(9) ジャン=ポール視点 第二王子ギュスターヴ

「デュノア殿!」

「……なんだ?」


 声をかけてくる見習い二人組の様子に、俺は鬱陶しいという感情を隠しもせずに返事した。残念なことに興奮した見習いは気付いていないようだが、まだ叙任式が済んでいないとはいえ、一応俺は騎士なのだから、もう少し気遣ってくれてもいいんじゃないかと思う。話しかけやすいと思われているならいいことではあるが、騎士団の規律を厳しく教え込まれた身としては複雑だ。


「あの、王女殿下を軍師殿達と共にお連れしたとお聞きしました」

「どのような方なのですか!?」


 砦にたどり着いてから、もうこの質問を受けるのは五度目だ。さすがにうんざりしている。


「どうもこうも、王妃様に似ている」


 俺が適当にそう返すと、見習いは不満そうに眉をよせた。何度も言うが俺は上司だ。そんなあからさまな態度、場合によっては懲罰ものだと理解していないのだろうか。半端な奴は嫌いだ。


「外見は見た者がそう噂しているのです」

「他に何かないのでしょうか!」


……噂に満足しとけ、という言葉は飲み込んでおいた。俺とリディが幼馴染だという話が広まっているかどうかもわからないし、下手するとリディの敵を作りかねない。とはいえ答えにくい質問でもあるので、やはり聞かないでほしいというのが本音だ。リディの役目は砦の者の士気を高めることだから、事実をひねらない程度に褒めなければならない。しかし三年も会っていなかった幼馴染のことなので、美人だということ以外で褒め方が見つからない。

 たとえば社交界に浮名を流す貴公子のように、駒鳥のような……とか、薔薇が如く……とかいえばいいのだろうか。……無理だ! たしかにリディは幼い時からどこか浮世離れしていた。獣のような気高さがあって、猫のような気品があって、栗鼠リスのような庇護翼を誘う存在だった。今思えば王族の血を引いていたのだから、当然と言えば当然だ。


「美人で、優しいし、頭がいい」

「それだけ、ですか?」


 ……十分だろが! ダラダラと冷や汗が流れてくる。ここで士気が下がるようなことを言えば、軍師殿と隊長からどんな仕打ちを受けるか分かったものではない。それだけは全力で回避したい。考えることはあまり得意じゃないが、軍師殿は恐ろしいので、必死に無い知恵を絞る。


「……高貴な方のことなんだ、おいそれと口に出すわけにはいかないだろ。せめてお側に控えている軍師殿かフリムラン隊長に尋ねてくれ」


 これなら違和感のない回答のはずだ。リディのことでぼろを出して、結果今回の作戦が失敗することも、リディの敵が増えることも避けたい。何とか納得してくれないだろうか。


「……そうですか」

「どのようなお方なんだ……」


 とりあえず、二人組は恍惚としていて、期待は高まったらしい。先程から答えに窮することばかりで適当な言葉を返していたが、次からはこう言おうと思う。


「じゃあ、俺は用があるから」


 これ以上の追及から逃げるためにも、足早にその場を後にする。道中何度か見習いや騎士を見つけたが、そのたびに彼らと目を合わさないように、通り過ぎて行った。気苦労だけなら鍛錬よりずっと厳しい。


「……勘弁してくれ」


人気のない廊下に出たところで、壁に手をついて思わず頭を垂れる。口を突いて出た言葉は、情けない話だが、本音である。


「何を勘弁するんだ?」

「っ!?」


 後ろから声をかけられ、思わず姿勢を正す。まだ騎士に上がったばかりだというのに、みっともない姿をさらすわけにはいかない。おまけに聞き覚えのある声だったので、余計に緊張してしまった。声の主は機嫌よさげだが、だからと言ってこちらも機嫌よく話していいとは思えない。むしろこの場では一番会いたくない人物だ。金の髪は後ろで無造作に束ねられ、腰のあたりまで流れている。赤い目は所謂いわゆる兎を思わせる色なのだが、眼光がまるで獰猛な獣のようだ。


「ギュスターヴ殿下……」


 騎士団の聖騎士、第二王子のギュスターヴ王子殿下だ。要するに、リディの腹違いの兄となる。


「お前なーポール。俺のことはギヴでいいって言っただろ!」


 常識的に考えて、年が近いからって、平民出身の俺が王子に馴れ馴れしく接するわけがない。


「俺はまだ騎士に上がったばかりで、殿下は聖騎士に所属しているはずなんですけれど……」

「そんなの引っペがしたら関係ないだろ?」


 それを引っぺがしたら、俺は平民、殿下は王族。むしろ騎士という枠内の方が、位は近い。


「本当に大雑把な……」

「なー! 俺に継承権がなくてよかったよ。おかげで好きなことできるし。父上みたいに継承者が一人だけとか悲惨だな」


 他の王族に比べると幾分かましだけど、気を使わなければならないことを思えば、ギュスターヴ殿下も一緒だ。大雑把と大らかの二つの評価を受けることも頷ける。俺がつぶやいた言葉も、相手が相手なら不敬罪になるのだが、ギュスターヴ殿下は自覚していると言わんばかりに笑って受け流すのだ。騎士団ならではの、同性に対する気安さなのだろうが、元の身分を考えてほしい。下々には耐え難いぞ。


「で? 噂の俺の本当の一人目の妹、お前と幼馴染らしいじゃん。どんなだ?」

「……普通です」

「ほー……。白百合の君はいまだ社交界の華と名高く美しいと騒がれているけど、その白百合の君そっくりで普通なのか、お前にとって。羨ましい限りだなぁ」


 白百合の君は、国王陛下の第一王妃のことで、リディにとっては実の母親と言うことになる。というか、その噂を知ってるくせに、俺にこうしてからんできたらしい。からかうこと目当てだったとしか思えない。ギュスターヴ殿下の流し目が苦手だ。一応親しくしていて、友人のように思っていただいているのだが、この目には逆らってはいけないというような気分にさせられる。いわゆる王族のカリスマ性なのだろう。


「……頭が良くて、軍師殿が異様に気に入っています」

「軍師が?」


 ギュスターヴ殿下は目を見開いて、あからさまに驚いた。軍師殿はリディを気に入っているようだが、軍師殿は普段、あまり執着を見せない人だ。その人が明らかにリディを贔屓しているのだから、実際に目にした俺も信じられないくらいで、殿下の気持ちもよくわかる。


「驚いたことに、軍師殿が大切にしているあの短剣をリディに渡してました」

「アレをか!?」


 一般的に自分の剣を渡すというのは深い信頼、つまり“忠誠”を意味する。軍師殿が早々にリディを気に入ったことはまあ、あんな感じだから気づいていたし、信じられなくても受け入れていたけど、短剣まで捧げたときは驚いた。


「いつも大事そうにしている、アレを……?」


 ギュスターヴ殿下の眉間にしわが寄り、険しい顔をしている。受け入れがたいことを、何とか納得しようとしているのだと思う。


「……忠誠を誓ってるって判断で、間違いないですよね」


 確認するようにそんな言葉がこぼれた。思わず、帯剣した剣の柄を握る手に力がこもる。軍師殿は俺より強い。それでも、捧げられた短剣がもう一つの意味を持つなら、俺はためらわない。たとえ相打ちになってでも、軍師殿にあらがうつもりだ。


「……お前の幼馴染は、王室に何も不信感は持ってないのか?」

「何も。興味を持ってる感じです。昨日ちょっと危険なことがあったんですけど、第三王子のことを心配して、急いだくらいですから」

「そうか……」


 ギュスターヴ殿下の表情からわずかに力が抜ける。今自由に動ける中では、継承権を持つ唯一の王族がリディだ。今捕まっている王族の命も、リディの選択で決まる。ギュスターヴ殿下の表情がこんな風に変化するということは、少なくとも気になっていたということだろう。


「……フォルクレ軍師を落とすほどに、魅力的なのか?」

「言っときますけど、俺と同い年で、ギヴ殿下の妹ですからね?」


 ギュスターヴ殿下は十八歳だから、三つしか違わない。


「そうか。ベアトリスより一週間早く生まれてるんだっけな。……軍師が二十五歳で、ベアトリスが十五だから、十五だよな?」


 ベアトリス王女殿下は、リディとすり替えられたという第一王女だ。リディが第一王女なら、第二王女に繰り下がる。軍部の方には近づかない方なので、会ったことはないが、あまりいい噂を聞かない。わがままな王女とか、陛下に甘やかされているとか、中傷するような噂話をよく耳にする。殿下に言わせるなら、悪意のある噂らしいけど。


「結婚するなら、まあ年上がいいんだけど……。うーんフォルクレを親戚にするのはなぁ……頼もしくはあるが複雑だ」

「ギヴ殿下、気が早いです」


 何を真剣に悩んでるんだか。確かにそろそろ嫁入りの年齢だけど、結婚の話なんて、まだ早い。二人が出会ってほんの一週間も経ってないし、そもそもリディが軍師と結婚なんて、俺が嫌だ。あんな恐ろしい男に、大事な幼馴染を嫁がせてたまるか。


「ギュスターヴ殿下!」

「お、どしたー?」


 廊下の向こうから兵が駆けてきて、ギュスターヴ殿下に敬礼する。ギュスターヴ殿下は彼を適当にあしらい、要件を言うように促した。


「はっ! フリムラン隊長が、王女殿下の部屋にお越し下さいと……」

「ふーん、そうか……」


 王女殿下って、リディの……!? マジか。もうリディが王族と顔を合わせるのか。大丈夫なのか? ふと見ればギュスターヴ殿下は愉快気に口角を緩めている。


「ああ、フォルクレ軍師が入れ込んでいる王女殿下とやらに、面会を希望しておいたんだ。兄上と一緒にな」


 兄上というのは、同じく騎士団に所属する第一王子のことだ。第一王子は正妃腹だが、継承権を辞していて、ギュスターヴ殿下よりも早く騎士団に所属していた。


「そう、なんですか」


 戸惑っている俺の様子がおかしかったのか、ギュスターヴ殿下はさらに愉快げに笑っている。……これ、俺は怒っていいのか? この人懐っこい笑みに腹が立つ日が来るなんて思わなかった。


「あ、兄上ならどうせ王宮の見取り図と睨めっこだろうから、ついでに拾ってくぜ」


 殿下は俺の背を押してともに来るよう促すと、兵を適当にあしらい、足を踏み出した。相変わらず軽い人だと思ったが、その手が震えているのを見て、俺は考えを改める。ギュスターヴ殿下は緊張しているのだ。無理もないことかもしれない。殿下達が統率をとっているので、砦の中は落ち着いているが、国の存亡をかけ、しかも殿下にとっては家族に危機が迫っているのだ。砦にいる継承権の保持者はリディアーヌのみ。彼女の発言一つで、ギュスターヴ殿下の大事な弟や妹たちは、その命運を左右されることになる。ギュスターヴ殿下との付き合いは三年くらいだが、家族思いだということは常々感じていた。家族を助けるにはリディの決断が必要なのだ。

 ……ここまで一緒に来たというのに、リディの置かれた立場を、今はじめて理解した気がする。リディは優しいから、重大な決断なんてさせたくはない。でももう後には引けない。せめてこの混乱の中で、リディは守らなければ。


「殿下、顔がこわばってますよ」

「なんだよポール。そういうお前も顔が怖いぜ」


 どうやら俺の顔もこわばっていたらしい。

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