13 了
最後の夜から三日たって、またあの店で集まって近況報告をすることになった。当然、僕の奢りである。彼女はカレーライスと食後にクレープを注文した。追加料金のかかるカスタード入りのものである。
「夢は見なくなりましたけど」
カレーの到着を待つ間、沙巫は不満げな表情で言った。
咎められているような気分だった。実際、咎められている。僕の行いは悪趣味だ、ということである。
「うん……返す言葉もありません」
全くその通りなのだ。あの夢から覚醒して直後くらいまでは昂揚感があった。良い夢を見た……くらいに思っていたのである。が、よくよく考えると、自分の行動がいかに悪辣か……そして、不謹慎ですらあるか。それを思って自己嫌悪に陥った。
長田橋深の周囲で不幸が重なった。これは事実なのだろう。それが彼女を虐めていた人間であり、その前後に夢を見ていた。それも否定するには及ばない。その夢が、不幸の原因となった。これも、仮説として受け入れても良い。
だが、長田が彼女たちを死に至る夢に誘い出した。これはただの憶測なのである。あまつさえ、彼女が沙巫を殺そうとしている……などというのはもはや僕の想像でしか無い。あるいは。それがすべて事実だったとしても……それを意識的に実行しようとしていたかは分からないのだ。あの夢の中で……あの夢を自由にコントロールできたのなら、せめて彼女と対話を試みるべきだったのだ。
「まぁ、反省してるのは分かりますから、今後の行いを見ることにします」
「そうして貰えると助かる」
浮気した男が言う台詞のようだ。
「それで、その。件のハッシーさんは」
「ああ……まぁ、そんなにって感じで。遠目に見たところそこまで変な感じじゃなかったです」
どうやら変な様子……例えば多大な精神的ショックで休んでいるとか、自殺しそうとかそういうことは無いようだった。少なくとも表には出ていない。
「……別に。私だってセキくんさんの行動全部を咎めてる訳じゃ無いです。アレ、かなりヤバい感じだったのは確かだし……そのままだと私も」
……無事では済まなかったかも知れない。口にはしたがらないが、そう思っているようだった。
とは言え、沙巫ひとりだったらそこまで大きな問題は無かったのだろう。彼女はあの夢の中で、最初から最後まで意識を保っていた。問題があれば真っ先に逃げ出し、隠れた上でじっとする、という対処方も確立していたのだ。
そのようなことを伝えると、沙巫は言葉を濁した。
「どうなんすかね。なんか色々すっきりしないんすよね。セキくんさんの言うとおり、私ひとりでも問題は無かったんだろうけど」
どうやら何か違和感を持っているようだった。彼女は考えると、ぽつりと呟く。
「あれはハッシーが自分でやったことなのか。どちらかと言えば……」
「何か別の意図の介在でもあるってこと?その、例えば」
僕は朋喜の名前を挙げようとした。彼の回りには霊能力者や怪異関係者が集まっていて、自身も並々ならぬ関心を抱いている、と言う話だった。
「……いえ。分かんないっす。最近関わってないし、二人のあいだでどういう会話がされてるかとかも知らないし」
沙巫はそう言ってこれ以上の掘り下げを止めた。これ以上話すつもりも無いようだ。
「その……過剰にやってしまった僕が言うのもなんだが……なんかあったら言って欲しい。僕じゃ無ければサヤさんでも、お母さんやお父さんでも」
円藤姉妹の両親は信頼できる人たちだ。彼らも退魔師であり、一般的な職業には付いていない。しかし、思考はそこに凝り固まっていない。怪異とかオカルトとか抜きにして相談しても、きちんと親としての責務を果たそうとするのではないか……と僕は思っている。
「ま、考えておきます。なんも無いかもですし。というか、あいつらももうすぐ卒業だし。就職しちゃえば下らないこと考えてる暇も無いかもだし」
沙巫がそういうのなら心配することも無いのかも知れないが。それでも彼女の回りの人間関係には不安定なものがある気がしてならない。せめて注意くらいはしておくことにしよう。
「おやセキくん。今日も重役ですねぇ」
僕が出勤すると沙也加は軽い嫌味の様な挨拶をしてきた。とは言え冗談染みた物言いだったのでさほど気にならない。
「君が№1なら僕は№2だからな。重役と言えば重役だろうね。それより」
今日も机の上には夢についての本が散乱しているが、しかし手にはしていない。どうやら興味のあるものはある程度読み終えたようだ。彼女はノートパソコンに向かって何か作業をしていた。
「夢三昧は終わり?」
「店で買い取りして興味深いものは概ね目を通しました。飛ばし読みしたのも多いですが……そういうわけですので」
沙也加はノートパソコンの画面をこちらに向ける。そこには棚に取り付ける掲示物やポップなどが編集されていた。
「夢本フェアなどしようかと思うのですが」
「急に本屋さんみたいなことをし始めてどうした」
「本屋さんですからね。たまには良いのでは?そうだ、セキくんも何かお勧めの夢系の本などあればポップ書いてくださいね」
沙也加は妙に上機嫌だ。さて、最近読んだものとか入荷した中で夢についての本は無かったか……と頭を巡らす。『異形コレクション』のような短編小説集が良いだろうか。確か夢に関わるテーマで集めたものがあって、買取もしたような気がする。
本を集めたり、ポップを作ったり、レイアウトを考えたり。
そうやって、本屋らしいことを久々にしていると、
「よっすー」
間延びした声が店内に響いた。こんな陽気な挨拶をしてくる常連客などいない。声の主は、円藤沙巫だった。
「ってあれ。すーちゃん?」
沙也加は妹の来訪に驚いている。僕も少し驚いていた。先ほど、カレーと食後のクレープを平らげると、そのまま帰って行ったはずだった。彼女曰く「欲しくない本しか無い」烏乃書店に来店する、というのは意外な行動に思えた。
「そうそう。サヤちゃん元気?」
「まぁ元気は元気ですが……どうしたんですか。何かご入り用の本でも?すーちゃんが好きそうな自己啓発書とかマナー本は取り扱ってませんよ?」
「知ってるよそんなの」
「あ、それとも集りに来ましたか?」
「うーん……セキくんさんには最近よく集ってるからなぁ。別にそっちは良いかな?」
「……は?」
「あ、セキくんさん。さっきぶりです」
「……え?なんです?どういうことです?さっきぶり?良く集ってる?……そういや最近出勤が遅かったですけど……そういうことなんです?」
沙也加は混乱しつつも、着実と推理を組み立てていく。概ね間違ってないだけややこしい。
どうやら沙巫は僕を出汁にして姉をからかうために来たようだった。主なターゲットは姉のようだが、被害は僕にも及ぼされている。沙也加が僕の肩を勢いよく掴みながら咎めた。
「どういうことなんでしょう。急なことで脳が破壊されそうなんですが」
「どういうことというかその……」
「すぐに嘘と言わないとは如何に!?」
どうするべきか。ここ数日の話を語る……しかないか。しかし沙巫は決して当てにならないだろう。こういう不思議系エピソードを自分で披露したりしない。
「喧嘩するほど中が良い、だね。元気なの分かって良かったわ。じゃーねー、セキくん!ついでにサヤちゃんも」
案の定、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して沙巫は去って行った。本当にからかうためだけに来たらしい。
……さて。それでは何から語ろうか。どう語っても過剰な反応を返されるのは確かろうが、そこはそれ。偶には僕から怪を語るのも良いかもしれない。
「話は長くなるが……始まりは変な夢を見たことだった。僕は薄暗い部屋の中を、延々とさまよっていた。窓は無く、灯りと言えば頭上をチラチラと照らす蛍光灯だけ」
いいや。蛍光灯があるのなら十分ではないか?それなのに、なぜ僕は薄暗いと思うのか―――……
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