9

 沙巫は朋喜の呼び掛けを無視する。

が、彼は気にしている様子は無かった。「その人たちは?」なんて気軽な様子で語りかけてくる。沙巫は無視しているが僕たちまで黙り込んでいる訳にも行ない。結局自己紹介する流れとなった。

「円藤沙也加と申します。沙巫の姉です。こちらは干乃赤冶くん。まぁ、私のパートナー、とでも言うのでしょうか」

 相変わらず僕を紹介する時はホラービデオの解説風になるのはどういうことなのか。

「干乃です。よろしくおねがいします」

「へぇ。どうも、朋喜幸來です」

 やはり彼は僕の知る朋喜であるようだった。初めて会ったし、あちらは僕のことを知りもしないが、なんだか感慨深いものがある。

「普段は古本屋を営んでいます。こちら名刺です。宜しければ」

 沙也加は烏乃書店の電話番号やサイトのQRコード、SNSのアカウントなどが描かれた宣伝用の名刺を差し出した。

 沙巫は「渡さなくていいでしょ」と気怠げに言い放ったが、沙也加も朋喜も気にしている様子は無い。

「烏乃書店……」

 朋喜は名刺を見るなり、急に目を見開いて食いついてきた。

「オカルト専門なんですか……!?」

「そうさせて頂いております。もっとも広義のオカルトです。狭義のオカルト……つまり西洋神秘学だけではなく都市伝説やホラー、スピリチュアル、あるいはマニアにとっては切り離せない民俗学なども含めたジャンルとしてのオカルト専門店、と言ったところでしょうか」

 沙也加は妙に恥ずかしそうに、何かに言い訳でもするように言った。彼女の中ではオカルトを名乗るのは臆面が必要なことらしい。もちろん世間の目が恥ずかしい、などというものでは無く「自分がオカルトを名乗るのは烏滸がましい」という方向で、である。

 もっとも朋喜はそういうところを気にしている雰囲気は無い。むしろ烏乃書店が取り扱うジャンルの名前を聞いてひたすら興奮している。

「良いっすね……俺、そういうの好きですよ。どこでやってるんですか?エッ中野!凄ッ」

 とにかく朋喜には食いつきが凄いものがあった。

 折角なんで座ってくださいよ———という彼の言葉に誘われて朋喜一行の席に誘われた。食卓に着いている人物は3人。

 動きやすそうに髪の毛を後に纏め、ジーンズ地のジャンパーとズボンを着た活発そうな雰囲気のある女性が中野衣紅。

 艶のある黒髪を片側に結い、メイクもバッチリ決めているのが長田橋深。……彼女が夢の事件のあのハッシー氏だ。彼女ともこんなところで会えるとは。もっとも彼女は僕のことを知らないので特にコミュニケーションがあったわけではないのだが。

 そして前髪の数カ所だけ青く染めたボブヘアに肩出しのワンピースを着た独特の雰囲気のある女性が弦尾美冬とのことだった。

「この人たち、本屋さんやってるんだって!オカルトとかそういうの専門のらしいよ!ちょっと話聞いてこうよ!」

 歓迎ムードの朋喜だったが、他のメンバーの反応は三者三様という雰囲気である。

 長田橋深は僕たちに冷ややかな視線を向けてきていた。……元々、沙巫との関係が冷え込んでいた、ということを考えるとその姉が来たとしても歓迎はしないだろう。あるいはライバルが増えたくらいに思っているのかも知れない。

 中野衣紅は好悪のいずれでもない。中立、様子見、という雰囲気である。少なくとも表面上は友好的に僕たちに接してきた。

 そして弦尾美冬だが……彼女が一番分からない。感情が読めない、と言えば良いのか。僕にも沙也加にも茫洋とした瞳を向けている。

 なんとなく、この一行の空気感と関係性が窺えるような気がする。昼間、旧館で聞いた声と照らし合わせるなら……沙也加の言うところの霊感少女が弦尾、彼女に批判的な言葉を漏らしていたのが長田、それを宥めていたのが中野、というところだろうか。

「なるほど。朋喜さんの場合は実話や体験談のようなものにご興味がおありなのですね」

「やっぱり本当にあった、っていうのがロマンがあるじゃないですか。なんか、特別なものがこの世界に実在してるって感覚、わくわくしません!?」

「気持ちはよく分かります。いわば拡張現実的なものへの愛好ですね。その点で言えば……ほら、セキくん」

「うん?」

 周囲を観察している内に話が進んでいたようだ。いきなり水を向けられて少し困惑する。

「セキくんも似たようなことを前に言ってませんでしたか?」

 適当ながらなんとなく耳に入れていた情報を整理する。朋喜が実体験を好んでいる、という話についてだろうか。そういえばそんなことを語ったことがあるかも知れない。

「そうだな……怪談にしろ都市伝説にしろ、今生きている世界を特別にするような意味合いがあるんじゃ無いか……とか思ったことはあるけど。『ひとりかくれんぼ』や『異世界エレベーター』みたいな儀式系とか」

「ああ……話としては好きな方っすね」

「でも朋喜さんはどちらかと言えば、やっぱり実際にあった、というのを指向してる感じがするな」

「いやぁ、そうっすね。やっぱり話として、なんですよね」

 彼がこの場で熱っぽく語っている内容は沙巫から聞いていた事前情報と合致するものだった。

 曰く、彼は霊能力を持っていたり実際にそうした体験をした人物を周囲に集めている……という。この場にいる人物だけでも少なくとも沙巫と長田にはそうしたエピソードが存在している。おそらく中野と弦尾もそうなのだろう。

 会話は結構盛り上がりを見せた。主に朋喜、沙也加、僕の三人のだったが。中野はなんとなく会話に加わるケースもあったし、弦尾も要所要所で口を挟んでくることもあったから、そこそこ会話にはなっていたのだが。しかし長田と沙巫は一切加わらなかった。二人とも黙々と何か食べているか飲んでいるかして、冷ややかな視線を向けているようだった。……沙巫はもう視線すら向けていない。完全にシャットアウトしている。彼女の体質を思うとかなりのストレスだろう。少し同情する。

「そうだ、実は百物語会やるんすよ」

 朋喜がそう言ったのは、ある程度会話が積もって来た頃のことだった。

「折角なんでお二人も来てくださいよ」

「いいですねぇ百物語。風物詩です」

 ちなみに今は秋である。

「なにせハロウィンは西洋のお盆ですからね」

 ……まさか心が読まれていたわけでもあるまいに。僕の心中のツッコミに対応するようなことを言い出してきた。

 朋喜は「あはは。面白いっすね」と冗談と受け取って笑っていたが、沙也加にとっては年中シーズンだ。強ち冗談では無い気がする。

 ただ百物語……と言われても少し懸念があった。

 まずどれだけ語れるか。沙也加は話のストックがありそうだが、僕はそうでもない。怪談関連の文庫本などで見た印象深い話くらいならつっかえつっかえ語れるだろうか。

 それに、と周囲を見回す。沙巫は言わずもがな、他のメンバーも含めてやる気が感じられない。なんだか白けた会になりはしないか、と他人事ながら懸念してしまう。

 もっとも参加自体に否は無かった。楽しそうなイベントだ。同好の士として全力で応援したい。沙也加は先述の通りやる気を出している。主催者と沙也加、そこに微力ながら僕が参加すれば、体裁くらいは整えられるかもしれない。

 開始は21時からだという。それまでになんとか語れそうな話を思い出しておこうと決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る