勇者召喚~喚び出した勇者はゲーマーでコミュ障なモブ男さんでした~

川上 とむ

第1話 勇者召喚


「姫よ。お前も今日で15歳となった。今こそ勇者召喚を行い、一人前の姫巫女となる時だ」


「お父様、カナンはその言葉を長い間待ち望んでおりました!」


 荘厳な雰囲気の中、玉座に鎮座する父――ティアマト王に対し、私は興奮を抑えきれずに言いました。


「そ、そうか……? だが、勇者召喚は危険を伴う術。体への負担もあるというし、入念な準備を重ねた上で……」


「準備など何も必要ありません。私は何年も前から知識を蓄え、手順は全て頭に叩き込んでおります。体力にも自信がありますし」


 父の言葉を遮るように言い、私は誇らしげに胸を張る。


 物心ついた頃から勇者様に関する伝記や書物を読み漁り、彼に対する思いを募らせてきたのです。その思いがいよいよ実を結ぶとなれば、嬉しくないはずがありません。


 まして、異世界から勇者の素質がある者がばれるのですから、それはそれは素敵な方に決まっています。


 しかも姫巫女になるということは、その方と一心同体となって世界を救う手助けができるということ。これ以上の幸せはないでしょう。


「そ、そうか……お前がそこまで言うのなら。誰かユーネルを呼んでまいれ」


 父は明らかに気圧されながら、ある人物の名を呼びます。


「はい。ユーネル、こちらに」


 そして現れたのは、黒を基調とした神官服を身にまとった初老の男性。彼はこの国で父に次ぐ権力を持ち、勇者召喚の儀式を取り仕切る神官様なのです。


「ユーネルよ。姫を召喚の間に……ってこらこら、神官殿を無視して先に行くでない。ドレスの裾も引きずっているではないか」


「ドレスなんかよりも、私は一刻も早く儀式を行いたいのです。入口はこちらでしたね」


 私は軽やかな足取りで玉座に近づいていき、その裏に設置されたレリーフに触れます。


 地面がわずかに揺れたあと、床が動いて地下へ続く階段が現れました。


「あの、姫様。召喚の間は万一にも賊の侵入を許さぬよう、厳重に隠されているのです。どうしてその入口をご存知なのですか?」


「そんな些末なこと、どうでもいいではありませんか。さ、早く参りましょう」


 神官様は困惑顔をしておられますが、あれで隠しているつもりだったのでしょうか。


 私は彼を放置して、どんどん階段を降りていきます。


 やがて現れた扉を開けると、巨大な魔法陣が描かれた広間にたどり着きました。


 ここが召喚の間。勇者召喚はこの場所でしか行えないのです。


「姫様、本当によろしいのですか? そもそも、勇者召喚とは……」


「魔物がはびこってしまったこの世界を救うため、各国の姫が『姫巫女』となって異世界から勇者を喚び出す儀式です。王家の血筋によって現れる勇者も千差万別とされ、姫巫女との『同調チューニング』によって得られる力も違いますわ」


「その通りでございます。そして『同調チューニングとは……」


「姫巫女が勇者と一体化し、その矛と鎧になって戦うのです。身体能力も大幅に上昇し、圧倒的火力で魔物をなぎ倒すのですわ」


「大変よくお勉強されていますが……そこまでの力を持つ勇者が存在したのは昔も昔、創世の時代にまで遡るでしょう。人よりも神に近い存在です」


 私が興奮気味に話す一方、神官様は苦笑するばかり。まるで、私にそんな剛強な勇者様を喚べるはずがない……と、暗に言っているかのようでした。


「ふふん。神官様こそ、我がネラルティア王家の血を甘く見ないでほしいですわ」


 今でこそ辺境の小国に成り下がっていますが、かつては大陸全土……いえ、この世界の半分を支配していた大国の末裔です。その血筋なら、きっと素晴らしい勇者様を呼び出せるはずです。たとえ、その儀式が100年ぶりに行われるとしても。


「失礼いたしました。それでは、ただ今より勇者召喚の儀式を執り行います」


 姿勢を正した神官様に合わせるように、私も魔法陣の前にひざまずき、目を閉じて一心に祈ります。


「王家の血を引く者、カナン・レーデ・ネラルティアよ。神の加護によって本儀式の……」


「――おいでませ! 勇者様!」


 神官様はまだ何か口上があったようですが、私の深層意識では召喚の門がとっくに開いていました。


 その門の向こうに見える無数の光の中から、これぞと思った光を直感で選び、こちら側に引っ張り込みます。


「……あいてっ!」


 直後、そんな間の抜けた声がして、私は意識を現に戻しました。


 見ると、淡い光を放つ魔法陣の中央に、一人の男性が座り込んでいます。


 髪の毛は黒く短髪で、顔は……どこにでもいそうな顔です。特に特徴がありません。


 年齢は私より少し上でしょうか、華奢な体をしていて、見たことのない服を着ています。


「あれ……ここどこ?」


 状況が飲み込めないのか、彼は不安そうな顔で私や神官様を見ています。


 神官様が何か説明をしてくださるかと思い視線を送りますが、彼は「まさか、成功するとは……」なんて言って固まっています。緊張しますが、ここは私がやるしかなさそうです。


「私はカナン・レーデ・ネラルティアと申します。はじめまして、勇者様」


「勇者……? この馬鹿でっかい魔法陣、もしかして僕、異世界転移しちゃったの?」


 ……イセカイテンイ。はて、初めて聞く単語です。


「本当にあるんだなぁ……ラノベの中だけかと思ってたよ」


 ラノベ……また知らない言葉です。


「あの……勇者様?」


「ちょっと待って。勇者ってことは、世界を救ったりしないといけないの? 僕ってどっちかっていうとモブだからさ、できたらスローライフを送りたいなあ」


 ……未知の言葉の洪水に、私は頭がくらくらしてきました。


 先程までは怯えているようにも思えましたが、今ではどちらかというと、この状況を楽しんでいるように見えます。


「じゃあ、キミが僕をこの世界に呼んでくれたんだね。ありがとう!」


「ど、どういたしまして……」


 そう言葉を返すも、私は神官様と顔を見合わせるしかありませんでした。


 なんというか、想像していた勇者様とだいぶ違うような気がします。


 正直、多少の失望感は否めませんが、ゆくゆく私と『同調チューニング』していただくのですから……ここは一度、お父様とお会いしていただくのが筋というもの……。


「ご、ご報告します!」


 そんなことを考えていると、地上へ続く階段を一人の騎士が猛烈な勢いで下りてきました。


「何事ですか、騒々しい。姫様と勇者様の前ですよ」


 その声で我に返ったのか、神官様が凛とした態度で言うも、騎士の彼は慌てた様子で言葉を紡ぎます。


「北の山から飛竜の群れがやってきています! お逃げください!」


「……それは事実ですか?」


「は、はい……! 物見櫓から確認したところ、その数はざっと50……騎士団も迎撃準備を進めておりますが、間に合うかどうか」


 飛竜は非常に好戦的で、人々を見境なく襲ってきます。青ざめた彼の表情から、地上の切迫した状況が伝わってきました。


 もし彼らの襲来を許してしまったら、街に甚大な被害が出るでしょう。それだけはなんとしても避けなければいけません。


「わかりました。その魔物、私と勇者様がお相手します!」


 次の瞬間、私は叫んでいました。


 この世界にやってきたばかりの勇者様には酷と思いますが、今はそれしか方法が思いつきませんでした。

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