒した方がいいと思う。だけれど、マティアスに対しては、人柄を多少知っているからか、そこまでの警戒は必要ないようにも思う。


「……そうだね。マティアス殿は、信用できると思うよ。リディが望むなら、その日は僕が護衛しようか」


 護衛という言葉はまだ慣れないけれど、快く引き受けてくれるフレデリック殿下にはお礼を言わなくては。


「フレデリックお兄様、ありがとう――」

「俺が行くよ」

「――ございます……ギュスターヴお兄様も、ですか?」


 私がフレデリックお兄様にお礼を言う言葉を遮るように、ギュスターヴ殿下が立候補してきた。ちらりとギュスターヴ殿下を盗み見ると、真剣な眼差しをフレデリック殿下に向けていた。お二人は仲がいい兄弟だと思っていたけれど、なんだか対立しているようにも見える。


「別に護衛など二人でもいいのですよ。当日は私も招待いただくつもりですから、さほど過保護になる必要もありません」

「過保護……?」


 イヴォンが呆れたように二人を諌めてくれた。どうやら二人とも王を失わないように、過敏になっていたようだ。そこまでの警戒は必要ないと思うけれど、私自身が能天気であってはいけないようにも思うので、何も言わないでおいた。


「では、マリアンヌ嬢はマティアス殿にお茶会開催の打診の手紙をお願いしてもいいですか? 陛下自ら手紙を書かせるわけにはまいりませんので」

「かしこまりましたわ」


 イヴォンの言葉に、マリーの声が弾んだ。何となくまた、盛大なファッションショーが開催されてしまう気がして、げんなりとしてしまった。

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