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「ホテルというのは年末年始が繁忙期なのですよ」

 烏乃書店の店内で、おもむろに沙也加が言う。

「大晦日からお正月は多くの人がまとまってお休みします。そうなると帰省や観光が多くあるので稼ぎ時なのですね。逆を言えば、それを過ぎてしまえば閑散期なのです。1月後半から2月にかけてが一番空いているとか。その次の繁忙期はゴールデンウィークとなるわけです。そしてそれは」

 一橋ホテルも例外では無かった、という。

 2月頭から一橋ホテルは休業していた。件の旧館の解体のためである。新館自体に手は入れないとは言え、作業には騒音が伴う。繁忙期を過ぎた初冬の間に解体し、ゴールデンウィークを目前に控えた4月頃からの営業再開を目指す……というのが元々の計画だった。

「計画は大幅に遅れているそうです」

 遅れの原因は、現場作業員たちが見舞われた異常事態だった。

「———地下階にある、例の赤い仏像。その撤去作業に従事した作業員に事故が起こったそうなのです。作業員が一名、下敷きになりました」

 幸いにも命に別状は無かったようである。重篤な後遺症なども残らなかった。

「とはいえ、です。怪我が無くて良かったですね、ではそのまま作業を続けましょう……とはなりません。再発防止や、あと保険の問題もあります。労災か否かを判断しなければならない。なので事故原因を調査したようなのです。その聞き取りの際、作業員は次のように語ったというのです」

———赤い肉塊のようなものが自分を絡めとろうとしてきた。

「その作業員の勤務態度は極めて真面目で、違法薬物所持などの前科もありませんでした。前日に飲酒していたということも無かったそうです。となると、疑われるのは幻覚か譫妄か、というところなのですが。そうなると脳に何らかの疾病がある可能性があります。急ぎ検査したそうなのですが、特に何も見つからなかったと」

 男の件は疲労による不注意———ということで話がまとまることとなった。労災が認められ、保険が支払われることでこの件は落着したのである。

「しかし、そのままでは終わりませんでした」

 作業が中断している間、事故にあった以外の作業員たちにも不可解な現象が起こり始めたのである。

「まず同じ日に地下階で作業をしていた人々が尽く高熱で倒れてしまったそうなのですね。クラスタ感染が疑われましたが、検査してもコロナウィルスやインフルエンザなどは引っ掛から無かったそうです」

 のみならず、と沙也加が続ける。

「その、高熱を出した人々は皆、ある言葉を口の端に乗せているそうなのですよ。“赤い肉塊のようなものを見て、それから具合が悪くなった”と」

 またしても、赤い肉塊だ。

「———調査しても因果関係は見つかりませんでしたし、予定も押していたので解体作業も再開されたそうです。地下階に関しては後回しにして他の階の解体を進めよう……という、これは現場の責任者さんの判断だそうです。ところが、です。他の場所を担当している作業員たちの間にも体調不良が続出し始めたそうでして。彼らは口を揃えて、やはりこういうのだそうです。“赤い肉塊のようなものが蠢いているのを見た”」

 一橋をはじめとしたホテル側の面々は偶然だ、と思った。確かに縁起は悪い。不幸も重なっている。だが、それがその“赤い肉塊”とやらと関係しているかは大いに疑問である———と。そう考えていた。だが、建築会社の側はそうは思わなかったらしい。何か人知を超えたもの、何らかの怪異が絡んでいるのではないか。そう判断した人物がいたようだった。

「以前に私が手掛けた案件をご存じだったようです。それで私にご指名がかかりました。こう見えても私、建築や不動産案件では引っ張りだこの売れっ子退魔師なのですよ」

 彼女は怪異が視えない。代わりに怪異の障りも受けない。体質を活かした案件というのは細々と請け負っていたこともあり、業界では名が知れている。

「と、いうわけです。これからまた一橋ホテルに向かおうと思います」




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