第3話 救世の旅へ


 飛竜の群れを一撃で消し飛ばしたあと、同調チューニングを解除した私とタケル様は、ティアマト王に呼ばれて謁見の間に足を運んでいました。


「勇者タケル殿、ようこそ我がネラルティア王国へ。歓迎いたしますぞ」


「どうも……」


 謁見の間には私の父のほか、神官のユーネル様や騎士団長のリーガル様の姿も見えます。


 また、左右の壁際には無数の兵士たちが一列に並んでいて、タケル様はその雰囲気に圧倒されているようです。


「姫が勇者召喚を行うと口にした時は肝を冷やしたが、結果として素晴らしい方をお招きするに至ったようだ。父親として、余も鼻が高いぞ」


「と、当然の結果です。自信はありましたから」


「……しかし、いささかやりすぎた感もあるな」


 急に褒められ、私は誇らしげに胸を張るも……続いて父は表情を曇らせました。


「すみません。火力調節ができなくて」


 タケル様がその黒髪を掻きながら、申し訳なさそうに言います。


 彼の放った衝撃波は飛竜の群れを殲滅せんめつしただけでなく、魔物の住処である山の上半分を消し飛ばしてしまったのです。山の形が完全に変わってしまっているのが、街からでも確認できます。


 初めての同調でしたし、私も街を守ることばかり考え、威力調整をおろそかにしてしまったのです。まさか、ここまでの威力があるとは。


「あの半分消えた山もそうだが、魔物の群れを一撃で葬り去った光景は国中の者が見ておる。民衆の中には、翡翠ひすいの勇者の再来だと騒ぐ者もいる」


「ねえ姫様、翡翠の勇者っていうのは?」


「……この世界の創世期に活躍したという勇者の一人です。翡翠色の剣を持っていたことから、そう呼ばれています」


「ああ……僕たちの武器がまさにそれだね」


 タケル様が私に問いかけましたが、代わりに神官様が答えてくれました。その説明を聞いた彼は、私の顔を見ながら納得顔をします。


「翡翠の勇者……にわかには信じられない話ですが、あれだけ圧倒的な力を見せつけられては、信じざるをえませんね」


 神官様がそう言うと、騎士団長のリーガル様やその配下の騎士たちも、一斉に首を縦に振ります。


 その反応を見ていると、今更ながら、私はものすごい方をび出してしまったのだという実感が湧いてきました。


「……国王陛下、お言葉ながら、勇者タケル様はカナン姫とともに、早急に救世の旅へ出ていただくべきだと思います」


「そうだな。余も同じことを考えていた」


 ややあって、神官様がそう進言しますが、力強く頷いた父を見て、タケル様の顔色が変わりました。


「待ってください。僕は戦いが好きじゃないんです。どっちかっていうとスローライフをしたいんですが」


「あれだけの力を持ちながら、何をおっしゃる。さすが勇者様は謙虚ですな」


「そうですとも。お二人が力を合わせれば、届かぬ地に安置された『遺産』を手にすることも可能でしょう」


「ま、また知らない単語が出てきた……姫様、遺産って何?」


「魔物に滅ぼされつつあるこの世界の、最後の希望です。古の魔導師が残した遺産のことですね。その中身は誰も知りませんが、それを手に入れた国が世界を平定すると言われています」


 彼からの質問に、今度は私が答えます。


 というか、さっきからなぜ私に訊いてくるのでしょう。父や神官様に直接尋ねればいいのに。


「その『遺産』を手に入れるため、世界の国々は勇者召喚を繰り返し『届かぬ地』への挑戦を続けてきたのだ。辺境の小国である我が国は長らく競争の場にすら立てなかったが、タケル殿のお陰で希望が見えてきたわ。ふはははは!」


 父はよほど嬉しいのか、豪快に笑います。


 一方で、私の心中は穏やかではありませんでした。


 勇者を喚び出した姫は『姫巫女』となって勇者とともに旅に出る……その決まりを知らないわけではありませんが、どうにも不安です。


 戦いの最中こそ若干の頼もしさを感じましたが、想像していた勇者らしさは微塵もありませんし。


「父親としては寂しいが、タケル殿、カナン姫をよろしく頼みますぞ」


「は、はい……わかりました……」


 威厳たっぷりな口調で言われ、タケル様は完全に萎縮してしまっています。


 なんだかんだで、父はこの国の最高権力者。もちろん私に拒否権などなく、その後は着々と旅立ちの準備が進められました。


 ◇


 その翌日になっても、城の中は慌ただしく、やれ馬車の準備だ、やれお召し物の用意だと、人々がせわしなく動き回っています。


 そんな中、私とタケル様は案内された部屋で準備が終わるのを待っていました。


 お互いに無言で、なんとも気まずいです。


 ちなみに私はすでに衣装替えを済ませていて、これまでのようなドレスではなく、民衆の中に溶け込むような淡い青色のチェニックを着て、装飾のたぐいは外し、長い銀髪はリボンでまとめました。


「旅の途中でもスローライフはできるよね……」


 そんな私の隣で、タケル様は絶望的な表情をしています。


 この方と二人っきりで旅をする……やはり、不安しかありません。


「タケル様、カナン姫様、出立の準備が整いました。馬車へどうぞ」


 やがて神官様と、大きなカバンを持った侍女さんがやってきました。いよいよのようです。


「異世界転移だけじゃなく、これって追放ものだったりしないよね」


 また意味のわからないことを口にしながら、タケル様は重い足取りで歩きだします。


 これは、長い旅になりそうです……なんて思いながら、私もその後に続きました。


 こうして、私は勇者様と国を追い出……いえ、救世の旅に出ることになったのでした。

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