(11) 作戦決行

 この世界の歴史には建国期と言う国造りが盛んな時代があったのだという。ゴダール帝国はこの建国期以前に周辺民族を飲み込んで建国された大国らしい。建国期に差し掛かると、ゴダール帝国に蹂躙されることを良しとしない民族が、団結して作り上げたのが、ベランジェール王国なのだという。この二国はその頃から幾度となく睨み合い、争いを続けたらしい。争いが続けば人心が離れることも頷けるもので、建国期が明けた頃、二国から離れる者が現れ、それを支持する者で作り上げた国がクロケ公国なのだという。

 クロケ公国は砂鉄を多く産出し、二つの大国を相手とすべく、兵器開発によって二国を牽制し、軍事国家として名をはせることとなる。これによって三国はまさに三つ巴、三すくみの状態となり、長い歴史の中で、幾度となく和平交渉の席を設けるに至ったのだ。

 三国の会談は平行線だったそうだが、ある時変化が訪れた。フレデリック殿下が生まれたばかりの頃、最後の三国会談が行われ、産後間もない王妃様の代わりに、国王の補佐は王妃様の妹姫が務めたらしい。そこで、三国会談に変化があった。ゴダール帝国の君主が、王妃様の妹姫を見初めたのだ。彼女はゴダール帝国に嫁ぎ、ゴダール帝国の君主の妹がベランジェール王国の王の兄に嫁いだ。姻戚によって結ばれた条約の効力は強く、以降クロケは孤立が強まった。

 そして先日、ベランジェールの北西にあるゴダール帝国の国境付近が、襲撃を受けた。ゴダール帝国が条約を破ったのだと思われたが、伝令によってクロケ公国の攻撃だと断定された。北西が襲われたのはゴダール帝国による襲撃と偽装されたかに見えたが、後にゴダール帝国の関わりが確認され、今に至るというわけだ。


(なんでゴダールのことは分かったんだろう)


 私がゴダール帝国の関わりに気付いたのは、アルがヒントをくれたからだった。けれど流れを聞いてみると、“何故”がたくさん浮かんでくる。けれど、話が聞いた限りでは、私の疑問は正しい疑問だと思う。私は王子殿下方に踵を返し、控えの扉を開いた。突然開いた扉に、イヴォン達は驚いていたけれど、私はすぐに中に入るように促した。


「……お兄様たちと話して、思ったことがあるの」


その言葉に、皆の表情が変わった。こわばった様子は、私の話を真剣に聞いてくれるのだという、妙な安心感があった。


「今回、ゴダールの協力によって、クロケが動いたわけでしょう?」


 私は先ほど気になったことを、皆に話した。クロケがベランジェールを手に入れるとして、それをゴダールが許容できるのか。クロケとゴダールの間に、何らかの取引があったとすれば、それは何か。ゴダールは何を企んでいるのか。私の疑問は当然のことのように思えた半面、一部はハッと驚いたような様子を見せた。襲撃を受けているベランジェールにとっては、二国が手を組んでいる時点で、二国が敵と言うことでまとまっているため、土地を分け合うと考えていたらしい。


「可能性が高いと思われるのは、条約です」


 イヴォンが言うには、条約が原因ではないかと言うことらしい。ゴダール帝国はベランジェールを欲しているが、条約のために自ら手を下すことができない。そんな中でクロケから手引きを依頼されれば、何らかの条件の上でゴダール帝国が受ける可能性もあるというのだ。条約違反だけれど、クロケの襲撃が成功すれば、ベランジェールはなくなるので問題ない。


「……ベランジェールの多くの民が振り回されるのに」


 ポールが悔しそうに唇を噛んだ。まず被害を受けるのは平民だ。国同士の争いならば、真っ先に君主が浮かぶけれど、犠牲になるのはより弱き民である。


「……王妃様が――白百合の君が軟禁されているのは、ゴダールのお妃様と血縁があるからなのね」


 だからクロケは王妃様を軟禁にとどめているのだろう。地球の歴史や物語から考えれば、王女様方はゴダールやクロケの都合がいいように嫁がせるつもりなのかもしれない。


「ゴダールの動きが気になるな」


ギュスターヴ殿下がそう言ってイヴォンを見た。イヴォンは軍師だ。彼が私が気づいたことに気付かないとは考え難い。何か考えがあって黙っていたのだと思う。


「私の放った密偵によりますと、目立った動きは見られないようですが、少しずつ変化がみられるようです」

「変化?」


 ゴダールは動いていない。おそらくそれが報告しなかった理由だろう。マリーの言葉通りなら、この場で一番発言力のあるのは私だ。辺境育ちで、政治力が分からない私に下手に報告しては、判断を誤る可能性もある。


「商人に対する交通費や関税の金額が変わり、輸出に影響が出始めているようです。微々たるものですが、我が国やクロケに商売に出る者が減っているそうですね」


 商人の動きが規制されずとも、金銭によって誘導されているらしい。外に出て行かないのなら、当然中に蓄えられることになる。たとえば食料や、薬品が。


「軍師、ゴダールが参戦する可能性もあるのかい?」


 フレデリック殿下は厳しい表情でイヴォンに問う。そう。ゴダールが戦争準備を始めている可能性があるのだ。


「その可能性も考えられます。クロケとベランジェールと言う隣国が争っているならば、商売のチャンスでしょう。だというのに、ゴダールは輸出を制限するように誘導しているのですから」


 あえて規制しないことで、言い逃れできるよう逃げ道を用意しているらしい。けれど、他にも考えられないだろうか。たとえば……。


「ねえ、イヴォン。仮にベランジェールとクロケの戦いに決着がついたとしてだけど、その後って戦勝国は疲弊しているわよね? そこを狙っている可能性はないの?」


 室内の空気が変わった。地図をのぞき込むみんなが、一斉にこちらを見る。唯一、イヴォンだけは表情が変わっていない。もしかしたら気づいていたのかもしれない。


「……本当に、聡明な方ですね」


 口元が緩んでいて、まぎれもない賞賛だと思われたけれど、私はあまりうれしくなかった。軍師のイヴォンは、戦いを多くの角度から見ているようで、私は精一杯考えて出したというのに、イヴォンは既に気づいていたのだ。それが妙に悔しい。


「……イヴォンは、どうしようと考えていたの? ベランジェールが勝ったとして、疲弊している所を攻め入られたら、ひとたまりもないのに」


 たまらなくなって問いかけると、イヴォンはニコリとこの場に不釣り合いな優雅な笑みを浮かべた。


「ひとたまりもないですが、実際に手出しができるかどうかは別問題ですよ」


 イヴォンが機嫌よさげに言うので、まるで当然のことように感じるけれど、そんなわけがないはずだ。周囲を見ればいかにも胡散臭いというようにイヴォンを見ている。


「それに関しては今回の作戦の成功にかかっているのですよ。成功すればいいだけの話です」

「どうしてはぐらかすの……?」


 イヴォンを睨みつける。室内の全員が私とイヴォンの様子を、固唾を飲んで見守っている。最初に会った時は警戒していたけれど、ここまでの旅路でイヴォンはしっかり私を守ってくれていたし、信用できるのだと思っていた。そう思ったのは間違いだったのだろうか。


「……いいわ」


 いや、考え方を変えよう。何故、イヴォンが黙っているのか。


「……イヴォンは今回の作戦が成功したら、ゴダールは脅威じゃないって考えているんでしょう?」

「もちろんです」


 私の問いかけに、イヴォンは嬉しそうに笑みを浮かべた。私は返答を間違えていなかったようだ。


「じゃあ、ベランジェールが勝った時に教えて」

「かしこまりました」


 恭しく礼をするイヴォンは心底胡散臭い。けれども、彼は私をわざわざ迎えに来てくれた。私を辺境に捨て置いたのなら、たぶん一生自分の出自を知ることはなかったと思う。一週間もかけて私を迎えに来てくれたのは、自由に動ける継承権の保持者が私しかいなかったからだ。私を迎えに来た彼の行動が、国を思っての行動なら信じられる。だから、今は彼の望むようにしようと思った。


「軍師殿が女性に手なずけられるとは……」

「おや、ルナール公子。私は膝をつくにふさわしい方には忠実ですよ」


 マティアスはあっけにとられているけれど、イヴォンは特に気に留めない。マティアスが公爵家の人間なら、イヴォンより爵位が上だと思うのだけれど、こんなに自由でいいのだろうか。


「……さて、王女殿下のおかげで敵の狙いも分かりましたし、王族の救出作戦について、話しましょう」


 マティアスがコホンと咳をして、それから全員を見回した。これが今一番大事なことだ。実は王子殿下を助けることに、迷いはないつもりで躊躇していることがある。敵の手に落ちた王都に忍び込むのなら、敵味方に限らず死人が出るだろう。ここに来るまでも命のやり取りがあって、死人が出ている。私は人の命がかかわることを選ばなければならない。私の選択で、多くの人の生き死にが左右される。


「クリスの……第三王子の処刑内容は?」


 ギュスターヴ殿下が真剣な眼差しを見せた。第三王子はクリスと言うらしい。


「砦の密偵の情報によると、明日の正午より王都を馬で引きずり回し、それから断頭台で打ち首、その後梟首きょうしゅにするそうです」

「ひどい……」


 思わず言葉が漏れた。梟首とは晒し首のことだが、そんな目に合わせるわけにはいかない。何としてでも救出しなければならない。


「絶対防ぎましょう」


 私の言葉に、一同は固く頷いた。



「おかえりなさい、リディ」

「マリー!」


 話し合いを終えて部屋に戻った私は、マリーに抱き付いた。処刑やら襲撃やら怖い話をたくさん聞かされたので、マリーの優しい笑顔にすごく癒される。


「どうだった?」

「夜明け前には動くことになったわ」

「じゃあ、今のうちに寝ておかなくちゃね」


 話の内容としては、城に忍び込む小部隊と王都を引っ掻き回す別働隊を組むというようになった。秘宝のことや隠し通路があることから王族が中心となって動くことになる。私もこちらだ。王都を引っ掻き回す別働隊は、引退した騎士や襲撃時に非番で、なおかつ敵から逃れた者が中心となるように調整されているらしい。

 ふと見れば寝台のシーツの色が変わっていた。先ほどに比べてずいぶんと質がよく白味の強い物だ。おそらく話し合いの間に上官が使う品質の良いものに取り換えたのだろう。


「……気が高ぶって、寝れないかも」

「ふふ、しょうがないわね」


 マリーは私の頭を撫で、それから椅子に座らせた。ほどかれた髪が頬や肩にかかる。


「……震えてるわよ、リディ」

「……うん」


武者震いだ、なんて強気なことは言えない。震え、そう、私は怖いのだ。


「あのね、マリー……」

「うん」

「昨日、私のせいで死んだ人がいたよね」

「……うん」

「私、怖いの」

「うん」


 優しいお姉さん。だから、マリーは私の話を聞いてくれるけれど、私のせいで人が死んだとは思っていない。それでも、否定もしない。優しい人だから。私の存在が、すでに人の生死に関わっていると、マリーはとっくに理解している。頬に涙が伝った。そのつもりはないのに、頬をぼろぼろと流れていく。


「怖いっ……。私、また人の命を左右しなくちゃいけないの……」


私がしがみつけば、髪を撫でてくれる。


「ポールが、イヴォンが、アルが……。マリーも、怪我じゃすまないかもしれないっ」


 怖いことが、たくさんある。


「私もっ……死んじゃうかも知れない……!」


 結局、それが怖い。他の人が怪我することも怖い。死ぬなんて絶対嫌。でも、リアルに感じることは自分の身の危険。第三王子が明日処刑されようとしている。私は明日、そこに乗り込むのだ。この身で争いを経験することになるなんて、考えたこともなかった。だからかもしれない。皆が心配で、自分のことが心配で、息が詰まりそうになる。


「大丈夫よ。リディが本当に危険なら、シスターが送りだすわけがないじゃない。私もポールも、皆リディを護るわ」

「うん……っ」


 泣きじゃくる私をあやす手が心地いい。


「今は突っ走りなさい。突っ走り過ぎたら誰かが止めてくれるわ。それにポールが強いことは私たちが一番知っているじゃない」

「うん」


 ポールは強い。村の同年代の子の中で一番、剣と弓が強かった。


「そのポールよりも、隊長さんが強くって、軍師さんもきっとすっごく強いのよ?」


 ポールは数年鍛え続けて、今はもっと強くなっている。それでもアルの方が強いのだ。負けたポールなんて見たことない。だから、今度もポールが勝ってくれる。アルが勝ってくれる。イヴォンが勝ってくれる。フレデリックお兄様が勝ってくれる。ギュスターヴお兄様が勝ってくれる。

 皆で王族を解放する。

 皆で国を奪還する。

 皆で、勝利する。



 気が済むまで泣いた私は、気が付いたら眠っていて、誰が寝台に運んでくれたのかもわからなかった。あんなに泣いたのに、目も頬も腫れていなくて、首をかしげる私を、マリーはやっぱり優しく撫でてくれた。



 夜明けまでどれくらいなのだろう。空はまだ真っ暗で篝火が皆を、この砦の騎士たちを照らしている。雲のない空には通常たくさんの星が見えるはずだけれど、篝火の明かりが邪魔をして、空はただ黒く見える。月は、見えない。今日は新月だったのだ。宵闇に乗じて動く私たちにとってはまたとない好機と言ったところだろうか。

 何気なく首元に触れると、指先に細い紐が触れた。胸元にそっと触れると、服の下に固いものがあることがわかる。これはシスター・ミモザがくれた、ソル神の木彫りだ。私たちがソル神の子と言うのなら、シスターがくれたこの木彫りがお守りになる気がしたのだ。私が怪我をしたら、シスターが心配してしまう。

 ……大丈夫。地の利はこちらにある。昨日の作戦会議では、この近隣出身の騎士が知恵を貸してくれたのだ。騎士たちは、最初迷いを見せていた。




「ねぇ、王都に一番近い道って、この谷を抜けるところなのよね?」

「そのようです。ですが我々がボドワンに行くだけで密偵が動いたほどです。ここにはおそらく敵が潜んでいることでしょう」


 砦の会議室。テーブルの上に広げられた地図を皆で覗き込んでいる。アルは私の質問に答えながら、持っている木炭で、地図に印をつけた。


「ここを通らない場合は何時間もかかりそうだね」

「そうだな……この道だと……あ、ここに繋がってるから危ないな。この道は……スッゲー回り道。ざっと三時間ってところだな」


 フレデリックお兄様とギュスターヴお兄様は、地図に描かれたいろいろな道をたどっているけれど、やはりどれもこれも時間がかかりすぎている。最短では一時間でたどり着くというのに、明日の正午のことを思えば、時間を無駄にはしたくない。

 戦いに不慣れな私が一緒に行くのだから、危険な道を選ぶことは出来ない。お荷物な自覚はあるけれど、私の仕事は戦いではないのだから気にしてはいけない。


「……やっぱり、この道を行くのが一番近いのよね……。イヴォン、何か方法はないかしら?」

「そうですね。この谷はもともと道がなかったようです。周囲の道は複雑で、時の地主が谷を突っ切る最短の道を作ったようなのです」


 イヴォンの考えるような仕草に倣い、私も少し考えてみることにした。だけれど私はボドワンを出たことなんてほとんどないし、大した考えなんて出てこなかった。いや、リディは知らなくても里穂は何かそんな物語を読んだり、ゲームをしたりしていたかもしれない。


「たしかこの谷って、薬が取れるところ……でしたっけ……?」


 ポールが私に問いかけた。ポールに敬語を使われると少し寂しいけれど、敬語のぎこちなさが面白くて、口元は緩むのに眉は寄ってしまう。……そういえば、お医者様が言ってたっけ。

 辺境にもお医者様はいる。ボドワンではなく、馬を三十分ほど走らせた隣の村には腕のいいお医者様がいたので、よく訪ねていた。ポールと一緒に薬を取りに行った時に、そんな話を聞いたことがあった気がする。この谷ではすごく質のいい薬草が採取できるって。


「たしか、奥まってわかりにくいところに、傷によく聞く薬草があるって言ってたかしら。地元の人はそれをとることで生計を立てているって……」


 とても優しくて、周囲の時代背景を考えると、かなり腕のいいお医者様だった気がする。もしかしたら、小説なんかでよくある、辺境に住んでいるけれど実は国一番の名医ですみたいなことがあるかもしれない。


「薬……それに奥まった? この谷は一本道のはず……」


 イヴォンは考え込む仕草をしたあとに思いついたようにアルを見つめた。


「フリムラン、殿下方、すぐにこの近辺の出身者の名前を書き出してください。デュノア、書き出された者の中でこの砦にいるものを探しなさい」

「はっ!」


 こういうのを異口同音と言うのだろうか? それからの四人の行動は早かった。アルと殿下方――お兄様方は部下を把握しているようで、思い出すように木札に名前を連ねていく。ポールはそれを受け取ると、会議室を飛び出し、十分後には二人の騎士と、一人の見習い騎士が集っていた。


「さて、これからの作戦を成功させる上で重要なことです。包み隠さず話しなさい」


 マティアスが命じるけれど、口調は少し尋問っぽい。マティアスはまだ私より年も下で、身分も高いことから、目下の者に命じる癖がついているのかもしれない。よくない癖だと思うけれど、この世界の貴族社会でいけないことなのかどうかが分からないので、判断がつかない。


「なにを……ですか?」


 騎士たちは子供と言えども、身分の高い人を前にして緊張する様子を見せている。……というか、ポール以外は全員身分が高くて緊張するのではないだろうか。


「明日、王都を奪還する上で、ここにある谷の攻略が重要になります。この谷には確実に敵が潜んでいますから……」


 イヴォンは先ほどのアルように、地図に木炭で印をつけていく。


「おそらくこのあたりでしょうね。ですが地元の者がこの谷に出入りしていると聞きました。それならば抜け道があるのではないですか?」


 そうか。地元の人しか知らない道を聞くつもりなんだ。でも、この周辺に住まう人たちはこれで生計を立てているのだから、この辺りの出身者が簡単に教えてくれるだろうか。国の一大事でそれどころじゃないけれど、彼らにとってはどちらも生活が懸かっていることに違いはない。


「存じません」


 それはきっぱりとした拒絶だった。やっぱり、国にその道を簡単には教えてくれない。彼らがこの周辺の出身ということは、その家族はこの谷で生計を立てているのだ。騎士団に入ったとは言え、簡単に言えるとは思えない。


「今がどのような事態かわかっているのですか?」


イヴォンの言葉に三人は押し黙った。良質の薬があるというなら、国の手を入れて欲しくないというのが本音なのだろう。王都より質のいい薬草が手に入るのなら、国がちょっかいをかけてくる可能性もあるのだ。そこまで行くと、彼らやその家族の問題ではなく、地主や領主の領分になって来る。


「……初めまして、リディアーヌです」

「初にお目にかかります!」


 騎士の人たちは、そろって胸に手を当てる。こんな礼を尽くされるような身分ではなかったので、正直言って居心地が悪いけれど、今気にすることはそれではない。彼らの表情は、警戒しているように見える。私に無理やり聞き出されることを恐れているのかもしれない。でも、私は平和な日本で育った小民主義で、辺境で育ったために平民の生活をよく知っている。どうすれば彼らに都合がいいかを考えなければ。


「彼らの御身内は薬草を取って生計を立てているのです。おそらく、薬草が取れる場所や、谷の地理について口外してはいけないのでしょう」


 皆もそれは理解していると思うけれど、あえて口に出すことで、言い分を理解するという姿勢を示したことにならないだろうか。伝記なんかを読むとそういう場面を見かける。その上で、戦争に協力したということで、作戦が成功した暁には褒美を与えるという形で、便宜を図ってもらえばいい。

 ふと見れば、彼らは私が薬草と言ったことで動揺しているようだった。


「まだ政治に明るくないのですが、彼らの故郷に今後便宜を図るという形で何らかの補填は出来ないでしょうか。たとえば、彼らの故郷で取れた薬草の加工方法を教えて、王都に出荷する等……今回の作戦が成功したらと言うことになりますが」


 私の言葉に考え込む様子を見せたのは、お兄様方とマティアスだ。イヴォンは軍師なので、こちらは専門ではないのだろうか。少し興味を持ったというように見えるけれど、口を出すつもりはないようだ。


「兄上、城の薬ってどうしてるんだったか?」

「しっかり勉強しときなさい、常識じゃないか。城の薬は商人から薬草を仕入れて、薬師が医師の要望で調合しているんだよ。城の敷地で作っている薬草では足りないからね」


 ……ギュスターヴお兄様と、フレデリックお兄様のやり取りがすごく兄弟っぽい。二人は私のお兄さんでもあるんだけど、二人が過ごした時間を思えば、私はこんな関係にはなれないのだろうと思う。


「それで……、僕たちの妹君は、そこに彼らの出身地と今言った扱いをどう絡めるつもりなのかな? 彼らから薬を仕入れることになった場合、薬を入荷する出入りの商人が困ることになるよ」


 フレデリックお兄様は微笑んでいるけれど、その眼は笑っていない。どうやら私を試しているらしい。つまり彼の中ではすでに何らかの形があるか、あるいは私がどこまで考えて動いているのか、探ろうとしているのかもしれない。作戦の要である私の人となりを知ろうとしている……と、無理やり自分を納得させることにする。


「もちろん作戦が成功すればという前提ですよね? ……そうですね。まず、ここの領主様に掛け合います。それで、この領地で薬草の栽培を推奨してもらえばいいんです。国から顧問を派遣するくらいは出来ますよね? その薬草は商人を通して、買い上げます。今までひっそりと採取していた物を、領主主導の商売にすれば、谷の薬草は領主が守ってくれますし、それはれっきとした雇用になります」


 村で取り扱う薬草と言うのは、乾燥したものを出店に売り出す形になる。医師は薬草を目利きして、露店のような出店で購入してから調薬するのだ。もちろん村では従来通りに扱って構わない。ただ、平民と言うのはよほどのことでもない限り、医者に掛からない。となると、薬草と言うのはさほど売れる品ではないのだ。ところが、国と言うくくりで見るなら必需品として備える物になる。


「そうですね。いっそこの辺りで薬を作ってもらってもいいかもしれません。乾燥した方が使いやすい薬草もあれば、そうではない薬草もあるでしょうから。加工した状態で仕入れるのなら、金額が変わるかもしれませんけれど、物によっては質が変わりますよね。東は隣国との関係も穏やかですから、今後もクロケとゴダールを警戒して薬を作ったとして、東で保管しておけば被害が及ぶまでに時間もかかりますし……」


 と、そこまで話してから、ハッとする。やってしまった。私、本条里穂は考え事が大好きで、考えたことを話すのも好きなのだ。今薬草についてどうするかを考えるように言われて、思いつくままに挙げてしまった。計画自体は練る必要があるだろうけど、思いつくことはいくらでもある。……ちょっと飛ばしすぎた。

 ポールがあんぐりと口を開けているし、連れてこられた近隣出身の騎士もポカンとしている。お兄様方やマティアスも表情が固まっている。イヴォンが楽しそうなのは気にしない。


「……ふふ、殿下方、リディアーヌ王女殿下の考えを聞いてどうです? とっさにこれだけ思いつくのです。お前たちも、リディアーヌ様が今おっしゃったことは実現できるよう私が協力すると約束しましょう。その上で、答えなさい」


 ……他にもこの近隣の植物調べて入浴剤とか、芳香剤とかも作れるんじゃないかなとか思ったけど、そこまで言わなくてよかった。こういうのって考えるだけならすごく楽しいのだ。ラノベの主人公がやたらと知識チートしまくる理由が分かってしまった。物語だからこそうまくいくのだとは思うけど、地球にあるものを知っている範囲で実現させるのは楽しいのだ。小学生が図工の授業で大人に褒められる感覚に近い。自分の中で完成形は決まっていて、それをできる範囲で実現させて、周囲に褒められ喜ばれるのだ。とてつもなく承認欲求が満たされる。


「谷の攻略について、我々に地理を教えることは出来ますね?」


 三人はいちど顔を見合わせ、それからすぐ近くにある故郷に許可を得てくると言ってくれた。馬を走らせれば時間はかからないようなので、往復で一時間ほどの場所という話だった。三人だけでは説明に不安があるということで、マティアスも一緒に行くことになった。



 マティアス達が、村から了承を取ってきてくれた。だから今度は私たちが頑張る番だ。私は整列する騎士たちを眺めた。高い位置からだと、皆が一様に緊張している様子がはっきりとわかる。誰も彼もが真剣な表情を見せているのだ。


「私は、リディアーヌ」


 昨日のうちに仮眠を取って、それからお兄様方やマティアスに協力してもらって、ずっと挨拶の練習をしていた。マリーに髪を纏めあげてもらったので、動いても邪魔にならない。あとは妙なぼろさえ出さなければ、それなりの身分には見えるはずだ。……たぶん。


「皆さんとお会いするのは初めてですが、この国の第一王女です」


 そう。私は国王陛下と王族出身の王妃様との間に生まれた正当な王位継承者。そう見えるように、胸を張って、余裕を見せて。


「ここは私たちの国です、この国を取り返し、もう一度守るためにみなさんの力を貸してください」


 真剣な、騎士の皆の顔が見える。奥の方に、ポールがいる。私は砦の門の上に立っていて、幼馴染のポールとこんなに遠い。それがどうしようもなく悲しい。


「大地神ソルと天空神シエルが導くままに、地の利は私達にあります。私は皆さんを信じます。異国の暴徒になど屈してはいけません。私たちの国を私たちの手に……!」


 私はイヴォンからもらった短剣を掲げる。騎士たちはそれに倣い、武器を掲げ、鬨の声を上げる。


 これより、作戦決行!

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