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 そもそも、なぜこのような会が開かれたのか。

 始まりは高校時代の友人から、本の整理をして欲しい……と依頼されたことだった。

「さる事情で本を手放さなくてはならんのです」

 彼、一橋昭人とは先日同窓会で再会していた。

 そこで僕が古書店で勤務している、という話をしたのを覚えていたらしい。

「さる事情?あれかな。親族が、とか?」

 亡くなったか、と思った。あるいは借金で少しでもお金が必要になったか。

 いずれにせよ問いただし辛いことである。

「いえ、そうではないんですがね。せっちゃんもご存じの通り……」

 せっちゃん、とは僕の仇名だった。

 セキヤが色々あって縮まった結果である。さらにちなむと僕は彼のことをショウグンと呼んでいる。一橋、からの安易な連想だった。

「一橋はホテルを経営しているんですがね、そのホテルの旧館を取り壊すことになったんです」

 遺憾ですがねッ、と妙に尻が上がった言葉で言う。普段はこんなことは無かった。感情が高ぶっているのが感じられる。何か厭なことでもあったのだろうかと思ったが特に問いたださなかった。

「その旧館には書庫があるんです」

「書庫、か」

 昭人の祖父が読書家だったらしい。も、というのが正しいだろうか。昭人も趣味は読書であり、その縁で友人になったところがある。

 祖父は当初、個人蔵書として集めていたのだが……そのうち小規模な図書室として宿泊客にも開放するようになったという。その名残が今も残っている。それを買い取って欲しい、ということなのだろう。

「しかし放置していたものなんだろ?どれくらい買い取れるか、ちょっと約束できないな……」

 それならせめて整理だけでもお願いしたいのだ、と食い下がってきた。

「プロの人が見てどう思うかはわかりません。しかし時々整理はしてましたし、日光が当たる場所でもないので、あまり劣化はしてません」

 先述の通り、彼も読書が趣味という人間である。学生時代に彼から本を借りたことも数回あるが、かなり綺麗に本を取り扱っていた記憶がある。そんな彼が言うのなら、そこまで悪い状態では無いのかも知れない。

「そういうわけでね、せっちゃん。貴方が古書店をやっている、というのならこれは巡り合わせですよ。是非お頼みしたい」

「力にはなりたいが……とにかく店主に相談しても良いかな。僕の一存で決められることじゃない。それに確かショウグンの実家って」

 神奈川県の観光地でホテルを営んでいたはずだ。都内から出張買い取りに行くには少し距離がある。

「そこに関しては現在営業してる新館の方、こちらの宿泊と食事を無料で提供します。買い取れなかった時は手間賃と考えていただきたい。是非店主さんに聞いてみていただいて」

 ということだった。まぁ悪くは無い条件である。


 というわけで、持ち帰ってすぐに沙也加に持ち掛けてみた。

「良いじゃないですか」

 案の定、返答は色よいものだった。

「丁度いいバカンスです。リゾートバイトみたいなものですね」

 別にバイトではないのだが。リゾートでも無さそうである。

「それに……その旧館でしたか。取り壊すのでしょう?となると、廃墟、ということになりますよね?」

「まぁ、老朽化したから放棄して、そのまま使ってない……って建物らしいが」

「素晴らしい!ますます趣があります」

「サヤさんはいつから廃墟マニアになったんだ?」

「別段廃墟マニアではありませんが……そういう廃墟には良からぬ噂というのもつきものでしょう?」

 どうやら彼女は心霊スポット的なものを期待しているようだった。思えば学生時代の頃は随分回った記憶がある。書店を初めてからはあまりしていなかったが、久々にその血が騒いでいるのかも知れない。

「叩けば埃が見つかるかも知れません。早速調べていきましょう」

 仮にも僕の友人のホテルに失礼な物言いでは無かろうか。とてもじゃないが昭人には伝えられないな、と思う。

 とは言えこれで話は付いた。諸々のスケジュールを調整し、現地に向かうことになったのは初秋の頃だった。

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