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詳しい話を聞いてみると「あくまで旅行のために来たのであって肝試しのような下らない理由のために来た訳では無い」というのが彼女の立場だった。
「友達との卒業旅行っすよ。もうみんな就職も決まってたし」
友人から旅行に誘われた。行き先や予約などは幹事役の人物にすべて任せていたらしい。だから当日まで、彼女は知らなかった。知っていたら来なかった。知らなかった、とは何をか。
「朋喜が来てるってことですよ!」
忌々しそうに激する。
ここ最近僕と沙巫の間を騒がせた人物。あの朋喜というオカルトマニア。……おそらく、彼とは午前中に扉越しに邂逅している。やはりあのコウキとは我々と因縁深い朋喜幸來であるらしい。
沙巫を旅行に誘った人物は、朋喜が参加することを伝えていなかったようなのだ。集合場所に彼の姿を見て「聞いてない」と詰め寄ったらしいが「そうだっけ?ま、いいじゃん」なんてのらりくらりと交わされたらしい。
「嘘、絶対ワザと。嵌められたんですよ、私は!」
本当だとしたらかなり悪質な気がする。
沙巫から聞いている話によれば、この朋喜を中心とするコミュニティと沙巫の間には複雑な人間関係が絡んでいる。有り体に言えば沙巫と友人の長田、そして朋喜。この三角関係ということになるだろうか。ハッシーは朋喜に好意を抱いている。その朋喜は沙巫に興味を抱いていて、沙巫はハッシーに友情を感じているが朋喜には嫌悪感がある……というような。
「その幹事役って人は知ってたのかな。その、すーちゃんと朋喜くんとハッシーさんが微妙な感じだっていうのは……」
「イクちゃんは知ってます。ほとんど当事者ですし」
そのイクという人物も朋喜のコミュニティの一員のようだった。つまり、何らかの怪異に関わった人物ということらしい。具体的にどういう関係なのかは言いたがらなかったので分からないが、そういうことなのだという。ただ、そこまで入れ込んでいる雰囲気でも無い。普通の子だ、と沙巫は言う。彼女には長田と朋喜との関係について相談していたし、微妙になったを取り持とうとしてくれてもいたようである。そういうこともあって、沙巫はイクを信頼していたらしい。
今回の旅行も「ハッシーも来るよ」としか言われていなかった。
「そこ黙ってるとか、信じられなくないです!?」
確かに本当だとしたらデリカシーに欠ける行動と言えた。彼女の憤りも理解出来る。
蓋を開けてみれば朋喜も来ていた。となるとどうなるか?
「ああいう馬鹿げた行いに付き合わされるって訳なんです!マジで最悪!」
彼女の言う馬鹿げた行いとは旧館への肝試しのことだった。
「一応聞いておくと……その、あそこがそういう場所だっていうのは」
「知ってたら行ってません!」
これもそういうことらしい。どうやら当初はただの散策だ、と言われて付き合わされたようなのだった。正直帰りたい気持ちで一杯だったのだが、ともかくただの廃墟だから、と言われて付き合わされたらしい。ただ……「あの地下っすよ。巫山戯てます。なんで部屋に帰りました」
ということだった。そのまま温泉に浸かって不貞寝したそうだが、正直落ち着かなったという。話を聞いていると、やはり僕たちが図書室を整理していた時に聞いたあの一団が朋喜たちだったようだ。
「そんで、なんです?そちらこそどうしてここに?ああ、いや、言わないで良いです。サヤちゃんも来てるんでしょ?どうせ負けず劣らず下らない理由でしょうから」
酷い言いようだ。今回に限って言えば半分くらいは冤罪である。彼女のいう下らない理由……つまりオカルト要素はついででしかない。
「下らないとは失敬な」
げっ、と沙巫から蛙のような声が漏れた。……そういえば。”鬼を語れば怪至る”という有名な一節にはその前段階があるのだったか。曰く”白日に人を談ずる勿れ。人を談ずれば害を生ず”。
日中に人の噂を語るのは良くない、という戒めである。みだりにそういうことをすると害が現れてしまう。彼女にとっての害……この場合は彼女の姉が。
沙也加はビールジョッキを二つ手にしながら沙巫に語りかけた。やはり彼女の方が先に用事を終えてしまったようである。
「お仕事ですよ。ホテルのオーナーに依頼されて本の買い取りにきたのです」
「マジっすか?」
沙巫は僕に確認してきた。
「真面目な話、そういうことになるかな。僕の友人からの依頼で」
「何でそこでセキくんに聞くんです。私の言葉がそこまで信じられませんか?」
「信じられ無いから言ってんだけど」
にべもない。沙也加はさも心外という表情をした。普段から信じられない姉なのかは分からないが……沙巫の心証的に、そういう風に思われる立場と態度なのは間違いない。僕は何も言えない。
「それで」
朋喜氏たちも食堂に来ているのか、ということを聞こうと思った。しかし、その発言はタイミング悪く遮られることとなった。
「おーい。すーちゃん、どうした」
男性の呼びかけに、沙巫の表情は蛙のように唸った。いい加減可愛そうに感じてくる。その、声の主。昼間も聞いた声だ。
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