第4話 勇者と姫巫女、荒野に放置?


「それではタケル様、カナン姫様、旅の無事をお祈りしております」


 馬車で隣国との国境まで私たちを運んでくれた神官様は、最後にそう言い残して去っていきました。


 タケル様の言葉を借りるわけではないですが、体よく追放されてしまったような気さえします。


「すごく中途半端なところで降ろされちゃったね。あのまま次の街まで運んでくれると思ったのに」


「我が国は隣国と仲が悪いのです。なので、このような場所に降ろされたのでしょう」


 大きなカバンを手にしながら、私は周囲を見渡します。


 左右には荒野が広がり、人の気配はありません。目の前に一本の街道が延びてはいますが、整備が追いついていないのか石畳はボロボロ。馬車がやけに揺れると思っていましたが、仕方のないことのようです。


「近くに村でもないかな……なんて思ったけど、何もなさそうだね」


 大きなリュックを背負ったタケル様が、遠くを見ながらそう口にします。


「村に行って、何をするおつもりなんです?」


「いや、そこで畑を借りて農業でもしつつ、スローライフしたいなぁと」


「またスローライフですか? 村でそんなことをしていたら、ゴブリンがやってきて作物を根こそぎ盗まれてしまいますよ」


「うわ、ゴブリンとかいるんだ」


「そもそも、スローライフってなんです? 聞き慣れない単語なんですが」


「スローライフは時間に縛られない悠々自適な生活のことだよ。のんびり野菜とか育てる感じかな」


 彼は嬉々としてそう説明してくれますが、私にはいまいち楽しさが理解できませんでした。


 だって、その辺の農民の生活と同じですし。


「スローライフより先に世界の安寧です。遺産を手に入れたあとなら、いくらでも自由な時間ができますよ」


 私がつい口を尖らせながら言うと、彼は困ったような顔で頬を掻いていました。


 どことなくおっとりしているというか、独特の雰囲気を持つ人ですね。


「ここから少し歩くと、城壁に囲まれた街がありますので、日暮れまでにそこを目指しましょう」


「街が城壁に囲まれてるの? すごいね。本当にファンタジーの世界だなぁ」


「この世界では普通です。魔物の襲来が多いので、ある程度の規模の街には自警団や騎士団が組織されていますし。少なくとも、村よりは安全です。しばらくはそこを拠点にしましょう」


「……体力には自信ないけど、頑張るよ」


 まったくもって勇者らしくない発言を聞き流して、私は先頭を切って歩き始めます。


 タケル様は「地図アプリがあると、距離がわかるんだけどなぁ」なんて意味不明なことを言いながら、私の後ろをついてきます。


 ……まあ、これだけ見通しの良い場所でしたら、魔物に不意打ちされることもないでしょう。いざとなれば躊躇することなく『同調チューニング』するだけです。


 ◇


 ……それからしばらく歩くも、じわじわとタケル様との距離が離れていることに気づきました。


「ねえ、カナン姫、もう少しゆっくり歩いてほしいんだけど」


「……いくら荷物を持っているとはいえ、ちょっと歩くの遅すぎやしませんか?」


 私は思わず引きつった笑いを浮かべながら、背後を振り返ります。少しの間をおいて、タケル様が追いついてきました。


「ごめん。体力には自信がないんだ……学校辞めてから、ずっとゲームばっかりしてたからさ」


「ゲームとは、体を動かさないものなんですね」


「中には動かすのもあるんだけど、基本座ってやるものだしね。僕よりカナン姫のほうが体力あるかも」


 彼は早くも疲れた表情で言います。殿方なのですし、頑張ってほしいところですが。


「王宮でも体力作りはそれなりにやっていましたから。それと、身分を知られると面倒なことになるので、これからは『姫』と呼ぶのは止めてもらえませんか?」


「あ、そうなんだ……隣国と仲が悪いって言ってたし、その関係?」


「そうです。なので、私のことはカナンと呼んでください」


 私は彼の横に並んで歩きながら、声を小さくして言います。


「いやいや、いきなり呼び捨てなんてできないし、カナンさんって呼ぶよ」


「そ、そうですか……? なら、私もタケルさんとお呼びしたほうがいいのでしょうか?」


「そ、そうだね……僕だけ『様』付けて呼ばれてたら、それこそ違和感しかないしさ」


「わかりました。では、私もタケルさんとお呼びします」


 しどろもどろになりながら彼が言うので、私もそれを了承しました。


 やはり、この呼び方のほうが自然ですよね。


 それと、口調も少し変えましょう。そのほうが身分を隠せるかもですし。


「ところでカナンさん、あの木の実は何?」


 そんなことを考えていると、タケルさんが街道の端に生えた木を指差しながら目を輝かせます。


「僕、ゲームも好きだけど、植物にも興味あるんだよね」


「あれはラオラオの果実です。強い衝撃を与えると爆発するので、危ないですよ」


 彼は駆け寄ろうとしますが、私の説明を聞いて踏みとどまりました。


「タケルさん、植物学者でも目指されていたんです?」


「そんな大それたものじゃないよ。ただ好きってだけ。爆発する植物があるんだね……僕の世界にはないや」


「やはり、タケルさんのいた世界とこの世界は違うのですか?」


「全然違うよ。植物だけじゃなくて、建物も。高い塔みたいなのがたくさん建ってるんだ」


「すごい世界ですね。それなら、タケルさんにとってこの世界は退屈に映るかもしれません」


「そんなことないよ。あんな浮島とか見たことないからさ」


 彼はそう言いつつ、今度ははるか上空に浮かぶ浮島を指差します。


「あれが『届かぬ地』です。あそこに『遺産』があるのですよ」


「え、あんな見える場所にあるのに、今まで誰もたどり着けなかったの?」


「そうですよ。常に見えているのにたどり着けない場所なので『届かぬ地』と呼ばれているのです」


「飛空艇みたいな空飛ぶ乗り物があれば、あっという間に辿り着けそうだけどなぁ」


「……よくわかりませんが、どこかの国が空を飛ぶ乗り物を作ったという話は聞いたことがありませんね」


「じゃあ、空飛ぶ魔法とか、それこそ飛竜を手なづけて飛んでいくとか?」


「そんな魔法も聞いたことがありませんし、飛竜も獰猛どうもうな生き物で、人に懐いたという話は聞いたことがないです」


「……僕たちが同調しても、空は飛べないよね?」


「非常に高く跳躍することはできるでしょうが、さすがにあそこまでは届かないと思います」


 思わず苦笑しながら言うと、タケルさんは大きなため息をつきました。


「そっか……早く遺産を手に入れることができれば、カナンさんも家に戻れるし、僕もスローライフできると思ったんだけど」


「残念ですが、旅はまだ始まったばかりですよ。一緒に頑張りましょう、タケルさん」


 私は至って自然とそう口にします。お互いの呼び方を変えたことで、なんだか壁が一つ取り払われたような、そんな気がしました。

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