18

「これが依頼を受けた経緯なのですが。大丈夫です?」

「……大丈夫って、何が」

「知り合い案件の時のセキくんは大抵不安定なので……結構酷い顔してますし」

 そんな自覚は無かった。

 確かに平静では無い。友人が困っている、というのは心穏やかではいられない。だが、言われるほど顔には出ていないと思う。

「自覚できていないというのはなおさら心配ですが。まぁ、そこはセキくんの言葉を信じるとしましょう」

 沙也加はいつになく、慈しむような物言いだった。本当に、そこまで心配されるような表情をしているのだろうか、僕は。

 いずれにせよ依頼を請けることに異存は全くない。むしろ積極的に受けたいとも思っている。昭人の窮地を救いたい気持ちもあったし、それに———

「今回は怪異の情報がこちらに出そろってる。有利に進められるはずだ」

 そう、僕たちには“赤い肉塊”というワードに聞き覚えがある。廃墟探索に来ていた霊感少女こと弦尾美冬の怪談に登場したものと共通点が多いのである。

「そうですねぇ。彼女の語った“良くないモノ”と現場作業員たちを襲ったものがイコールなのかは断言できませんが。ただ、共通点が多いのは確かです」

 ともかく現地で調べてみる必要がある、と沙也加は言った。

「現状、地下階の例の部屋の解体は進んでいません。仏像を撤去する段階で頓挫してますからね。なので、あの部屋で何があったのか————いえ、正確に言えば何を想像されたのか。それを考察するべきでしょうね」


 買取の時とは違い鉄道を乗り継いでの旅程となった。

 沙也加も語っていた通り、閑散期らしく乗客は少なく寂しいものがある。電車を降りると大きな川が流れているのが見えた。そのせいもあってか、冷たい空気が染み込むようだった。

 駅前で合流した建設会社の送迎車に乗って旧館へと向かう。

 旧館の様子は、外観だけでは前回とそう違いが無いように見えた。内装の撤去の段階で止まっているからだろう。

「ご足労いただきありがとうございます」

 僕たちが到着すると建設会社側の人物が挨拶にやってきた。沙也加が言うには依頼を出してきたのはこちらということになっているようだ。沙也加が対応しているのを横から眺めていると。

「あ……」

 スリーピースのスーツをきっちりと着た男性の出で立ちが見えた。一橋昭人だ。この土地と建物の責任者ということになるのだから当然か。彼は僕たちの姿をどこか複雑そうに眺めている。

「……作業自体はそこまで進んでおりませんので、内部は人が入っても問題ない状況です」

「それは物理的に、という意味ですね」

「はい」

「なるほど。ではいつも通り。私と助手で内部に入って調査いたします。ただ場合によっては追加調査や確認を要する可能性もあります。まずは様子見であるとご理解いただければ」

「充分承知しております」

「わかりました。それでは————おや」

 沙也加も昭人の姿を見つけたようだ。

 建築会社の担当との会話がひと段落付いたタイミングを見計らったのだろう、昭人が僕たちに近づいてきた。

「お久しぶりです、円藤さん。それに、せっちゃんも。……少し、驚いています」

 彼の視線からは、僕たちをどう扱って良いのか分からない、という感情が見受けられた。思い返すと、僕の知っている昭人は除霊とかスピリチュアルとかそういう話にはあまり興味を持っていなかったように思う。荒唐無稽と取り合っていなかった……いや、詐欺のようなものと悪感情すら持っていたはずだ。

「お久しぶりです、一橋さん。その節は大変お世話になりました」

「いえ、こちらこそです。書籍の処分は大変ありがたいと思っていまして……それで」

「ええ。古書店とは別の仕事です。———ご不審に思われるのも良く分かります。ですが、禊というものは必要なもの。例えば今でも地鎮祭などは行うでしょう。お葬式になれば僧侶が経を読みますし、神社に行けば願を掛け———それと一緒です。凶事があればお呪いをし、次に向かって心機を一転する。それが私たちの仕事と理解していただければ」

「ええ、いえ。もちろん、不審だなどとは考えておりません。おりませんが———」

 が、の後が続かない。

 ……思うに、彼にとって退魔師などという職業はこの地を心霊スポット扱いして侵入する輩と同列なのだろう。ただ一点、やってきた人物が旧知の人物だった。そのために感情の整理が付いていないのではないか。

「……ショーグン。後で渡したいものがあるんだ」

「え?」

「何もかも整理しちゃうのは寂しいだろ。だから、何冊か取っておいた。後で受け取ってくれ」

 僕の言葉に昭人は困惑した様子だった。唐突な全く別の会話だ。文脈も何もあったものでは無い。それでも、いたたまれない空気感のまま仕事をしたくない気がしたのだ。

「……行こう、サヤさん」

「はい。そうしましょうか。では一橋さんも、また後ほど」

 僕たちは連れだって解体寸前の廃墟の中へ入っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る