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「あの様子だと邪教集団の一員って感じではありませんねぇ」

 開口一番、早速失礼なことを言い出す。

「あのなぁ……僕の友人に失礼じゃないか」

「しかし、かつての友人から宗教の勧誘を受ける……みたいのは定番でしょう?」

 でしょう?と聞かれても困る。

「とりあえず、景気づけに例の赤い仏像でも見に行きません?」

「早速それか……いやいいけど」

 正直に言えば僕も興味はある。つくづく同じ穴の貉だった。

 図書室を出て、廊下の奥へと向かう。ライトを照らすと……確かに、妙に宗教がかった一室があった。

 血に濡れたような赤い仏像……である。確かに憤怒の相をしていた。

「様式的には不動明王ですかね」

 沙也加はぱっと見て特定した。あまりにあっさりして吃驚する。

「よくわかるね」

「こう見えても退魔師ですからね」

「関係あるのかそれ」

「ありますとも。一時期は儀式にマントラなども用いていました。あれは言葉自体に意味があるものです。私自身に力が無くとも成立しますから。例えば」


 ———ノーマクサーマンダバーサラダンセーダンマーカロジャーターソワタヤウンタラターカンマン―—―


 沙也加は謡うように朗々と唱えた。広い空間だけあって、その音は広々と反響する。

「……という真言マントラなどあるでしょう?あれは不動明王を称えるものです」

 両手に剣と羂索、背後の網目状の赤いオブジェも炎を現したものではないか。だとすれば不動明王で合っているはず……と沙也加は言った。

「赤くてこの世すべてを憎んだような表情……というのも不動明王なら納得が行きます。不動明王は赤色で表現されることが良くありますし」

 濡れているようには確かに見えるが、それはテカテカと光っているせいだろう。こうしてみてみると塗装の劣化はほとんどない。まるで新品だ。地下で光が届かない環境だからだろうか。いずれにしろさほど歴史がある仏像というわけでは無さそうに思える。

「表情は……解釈次第ですね。憤怒相ふんぬそうの仏像というのはよく聞くでしょう?」

「なんだっけ……仏敵を前に威嚇する……みたいな感じだっけ?」

「悟りから遠のく衆生しゅじょうを無理やりにでも導き救済する……という側面もあります。いずれ、護法のためなら強硬手段も辞さない、ということですね。これも慈悲の一種ですよ」

「だから解釈次第、か」

 廃墟の中にぽつねんとある憤怒の相を浮かべた真っ赤な仏像。

 しかし象られた明王は赤いものもあり、またこの表情で当然なのだという。

 何も知らずに見れば「悍ましいもの」と解釈しても変ではない。歴史の試験なら0点だろうが現国の記述問題なら部分点は貰えるだろう。

「『慈悲深いはずの仏が血に濡れて人々を憎んでいるのは変』でしたっけ?あの解説動画の投稿者さんはあまり仏像に興味が無かったのかも知れませんね」

「まぁ、実物をじっくり見たわけでも無さそうだし」

 そこを突くのは少し可哀想ではないだろうか、とは思う。

 もっとも興福寺の阿修羅像が元々赤かった、くらいの話は僕でも知っている。色にしろ憤怒の相にしろ、おそらく検索エンジンで探せば類例はすぐ出てくる。その程度の手間も惜しむ程度の投稿者だった、ということだろう。

「でも元々の動画だとヤバゾン氏が気持ち悪くなってたけど……あれはどうなるんだ?」

「ああ……あれですか。あまり言いたくないんですが、ヤバゾンさんのお約束だと思いますよ。私が見た他の動画でも探索の最後に『ここはヤバい』って言って車に避難してたんで」

 どうやら毎回やっていたらしい。

「ま、ここが本物である可能性は無くなりませんがねぇ」

 沙也加は妙にニヤニヤしていった。信心深いのか罰当たりなのか否定論者なのかビリーバーなのか、相変わらず分からない態度である。

 ともかくも二人してもう一度、明王を称える真言マントラを唱えながら手を合わせて退出することにした。祟られないことを祈るばかりである。

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