ホテル旧館 赤い仏像 依頼人:一橋昭人
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昔から、分かるんですよ。何か良くないものとか、そういうものがあれば。だからあの廃墟……一橋ホテル旧館も「あ、ダメだな」とすぐ分かりました。
旧館へは外側からぐるりと回って入り込みました。新館から行くルートは塞がれちゃってたので……なので、ごく普通に周囲の散策から初めて怪しまれないようにぐるりと回り……それから中へ。
同行していたのは私のほかには、ここにいる三人、それからすーちゃんもいました。あの子、凄い渋ってたけど……やっぱり、彼女も何か感じてたんじゃないかなぁ。
ともかく、合計五人です。
嫌な感じはずっとしてました。じめっとして、埃っぽい。打ち捨てられた場所……でも、不思議と上の階を探索している時はそこまで危険には感じなかったんです。だから建物の中をあちこち歩いて行いていました。
一橋ホテル旧館は皆さんも知っての通り4階建て。ひとまず、一階から四階まで順番に見に行きました。荒れ果てたホテルは……朽ち果てた感じ?詫び寂?って感じで。荒れてはいたけどあんまり悪くない雰囲気がありました。建物自体には嫌な雰囲気は染み込んでない。それは他のみんなも思ってたんだと思います。
でも、時々……ダンッ!ダンッ!って……何かが落ちたような音が聞こえて来るんです。あと、お経みたいな……女の人が、呪文を唱えているような声が。ただ、古い建物ですから。家鳴りとかラップ現象とか……そういうものも起こるのかなって。他のみんなは気付いてませんでしたし。
そうやって、普通に景色や散策を楽しんで、一階に戻ったんですけど。
最期に、問題の地下階に行くことになりました。
お二人はあの動画は……やっぱり見てますよね。ええ。私たちもきっかけはアレだったんです。地下階にある、赤い仏像です。アレはヤバいです。動画越しに見ただけでも良くないと分かりましたけど、実際に行って実感しました。あの建物の嫌な雰囲気はすべて、あの仏像に由来してる。
地下階に行くってなったタイミングですーちゃんは先に帰っちゃいました。みんな残念がってたけど……でも、あの子がそういうのなら、きっと本物なんだなって。
私?私は……みんなを守らないといけないし。何かヤバいことがあったら、みんなを逃さないと。なので同行することにしました。
地下階は輪にかけてどんよりとしていました。色々な部屋がありましたので、いくつか見て回っていたのですが……なんだか、誰かがいるような雰囲気があるんです。生活音というのか、何かが動き回ってる音と言うのか。
もしかすると、私たち以外に探索に来ている人がいるのかも……って。
……でも、今から思うと、それはそう思い込みたかっただけなのかもしれません。
地下階に降りるとまず広場があります。広場からは長い廊下に繋がっていて、左右に部屋が点々としています。あの動画と同じですね。
すーちゃんを除いた四人……いまここにいる四人ですね。このメンバーで、探索をしました。
……やっぱり、音がしたんです。ダン、ダンと何かを叩きつけるような音。それだけじゃなく、女の人の囁くような声……みんなは聞こえない、と言っていました。でも、確かに聞こえた……
だとしても、ここまで来たのだから例の場所を見たい、というみんなの気持ちも分かったんです。なので、例の仏像の部屋までは同行することにしました。
扉を開けて、ライトをかざすと……ありました。例の赤い仏像です。髪も、顔も、何本か生えている腕も、着ているものも。全身に血を浴びたような赤。その表情は……憎悪に歪んでいました。おかしくないですか?仏像って、あんなにも禍々しい表情をして作られるものなんでしょうか。いや、おかしいっていうのなら……なんで、ホテルの中に、それも地下に隠すように押し込めていたんでしょう?
その時でした。
……仏像の背後から、手が伸びてきたんです。元々彫られていたものとは別の腕だと思います。元々彫られていたとしても、動くなんて変です。私はすぐに叫びました。
腕が、腕が動いている!
他のみんなには見えていないみたいでした。でもそんなことあるわけ無いんです。それはそこにちゃんといました。
良く見ていくと腕だけじゃない。
ぶよぶよした肉塊みたいな。
生まれたての動物の赤ちゃんって、ちょっとぶよぶよしてて赤っぽいですよね。質感はそれに近かったと思います。それが仏像の背中からにゅうって生えてくるようにせり上がって着たんです。
肉塊には腕だけじゃなく、足とか……あと目玉とか口とか。そういう人間の部位がでたらめに取り付けられていました。福笑いで失敗した顔面ってありますけど……あれに腕とか足とかを付けたらあんな感じかも知れません。
ああ、これは私たちが見て良いものじゃないんだ。そう思って、他のみんなにも一緒に外に出て貰いました。
あれがなんなのか……あれを見たことで何が起こるのか。まだ分かりません。分からないけれど……でも、なんだか悪い予感がするんです。きっと、良いことは起きないと思います。
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暗い和室の中、数人の男女が座っていた。
灯りは青いセロハンで覆った懐中電灯と微かなキャンドルライトの光だけ。それも低価格のものが10本に満たないのだから高が知れている。
僕らはある旅館の一室で百物語会を開いている。とは言え、参加者は総勢六人しかいない。文字通り百話語るには単純計算して15話から16話語る必要がある。が、このメンツがそこまでのレパートリーを持っているとは思えない。現に、今語り終えた女性……弦尾美冬は先ほど経験したばかりのことを語っていた。
百物語という言葉の意味やルールには諸説ある。単にたくさんの怪談、という意味で使うこともあれば百話語り切ることで怪異が現れる、とするものもある。
この会を後者と解釈するなら……儀式は完遂されることはきっと無い。
何となく、ぼんやりと照らされた参加者の表情を窺った。
隣にいる沙也加は満面の笑みを浮かべて弦尾の話に聞き入り、その余韻に浸っていた。
真向かいにいる女性……
その隣、僕のはす向かいに座っている
ふと、目線が合う。
彼女の様子を見てるのに気づかれたようだった。長田はしばし目を見開いて、それから左側に逸らした。長田は僕のことを避けているきらいがある。面識を合わせたのは今日が初めてだが、それ以前からちょっとした因縁はあった。彼女がその因縁を自覚しているのかは分からない。していなくても、無意識で避けられていたとしても仕方がない。
長田が目を背けた先にいるのはこの会で二人しかいない男性の中のひとりだった。彼がこの会の主催者であり……彼もまた、逢ったのは今日が初めてだが名前だけは知っている人物である。
周囲に怪異に関わりを持つ人物ばかりを集めている人物。
整った顔に浮かぶ表情は穏やかなものだった。ただ、その眼は。キャンドルライトの光を反射させて、青々と輝いていた。
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