14
中野と長田の話は、それぞれ3話も話せばネタ切れになった。
当然だろう。普通の人は怪談のストックなど何個も持っていない。むしろそれだけ語ったのだから善戦した方だ。
僕も精々10話も語れなかった。急な話だったこともある。もしこういう会があると知っていたら準備することもできたのだが。
それに比べて弦尾はストックが多かったが、それでも15話くらいで尽きた。全員が弦尾レベルなら百物語になっただろう。
一方で、である。
「仮にSさんの話としておきましょうか。彼女はいわゆる視えるタイプの人で、良くこの世ならざるものを視てしまう。霊感体質だったのですね。ある日のことです。彼女が家を出ると、赤い服を着た女が電信柱に延々と頭をぶつけ続けているという光景が見えたそうなのです。あ、この世のモノじゃない。Sさんはそう思いました―――」
沙也加は滔々と語り続ける。これでそろそろ20話を超すころだろうか。ちなみにこのエピソードは前にも聞いたことがある。たしか沙巫の実体験だったはずだ。妹すらネタにするとは見境が無いというかなんと言うべきか。
「Kさんっていう人の話。その人とはバイト先で知り合ったんですけど、地元が一緒で年齢も近いと。そういう訳で色々話をするようになったんですが、そこで小学校の七不思議の話になったんですよ。Kさんと僕とでは小学校が違うんですけど、一駅くらいしか離れてないので噂も似たようなものになってる。で、その中でひとつ共通する話があって。『踏切で猫が鳴くと』っていう話なんですけど、知ってますかね?Kさんはそれに纏わる奇妙な思い出があるらしいんです―――」
一方の朋喜も負けてはいない。嬉々として、饒舌に怪談を語り続ける。こちらも大体20を越そうというところだろうか。この感じで行くと本当に百話まで語れるかも知れない。
こうして二人の話を聞いていると、どうも似た雰囲気がある気がしてきた。話の傾向とか語り方……では無い。テクニックとかそういう部分でも無くて、それは。
「楽しそうですよね」
暗闇の中、耳元に囁かれた。中野である。怪談のストックが切れたものは酒盛りに移行しており、席順も崩れている。薄暗い中、めいめいに移動して飲み物を確保し、白熱する二人の怪談を見物していた。
中野は先ほどまで長田と小声で話し込んでいた。どうしたのだろう、と視線を巡らすと、机に寄りかかり腕を枕にして眠る長田の姿が見えた。どうやら寝落ちしたらしい。弦尾は弦尾で真剣に聞き入っている。
どうやら話し相手を求めてこちらまでやって来たようだった。
楽しそう。
共通点はそこなのだろう。確かに二人はとても楽しそうに怪を語る。
何か不思議なことがあって欲しいし、自分の元に訪れて欲しい。こうして怪を語り続けていれば、いつかは―――至れるのでは無いか、という期待。
怪の在ることを前提にした家系に生まれながら、怪を視ることの出来ない沙也加の根底にはそういうものがある。
怪に纏わる経験者を周囲に集めているという朋喜にも、もしかしたらそうした心証があるのかも知れない。おそらく、あの二人の求めるものは限りなく近いのだろう。
「……朋喜くんっていつもあんな感じなのかい?」
「あそこまで怪談ざんまいって感じになるのは初めてですね。普段からああいう話は好きなんだけど」
「中野さんは?あんまり乗り気じゃ無いのかな」
「そんなことは無いですけど……人並みに興味はあるし、じゃなきゃ来ないです。すーちゃんみたいに完全に無理でもないし。でも」
あそこまでの熱は無い、と。そういうことらしかった。
「むしろ沙也加さんこそいつもあんな感じなんですか?」
「ああ……そうだね。大体あんな感じかな」
口を開けばオカルトと怪談と雑学が溢れ出るタイプの人間である。出会った時からそうだったし、今もそうだ。
「すーちゃんと姉妹とは思えないキャラですね」
そうでもない、と僕は思うのだが。あの二人はよく似ている。鏡あわせになっているだけだ。もっとも、性向が正反対なのは確かだろう。
そう言うと「良く見てるんですね」と感心したのか呆れられたのか分からないような感想を返された。
「……すーちゃんとは友達、なんだよね」
「そうですね。こういう風に旅行したりとかも何度か」
その割にゴタゴタのある人間を一緒にするのは配慮に欠けるのでは……と思った。思ったが、言うべきか否か。初対面で踏み込むことでもないかも知れない。言ったとして、それが沙巫にマイナスになる可能性もある。
迷った末に何も言わなかった。
「……すーちゃんから何か聞いてます?」
言わなかったのだが、彼女には僕の逡巡が伝わっていたようだった。探るような、恥じるような雰囲気が彼女には漂っている。彼女にも思うところがあるのかも知れない。
ならば、だ。
「何か、というほどは聞いてない。人間関係がしっくり行ってない、ってくらいか」
本当のところを話しても良いのかもしれない。正直、彼らの事情に僕も興味が無いとは言えないのだ。そこで潰れている長田からは実害も被っている。今後のことを考えると事情を知る人物から話を聞いておきたい気持ちもあった。
「そっかー……じゃあほとんど聞いてますね」
中野は困ったような笑みを浮かべてから、次の言葉に繋げる。
「連れていくべきか迷ってたんです」
「その、そもそもこの旅行の企画者は誰なんだ?」
「私です。最後に思い出とか残しときたいなって。すーちゃんとは拗れちゃったけど、そのままにしておきたくなかったから」
沙巫からすれば勝手な物言いかも知れない。ただ、楽しい思い出に痼りがあるのは解消できるならしたいものだろう。彼女の感情は理解できた。
ただ、それだけなら問題は無かったのだろうが。どうやらこのメンバーで集まるとなると、朋喜幸來が中核となっているようで彼を抜かすことが出来ないらしい。そして彼が絡むとなると、必然的にこういうスポットが選ばれることとなるようだった。
「すーちゃんは最初から誘おうと?」
「そうですね。できればって」
「その、すーちゃんを誘うってなると……例えば朋喜さんを除いて女子メンバーだけで旅行するとかは……」
出来なかったのだろうか。嘘を吐いて呼んで彼女の感情を害してしまっては思い出も無いも無いと思うのだが。
「それはちょっと……かな。最近のハッシーちゃんはコウキにべったりだし。ミフユは来たかも知れないけど」
中野にとっての懸念は沙巫と長田橋深の関係だった。だからそこを抜かすことは考えられなかったようである。
僕は彼らについての話を話を沙巫から聞いた。この集団との接点も、始まりは沙巫経由である。だからどうしても彼女の側に立って考えてしまう。
「どうして沙巫へ配慮した座組や行き先決めをしなかったのか」といった考えになる。
しかしそもそも沙巫は彼ら彼女らにとって中心ではない。良いところ天秤の片側といったところだろう。
中野からした問題は、長田と沙巫の不仲でありそれによって”楽しい思い出”に疵が付くことである。それらを天秤に掛けるなら沙巫の事情は些事、ということになるのだろう。
……少し意地悪な見方かも知れない。だが、結果はそういうことになる。
他のメンバーにとってはどうなのだろう?沙巫をどう捉えているのか、と言うことである。
中野にとってしてみれば「怖い話が苦手なんだな」というレベルだろう。沙巫が退魔業界において類い希な潜在能力を持っている、と評されている事実を彼女は知らない。
長田にとっても同様のはずだ。朋喜の気を惹こうとしているだけと思っているのだろう。
この二人の理解は現実的な解釈……沙巫の霊能力という怪異が主軸にならないものである。
では、朋喜はどうだろう?弦尾は?あの二人は、おそらくだが沙巫を霊能力者として理解をしているのではないか。いわば怪異を主軸にして沙巫の存在を捉えている。……そうだとして、彼らは沙巫とどうなりたいのだろうか。
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