罪の双方向性

山本アヒコ

罪の双方向性

 初めてできた恋人を寝取られた。

 大学生となってまだ数ヶ月、こんなに早く恋人もできて青春が始まったと浮かれていた自分にとって、あまりにも衝撃的だった。悲しみや怒りよりも、ただ呆然とした気持ちしかない。

「そりゃあしょうがないって。付き合ってるのにキスすらしないなんてさ。恋愛は怠けたらダメってこと」

 友人に愚痴を聞いてもらっていたら、そう言われてしまった。

 しかし、これまで女の子の手を握ったことすらなかった自分には、キスをするなんて難しすぎる。

「恋人になったんだから、相手だっていきなりセックスはともかく、キスぐらいはしたいなーって思ってるってこと」

 だけど、恋人は寝取られたのだが。

「なら、次はもっと貪欲に攻めれば?」



 三人目の恋人も寝取られた。

「二人目もそうじゃなかった?」

 他に好きなひとができたと言われただけなので、肉体関係があったのかは確認できていない。

 今回はスマホに証拠があった。

「へー」

 気のない返事に少し苛つく。その表情の変化を見て、友人はニヤリとした笑みを浮かべる。

「それは、まぁー、こっちには恋人がいるからさ」

 友人には高校生のときから付き合っている恋人がいるのだ。

「悔しいなら、新しい恋人でもつくれば?」

 その傲慢な言いぐさに、思わず友人の肩を軽く殴った。



 六人目の恋人も寝取られた。

「これで何人目だっけ?」

 五人目だ。

「えーっと? たしか二人目だけ寝取られてないんだった? でもさ、それ以外も全員ってことは、その子もたぶん寝取られたんじゃ?」

 その事はもう考えないようにしている。そうじゃなければ、自分があまりにも哀れだ。

「ともかく、六回目の失恋に乾杯!」

 友人と自分のアパートで酒を飲む。就職したあとも友人との交友は続き、こうして宅飲みも月に一回ほどしていた。

 ハイペースで飲んでいたため、酔いがかなりまわってきた。脳がまともに活動せず、ビールを飲む友人をただ見ていると、それを見ていると勘違いしたのか左手をこちらへ向けた。

 左手の薬指には指輪があった。

「お前もさ、はやく新しい恋人見つけて結婚しろよ」

 笑顔で言われた言葉に、自分でも驚くほど怒りがわいた。

 友人は高校生から付き合っている恋人と、先日婚約した。絵に描いたような理想の恋人同士だ。

 恋人と毎回最悪の破局をむかえる自分には、それがどうしても妬ましくて、憎んでいて、壊したいと思っていた。



 友人が狭いベッドの上で、艶かしい声をあげている。自分はそれを見下ろしている。とても近い距離で。

 友人は顔が整っていて、男性女性関係なく誰とでも気さくに明るく会話をするタイプなので、非常に人気がある女性だった。恋人がいても男性からのアプローチはいくらであり、モデルをやっているようなイケメンから金持ちまでが彼女を口説いた。それでも彼女は高校生のときからの恋人を選び続けた。

 彼女の恋人の男にずっと嫉妬していた。怒っていたと言ってもいい。

 自分は毎回毎回最悪の裏切りをされるのに、彼は素晴らしい彼女に選ばれ続けている。羨ましかった。

 彼女は男性相手でも気にせず距離を詰めてくる。気にしないようにつとめても、今日のように二人きりで宅飲みをするような無防備な姿は、常に自分の色欲を刺激した。

 彼女がなぜ自分と友人関係を続けていてくれたのか、ずっと疑問だった。

 自分の手を握る指輪をはめた指の強さが、それの証明なのだろうか?


 今回だけは裏切られてもいいと思う。裏切ってほしいと思うのは、矮小な自分の保身であるかもしれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

罪の双方向性 山本アヒコ @lostoman916

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ