(10) 王族との会議

「リディ、少し落ち着きなさいな」


 これから王子様に会うということで私は非常に緊張しており、席について縮こまっていた。これまでの人生で、まず関わることのないと思っていた身分の人に会うのだ。それも私の実の兄で、王族と言っても騎士である意味合いが強いので私の方が偉いということになってしまうというのだ。……いきなり王族に会うことになって、その相手より自分の方が偉いと言われた私の心境を考えてほしい。


「私この格好でいいのかしら?」

「いちおうそれを踏まえて整えた身なりですもの、問題ないわ。でも、そうね。髪を結いなおしておきましょうか。馬に揺られたからかしら、少しだけど乱れているわ」


 マリーはそう言って私の後ろに回り、髪をほどく。私の髪は結う前に、マリーが普段使いしている物より高価な香油で整えたので、いつもよりもつやつやでいい香りがする。つやつやな髪は結いにくいと思うけれど、マリーは難なく私の髪を高価な豚毛ブラシで梳かして、まとめていく。本当に私の侍女になってしまうのだろうかと、少し寂しく思ってしまう。それと同時に、ほんの少し髪が乱れただけでも気になってしまう彼女が、なんだか私の知らない、貴族のようだと思った。大学でも髪が乱れるのをすごく気にする女の子はいたけれど、辺境の平民はそんなこと気にしないし、マリーも私達と一緒にいる時はあまり気にしていないようだった。


「結構しっかり結ったのに、あまり跡が付いてないのね。羨ましいわ」


 髪を梳かされていると、少しだけ頭皮が突っ張るように感じるけれど、マリーがしっかり整えてくれたから、絡まったりはしない。頬にこぼれた髪からいい匂いがして、先ほど使った香油を思い出した。私が好きな、ジャスミンみたいな匂い。小さい頃に見たアニメ映画の影響か、私はそのヒロインと同じ名前の花にあこがれて、香りも大好きになった。香油を選んだのはマリーだったけれど、私の好きなにおいがわかったのだろう。そういえば、私は記憶に翻弄されているばかりで全然気が付かなかったけれど、里穂もリディも好みが似ているのかもしれない。……リディは本は好きでも神話はあまり興味がなかったようだけど。


「……よし。はい、できたわよ」

「ありがとう」


 あっという間に私の髪を編み込んだマリーは、パンっと軽く背中をたたく。あまり気付かなかったけれど、首元が先ほどよりもすっきりしている気がする。


「見事な物ですね」

「私は王族の侍女になるんですもの。これくらい当然だわ!」


 そういう物なのか……。日本の女子高生はこんなに簡単に髪を編み込んだりできないぞ!



「デュノワです」


 扉をノックする音が聞こえ、その向こうからポールの声が聞こえた。ノックの音に、王子様方が来たのだと思って鼓動と肩がはねたけれど、ポールの声が聞こえて思わずため息を吐いてしまった。


「失礼します」

「んもう、ポール! 王子様かと思って驚いたでしょう!」


 顔を出したポールに安心して、思わず憎まれ口を聞いてしまう。ポールは何故かバツが悪そうな顔を見せる。


「間違ってないけどな……」

「え?」


 ポールが私から目をそらしたところで、後ろから二人の男性が顔を出した。


「これが妹か……」


先に声を出したのは、金髪の男の人だ。


「僕たちと同じ、赤い目なんだね」


次に口を開いた人は少し癖のある茶色の髪をしている。私の目の色は王様と一緒だと聞いた。


「は、はじめ、まして……」


 ついつい弱気になってしまって、声が小さくなってしまった。覗き込むように二人を見ると、意外そうな顔をしている。


「初めまして。僕は第一王子のフレデリック」

「よ、よろしくお願いします。第一王子様」


挨拶をされて慌てて頭を下げると、第一王子様は不思議そうに眉を寄せた。


「えーっと……。妹、だよね?」

「そうみたいですっ!」


そんな不思議なものを見るような目をしないでいただきたい! 身分のカタいタカに会うのは初めてなんです! じゃなくて、身分の高い方!!


「その、出向いていただいて申し訳ありません。身分の高い方にお会いするなんて本当に初めてで……」


第一王子様と、多分第二王子様が、きょとんとした顔を見合わせている。なんというか非常に居心地が悪い。


「キミは、えーっと……」

「リディアーヌ・ルージュと申します。ルージュは、目の色から取ったと聞きました」


それを聞いた王子様方は私の目を覗き込む。目が合って気がついたけれど、第一王子様が言うとおり、私と全く同じ色だ。鏡を見るたびに目にする、宝石を埋め込んだような赤い目。


「同じ、ですね……」

「うん」


 初めて見た、私と同じ目の色をした二人。王子様と言うのなら、もっと偉そうな人を想像していたのだけれど、すごく優しそうな人たちだ。同じ目をしているという、それが少しうれしい。いないと思っていた血縁が、今目の前にいる。



「俺はギュスターヴ、ギヴって呼ばれてる」


 金髪の人は人懐っこい笑みを浮かべている。先ほどアルが大雑把と言っていた人だ。


「ハイ、第二王子様。私は親しい人にはリディと呼ばれております。どうか好きに読んでくださいませ」


 ずっと辺境に暮らしていて、庶民しか経験していない身なので、失礼のないように口調に気を付ける。身分の高い人なんて生で見たことがないし、こうして目の前に立つのなんて初めてなので、つい緊張してしまう。……マリーの家族を除く。


「リディ、ね。うん、かわいい」

「リディか」


 早速王子様方は私をリディと呼ぶことにしたらしい。実はリディって呼ばれる方が好きだったりするのでありがたい。大学生の時はなんて呼ばれていたっけ。


「ねぇ、リディ。君のレヨンは、予知クリスタなのかい」

「は、はい」


レヨンについて問われ、また鼓動がはねた。思えばこのレヨンこそが、私が王族だという決定的な証拠になったのだ。


「恐れながら、フレデリック王子殿下、ギュスターヴ王子殿下」

「お前、名前は?」

「はい、シャノン辺境伯の姪のマリアンヌと申します。彼女の予知には私たちも助けられたことが多々ございます。彼女が予知クリスタの持ち主であることは間違えありません」


 マリーが膝をついて王子様方に告げた。この狭い部屋の主人は私だが、彼女のほうが状況を理解しているのだろう。少なくとも私は、目の前の二人に緊張するばかりである。


「そう……。予知クリスタは初代の国王と神との誓いによって、王家の直系にしか受け継がれない能力だ」

「神の前で誓ったつがいにしか生まれない。俺は正妃である白百合の君じゃなくて、第二王妃である雛菊の子だから予知クリスタは受け継がなかった」


 白百合に、雛菊……。どうやら王妃様方は名前で呼ばれていないらしい。そういえば、王の子の中にも継承権を持つ者と持たない者がいると聞いたことがある。


「第一王子様は……」

「リディ、君が予知クリスタを持っているということは、僕らの妹に間違いないよ」

「そうそう。そんなよそよそしい呼び方はやめようぜ」


 先ほどから、私は二人の名前を呼んでいない。そのことを優しく咎められて困惑する。王族に対してよそよそしい態度をとるなと言うのは、あまりにも難しい話だ。


「でも、何と呼んだらいいのか――」


 わからない。そう言おうとしたけれど、二人の視線に言葉が出てこなくなった。これは、諭されているのではない。優しい言葉で命じられているのだ。どうしよう。どうしたらいい。


「……僕たちも、君の存在には戸惑ったけれど、今この状況において、君の存在には感謝しているんだよ」


 と、第一王子が言う。実の兄とはいえ、王族に感謝されるなんて、私の人生設計にはなかったことだ。別にまとまった人生設計があったわけではないけれど。


「俺は王位を継承することは出来ないし、兄上は継承権を辞しているからな。現段階で弟二人が継承権の保持者だが……」


 一人は明日処刑されるかもしれない。もう一人は、たしか私よりも年若い、少年と言うような歳の頃だったはずだ。王子様方も、戸惑っているのだろう。


「……あの、王女様は、お二人を何と呼んでいるのですか?」

「ベアトリスのことか?」


 そう、ベアトリス様。王に溺愛されているという噂の……。私がその立場だったはずの、第一王女殿下。


「ベアトリスは僕のことはフレデリックお兄さまって呼んでいるね」

「俺はギュスターヴお兄さまって呼ばれているな」


物言いから、仲のいい兄弟なのだろうと思えた。二人の瞳に、妹を思いやる姿が見えたからだ。参考になるかと思ったけれど、お兄様なんてなれなれしくないだろうか。


「……殿下方は、リディが妹だって認めるんですか?」

「ポール……」


 気を利かせてくれたのか、ポールが声をあげてくれた。私もそれを聞きたかった。会ったばかりの私を妹だなんて思えるのかと。聞きたかったけど、聞きづらかった。


「お前、いっつも身分がどうのって言うくせに、よく声あげたじゃねえか」

「そりゃ、まあ。大事な幼馴染ですから」


 わ……! ポールがそんな風に言ってくれるなんて! 村で再会を果たしてから初めてで、すごく嬉しい。


「あら、ポールもたまには男見せてくれるじゃない」

「ポールがそんな風に言ってくれてうれしいわ!」


 マリーと私の手放しの賞賛というか、感謝に彼は真っ赤になって視線を上げた。こういう時にかっこよく決まらないところが彼らしい。


「ふーん……硬派で通ってるジャン=ポール・デュノアも、幼馴染の前では形無しってわけか」

「ギヴ殿下!!」


 え、硬派? ……って、ポールが? いやいや、ないでしょう。ポールは真面目だと思うけど、照れ屋ですぐに真っ赤になる男の子だ。


「ふふ、これでも侍女やメイドの間では騒がれているんだよ」

「そーそー。この前のなんか……」

「やめてください殿下!! リディが変なこと知ると、俺がマリーに怒られるんですから!!」

「つまり、リディが知ると私が怒るような変なことしたわけね」


 あ、マリーがすっごい笑顔。私が知るとマリーが怒る変なことって、あー……。つまりそういうことだろうか。……いや、リディはそんな知識あんまりなかったんだよ? でも里穂はそうでもなかったらしい。うん。そうか、そうなんだよね。私だってやっと成人したんだし、それぐらいの知識は……ね。あるん……だ、よ? 見ればマリーとポールが騒いでいて、それを面白そうに殿下方が見ている。楽しそうな様子が少しうらやましい。


「……恐れながら、そんな場合ではないと存じますが」

「あ゛」


 アルがぼそりと口を挟んだことで、その場の空気は再び緊張感を持ち始めた。けれども私の心は先ほどよりもずいぶんと落ち着いている。幼馴染のポールが二人の王子殿下と、思ったよりも交流している様子を見せたからだろうか。何となく、先ほどのようなよそよそしい空気が霧散したように思う。


「そうだったね。君が妹かどうかっていうと、戸惑いがあるけど、実はわりと受け入れているよ」

「まぁ、たしかに思った以上にってわけじゃないけど、白百合の君に似てるしな。何より予知クリスタを持っている以上疑いようもない。まぁ、初めて会った親戚っていう感じか?」


 瓜二つと言われたけれど、やっぱり普段から見ている人が見ると違うのだろうか。親戚というものがどうも上手く分からないのだけれど、孤児院を出て行ってしばらく会っていない兄弟は私にもいる。出先で結婚して、挨拶に来る時なんかに連れてくる、配偶者という人に会った時は、たしかに不思議な感じがした。そんな感じなのかなぁ?


「じゃあ、二人のことを……」


 また、二人が先ほどのような目をしている。間違えてくれるなよ、と視線が問いかけてくる。私には役目がある。今回の騒動を治めるための、大事な役割が。


「……二人のことを、お兄様と呼びます。フレデリックお兄様と、ギュスターヴお兄様と」


 第一王子と第二王子改め、フレデリック王子とギュスターヴ王子の視線が和らいだ。どうやら私は正解を引いたらしい。辺境の民はしつけに気を遣う。貧しい時代の名残で、時の権力者や裕福な者に見初められることを望んで、言葉遣いに気を遣っていた時代があったのだ。だから私は孤児院を出て行った人たちを兄様、姉様と呼んでいた。二人に対するお兄様は、それに比べずいぶんと距離があるけれど、何も知らない周囲に悟られてはいけない。私は士気を高めるためにいるのだ。自分の役目を忘れてはいけない。


 私が胸の内で密かに覚悟を決めた時、再び扉を叩く音が聞こえた。




「おやちょうどいい。殿下達もいたのですね」

「イヴォン!」

「軍師……え?」


 扉から顔を出したのはイヴォンだった。忙しいのか、しょっちゅう傍から離れてしまう彼が現れたので安心する。最初の警戒心はどこへ行ってしまったのか、私はすっかりイヴォンの姿に安心するようになってしまった。きっと敵ではないとはっきりしているからだろう。


「これは我が君、御髪を直されたのですね。先ほど同様良くお似合いです」


 イヴォンはこういうお世辞をポンポン出すからちょっと恥ずかしい。ふと見れば、殿下方が微妙な顔をしていた。


「えっと、リディ? 軍師のことを名前で……?」

「ハイ、そうですけど……?」


 何かおかしいのだろうか。最初に自己紹介された時に、私がイヴォンと呼ぶと彼はニコニコ笑ってくれた。だから何もおかしくないと思うのだけれど。


「ポールの冗談じゃなかったのか……」

「ええ、美しい王女殿下には名前で呼んでいただきたいではありませんか。殿下方はダメですよ」

「お兄様方はダメなの?」


 私がそう言うと、今度はイヴォンが意外そうに目を丸くして、それからすぐに考えるように目を彷徨わせた。どうやら気付いたようだ。


「殿下方を受け入れましたか」

「……うん。きっと、それが望まれていることでしょう?」


 イヴォンは少し気づかわしげに笑い、それから室内をグルリと見回した。


「……では会議室の方へ参りましょう。デュノアはまだ早いといったところですが、同席を許可します。マリアンヌ嬢はリディアーヌ様が使う部屋を整えてください」


 イヴォンが早口でそう言うと、全員一瞬きょとんとして、それからすぐに行動を開始した。明日の正午は、第三王子殿下が処刑される時間なんだ。


「そっか。ポールの治癒エルドなら重宝できるな」


 ポールのレヨン治癒エルドだと初めて知った。村を出た十二歳の時点で、彼のレヨンは発現していなかった。一度も連絡を取っていなかったから、私は彼のレヨンが何か知らなかったのだ。ぶっきらぼうだけど優しい彼にぴったりだと思う。


「……リディアーヌ様、デュノア。扉を出るのですから、考えて行動くださいますよう」


 アルの言葉に無言で頷いた。他の騎士は私たちが幼馴染であることは知らないのだから。


「わかっているわ。ね、ジャン=ポール・デュノア」

「……はい、リディアーヌ王女殿下」


 私が苦笑を向けると、ポールも寂しそうに笑った。大丈夫。私には寂しさを抱えてくれる、ポールとマリーがついている。


「それじゃあ、掃除しておくから頑張るのよ、リディ」

「うん」


 マリーに頭を小突かれて笑い合う。私たちのそんな様子に、ポールは先程とはまた違う苦笑を浮かべた。



 会議室は私の部屋からは離れていた。長い廊下を進んで、ようやくたどり着いたのは両開きの扉で、その扉の向こうには少年がただ一人、テーブルの上に地図を広げてのぞきこんでいた。


「ようこそ、お待ち申し上げておりました。王女殿下」


 可愛らしい顔に、穏やかな微笑みを浮かべる少年はだいぶ年下に、いや、同じくらいの年齢に思えた。同い年か、一個違いって感じ。たぶん年上ではないと思う。茶色い髪が揺れ、開かれた瞳は緑色だった。


「僕の名前はマティアスといいます。どうか呼び捨てていただけますか」

「マティ……アス……」


 会議室にいるということは、年若いながらもなかなかの身分なのだろう。けれど私は彼がどういう身分の者なのか、見当もつかなかった。


「彼はルナール公爵家の者で、リディアーヌ王女殿下とは親戚筋にあたります」

「親戚……」


 イヴォンたちが言うには私の父親は国王だけれど、母親は王族出身の王妃様だという。それならば彼も王族に連なる者ということだろうか。


「私はリディアーヌです」

「素敵な名前ですね。お会いできて光栄です」


 可愛らしい笑みを浮かべた彼は、私に地図を見るように促し、場所を譲ってくれた。


「早速ですが、会議を始めましょう」

「はい」


 私が頷くと皆が皆、地図を取り囲んで覗き込む。これはベランジェールとその周辺国の地図だ。……地球の地図にくらべて、ずいぶんと簡素だけど、時代とか文明レベルを考えると、詳しすぎるような気もする。ふと、イヴォンがこちらをじっと見ていることに気づいた。わずかに口を開閉した様子から、何かを言うように促されているのだと思う。


「私が知るべきことを教えて」


 私が気になるのは明日処刑されるという第三王子様のこと、それから尋問を受けているという王子様のことだ。大丈夫。私は考えることは大好きだから、何とかなる。何とかして見せる。


「では、この見取り図をご覧ください」

「念の為に聞きますが、これはお城にもあるものですか?」

「僕にそれほどかしこまる必要はありません。―――いいえ、これは僕が城から逃がされた時に持っていくように言われたもので、城の見取り図はこれ一枚です」


 それを聞いて安心する。城というのは、総じて敵襲に備えて迷いやすい作りになっていると聞く。おそらく隠し通路なども多分に用意されているだろうが、見取り図がこれだけということは、敵がそれを知る術は手探りで探す他ないだろう。これは里穂の知恵だ。


「わかったわ。―――じゃあ、まず王子様と王女様、それから王妃様はどこにいるのかしら」

「王女殿下や白百合の君は自室で軟禁状態ですよ。女性陣については利用価値があることと、ゴダールとの関係で手が出せないのでしょうね。王子殿下方はこの……」


 イヴォンの指が城の見取り図を指し示す。そしてその指先がある一点で止まった。


「これが地下牢で、一番奥の部屋から順に王子殿下を閉じ込めているという話です。王子殿下方は尋問を受けているという情報が届いています。また、白百合の君以外の王妃様も、牢にいるという話です」


 なるほど。明らかに地下牢から通じている無意味に広い部屋、ここが拷問場所ということか。


「尋問って、何を探ろうとしているの?」


 私がそう尋ねると真剣な眼差しを向けてきたのは、王子殿下二人だ。


「その前に……この作戦の最優先事項はなんだと考えているんだい?」

「俺らには継承権がないからな。お前の決定には従うつもりだ」


 フレデリック殿―――お兄様とギュスターヴお兄様の質問に首をかしげるが、すぐに合点がいく。私はまだ何が目的なのか語ってはいない。それならば王位欲しさに下らないことを考える可能性を危惧されても仕方がないだろう。


「もちろん、王子様方の救出と、王妃様並びに王女殿下方の開放。それから国の奪還です」


 私ははっきりと言うことで、自分が王位に悪意ある興味を持っていないことを伝えた。王位を継ぎたいかと聞かれればもちろん継ぎたくない。それでも好奇心という意味では興味があるのだ。だからといって人と争ってまで手に入れたいものではないし、そういう形の興味ではない。


「それを聞いて安心したよ。なら説明しようか」


 フレデリックお兄様はそう言うと、マティアスと頷き合い、ギュスターヴお兄様と頷き合い、そしてイヴォンたちに視線を向けた。


「少し席を外してくれ。王族としての話をしておきたい」

「承知しました」


 ギュスターヴ殿下がそう言うと、代表でイヴォンが返事をして、入室した時とは違う扉の向こうへと消えた。おそらく控え部屋の様な物だろう。しかし、せっかく来たのに追い出すなんて何を話すというのだろう。


「秘宝の話だな」


秘宝……? なんだろう。何のことかはわからないのに、何かが引っ掛かる。


「建国の仕組みを知っているかい?」


地球なら他国に認められることが建国だろうか。いや、でも私というか里穂が知るところの国づくりの神話では確か伊奘諾尊と伊奘冉尊がたくさんの神を生み出して……。それから黄泉の国とか、天照大御神と素戔嗚尊とか……。大国主命とか……。ファンタジーな世界なら神話チックな方がふさわしいだろうか。日本の神話に限らず、ギリシャ神話や北欧神話もあるし、似たような話はあるだろうか。


「建国は神と人との契約によってなるものだよ。昔はともかく、今は危険思考の者が試す可能性があるので、秘匿ひとくされて知ってる人はあまりいないけどね」


 ああ、やっぱり日本の国造りの神話の方が近いかもしれない。話を聞いて理解できないところはそちらを参考に考えた方がよさそうだ。


「で、だ。人が神に認められれば最初の国王となる。以降は直系の子孫が神に能力を与えられて、国を治めることになるんだが……」

「王と神の間に契約がなったとき、そこに一つの石と都が与えられる。その石がもし破壊されてしまったら、契約は破棄されて国がなくなるんだよ」

「さらに、神に誠実を表すことで……つまり、教会や修道院などといった場所で、祀ることで国土が与えられます。国境は結界の役割をなしていて、石はその要のようなものと考えてください」


 国の要が一つの石だという。まるで三種の神器だ。私は“さんしゅのじんぎ”という読み方より、“みくさのかんたから”と読むほうが好きだったりするけど、一般的ではないので自重していた。


「じゃあ、尋問の内容はその石のありか……?」


 石が破壊されればこの国はクロケのものとなってしまうのだろうか。そうなればクロケはゴダールを超えた大国となるから、それが狙いに違いない。必要以上に国土を広げ、たった一人の王が治めることなんてできると思っているのだろうか。なんて欲深なことだろう。


「国境の仕組みや、石の存在については国の高官ならば知っていますが、建国の仕組みや、石の役割については王族しか知ることはできません。石の在り処も同様です」

「だから、王子様たちを殺さずに尋問しているんですね。この国を手に入れるために……」


 と、そこまで考えて疑問が浮かぶ。クロケがベランジェールを手に入れれば、ゴダール以上の大国になることは間違いない。それをゴダールが許容するだろうか。国が広がれば単純に人口が増える。国土面積と人口は国力を表す一つでもあるが、ゴダールが手引きしたとして実働を担当したクロケの方がうまみが少ないとは考え難い。ゴダールが、果たして隣国の強化を助けるだろうか。これまで三すくみで仲が悪い国だったというのに?


「……学がなくて申し訳ありません。クロケとゴダールとベランジェールの関係について教えてください」


 里穂の知識に助けられてはいるけれど、辺境にいた私では知らないことが多すぎる。一度三国の関係をしっかりと聞いておいた方がいいだろう。そうでなければ、疑問は浮かんでも正しい答えを導き出すことができない。


「え? ああ、そうだね。今回の騒動が、クロケとゴダールが手を組んでいる可能性が高い以上、知っておいた方がいいね」


 フレデリック殿下は急に話が変わったためか、少し面食らった様子を見せ、それから三国の関係について教えてくれた。

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