第2話 初めての『同調』


「ねえ、カナン姫、本当に僕たちで飛竜と戦うの? あの騎士も逃げろって言ってたし、素直に従ったほうが良いんじゃないかな……」


「仮にも勇者様なのですから、弱音を吐かないでくださいまし! ほら、早く階段を上ってください!」


 時折不安げな表情を見せる勇者様――タケル様の背をぐいぐいと押しながら、私は地上へと急ぎます。


「僕、戦うなんて無理だよ。運動だってまるで駄目だし、得意なのはゲームくらいで……」


「それでも、戦ってもらわないと困るんです! 私も協力しますから!」


 泣き言を連発するタケル様を鼓舞しながら階段を上がることしばし。ようやく地上にたどり着いた私は謁見の間を飛び出し、近くの窓から北の山を見やります。


「うわあ……あれ全部、飛竜なの?」


 少し遅れてやってきたタケル様が表情を引きつらせます。


 それもそのはずで、その群れは北の空の一部を完全に覆い尽くすほどの規模でした。


 眼下を見ると、槍や弓を構えて迎撃準備をする騎士たちと、逃げ惑う民たちの姿が見えました。


 この国をはじめ、ある程度の規模を持つ街は基本、その周囲を高い城壁で囲っています。


 これは頻発する魔物の襲来を防ぐためのものなのですが、飛行能力を持った飛竜に対しては役に立ちません。彼らが混乱するのも頷けます。


「カナン姫、やっぱりあれと戦うなんて無理だよ。どこか安全なところに逃げようよ」


「タケル様、時間がありません。今から私の話をよーく聞いてください」


 悲壮感にあふれ、今にも泣き出しそうな彼の前に立ち、私は説明を始めます。


「勇者としてび出されたあなたは、姫巫女である私と『同調チューニング』することで一体化し、強力な武器と鎧、そして高い身体能力を手にします。それこそ、魔物たちを圧倒できるようなものを」


「そう言われても、自信ないなぁ……」


「むー、どこまで弱腰なんですかあなたは」


 勇者らしからぬ泣き言の多さに、思わずそう口にしてしまいました。


「とにかく、一度試してみましょう。同調中は私の意識もあなたの中に入りますので、そこで色々教えます。私も実際に同調してみないと、どんな武器や能力があるのかわかりませんし」


 言うが早いか、私は自分の右手を差し出します。そこには勇者召喚の前まではなかった、光り輝く紋章が出現していました。


「え、それ何?」


「タケル様の右手にも同じものがあるはずです。これが姫巫女と勇者をつなぐ契約の証であり、力の象徴です」


「じゃあ、この紋章からビームとか魔法が撃てたりするの?」


「よくわかりませんが、その紋章単体では何も起こりません。二つの紋章を重ねた時、初めて効力を発揮するんです」


「重ねる……?」


「こうですよ!」


 私は開かれていた彼の右手に、自分の右手を重ねます。


 その直後、重なった手のひらの間から緑色の光があふれ、私の意識と体はその光に飲み込まれていきました。


 ……そして気がつくと、私はタケル様の中にいました。


 意識ははっきりとしているものの、体の感覚がないのです。どうやら彼の意識と同居しつつ、体の優先権はタケル様にあるようです。


 その代わり、彼の手にある翡翠ひすい色をした大剣から、様々な情報がものすごい勢いで流れ込んできます。


「一体化する……というのは、こんな感覚なのですね。不思議な感じです」


 思わずそう口にするも、タケル様は自分の右手をまじまじと見ています。


「タケル様、何か違和感でも?」


「ううん、女の子と手を握ったの、初めてだったからさ」


「そんなことを気にしている場合ですか! 同調の説明は移動しながら行いますので、城壁の上に向かいましょう!」


「頭の中で叫ばないでよ。ちゃんと聞こえてるから」


 頭を一瞬抑えたあと、タケル様は走り出します。それは風のように速く、長い回廊の端から端まであっという間でした。


 その道中、ちらりと見えた鏡に映っていたのは、肩ほどまで伸びた灰色の髪と見慣れぬ白い鎧、そして緑色のオーラを纏った彼の姿でした。髪の色は私のものを反映しているのでしょうか。


「なんだか体が慣れてきたような気がするよ。この身体能力なら、ここから飛び降りても平気そう」


 彼はそう言うと、ためらうことなく窓から飛び降りました。


 私は思わず恐怖を感じてしまいましたが、ほとんど衝撃を感じることなく地面に下り立ち、続けて目の前にある垂直の城壁を駆け上がっていきます。


「……すごいですね」


「僕も驚いてる。同調中は思っただけで体が動くし、まるでゲームみたいだ」


「また『ゲーム』ですか? よくわかりませんが、頼りにしていいのですね?」


 そんな会話をするうちに、城壁の上へと到着します。次に目に飛び込んできたのは、今にも街に到達せんとする飛竜の群れでした。


「距離にして100メートルってところかな……カナン姫、この武器だけど、やっぱり近距離攻撃しかできないの?」


「いえ、力を込めれば斬撃とともに衝撃波を放つことができるはずです」


「チャージみたいなことができるんだね……ところで、なんで知ってるの?」


「同調と同時に頭の中に知識が流れ込んできました」


「遠くから飛竜が放ってくる火球もさ、大体の着弾点がわかるんだけど……これも同調のおかげ?」


「そうです。鎧によって防御力も向上していますし、自然治癒能力も高まっていますが、当たれば当然痛いのでお気をつけください」


「わかってる。火球の射程圏内に入る前に仕留めるよ」


 彼はそう言うと、目を閉じて精神統一をし、呼吸を落ち着かせます。


 するとそれに応えるように、右手にある翡翠色の剣に光が集まっていきます。


「型とかわからないけど……こんな感じかな!」


 彼が気合を入れ、右手を一閃。


 直後に空を切り裂くような衝撃波が撃ち放たれ、凄まじい轟音が響き渡ります。


 それが収まる頃には、あれだけいた飛竜は跡形もなく消え去っていました。


「……は?」


 予想を遥かに上回る威力に、私とタケル様は思わず声を重ね、呆然と立ち尽くしてしまったのでした。

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