11

 向こう側から悲鳴が聞こえてくる。

 扉は開いては閉り、そのたびに人々の苦悶が溢れだした。僕はそれに並んでいる。列はもう数えるほどしか僕の前には無かった。

 これまでもずっと並んできた。そうするのが当然だと、そういうものだと思って。とても厭だったし逃げ出したかったが、それでもそうする他無いのだ。

 ここはそういう場所。人々を誘い込んで、苦しみと死を与えるための空間なのだろう。地獄……いや、その門なのかも知れない。長田橋深という女性のことを僕は知らない。知らないが、彼女は人に死をもたらす力があるというのではなくて、死の扉へ誘うような力があるのかも知れない。円藤沙巫はそこに誘われてしまったし……きっと僕は、そこに巻き込まれた。

「ああ。そうだ。このままじゃ死ぬんだ」

 そう思うと、なんだか拙い気がする。気がするだけである。どうすればいいのかなんて分からない。分からないけれど。

「なんだか、ヒントはあった気がする」

 夢の中とはいえ言葉にすれば少し整理がつく。

 目の前にいる影は、後一人になっていた。あれが扉の中に入ってしまえば……次は僕の番だ。それまでに、何かに気が付かなければならない。気付くべきこと。何かを話した。気付くために、色々なことを準備して、そのために行動を重ねたけど、それが何だったのか。誰と話したのか。

 扉が開いた。青いランプが消えた。すぐ前の影が扉の中に入る。ランプが赤くなる。轟音が鳴り響いた。苦悶の悲鳴が扉の向こうからやってくる。きっと痛いし、苦しいのだろう。このまま、その次は僕の番だ。

 ああ、またこれだ。最近はずっとこうなのだ。何かしなければならないことだけは分かっていて、そのために色々としているのに、一向に実りが無い……

 どうすればいいのだろうか。

 誰か教えてくれればいいのに。

「仕方のない人ですねぇ」

 声が、聞こえた。良く知っている声。ここにいるはずのない声。

「良いですか、夢日記を付けるのですよ。ドン=レニ侯爵は207日目にして明晰夢を見ることが出来ました。訓練あるのみですよ。あとはチーズですね」

「あ、そっか」

 僕は。明晰夢を見なければならなかったのだ。そして、それはもう出来た。考えてみればいつもしていることだ。僕と沙也加さんが魔を退ける儀式をする際、僕の意識は夢を見るように変性状態にあった。それを僕は繰り返しと条件付けでコントロールしようとした。意識はほとんどなかったけど、伝え聞く話だとそれは成功している。

条件とは沙也加の声を聴くこと。彼女の声さえ聞ければ、僕は。どんな夢からだって、覚めることが出来る。


 絶叫が終わり、扉が開いた。当然ながら、僕はその中に入ったりはしない。だって、もう目覚めている。夢の中で、今。僕は夢を見ていることに気が付いている。

 列をぬけ出し、後ろに並ぶ人々から逆行して駆け出した。

 気が付いた。きちんと、僕は、明晰夢を見ることに成功している!


 周囲を観察する。

 いつものとおり、扉に続く長い廊下だ。しかし今日は図書館のようでも無ければ倉庫のようでも無い。直進して左手の先に階段が見える。そこから下層階へと逃げ出す。行く当ては無かったが、とにかく一刻も早くあの扉からは離れたかった。

 階段を降りていると、見知った姿が息せき切って登ろうとしていた。

「あっ。セキくんさん!」

 沙巫だ。彼女の声を聞いてそうか、と納得する。これまでの夢で僕は彼女に声を掛けられて意識を取り戻していた。彼女は沙也加と喋り方と声が良く似ているのだ。だからずっと明晰夢になっていたのだ。

「良かったぁ……気が付いたんすね!?」

「ああ、うん。何とかね」

「まぁすべては私のおかげなわけですが。感謝してくださいよ」

 沙巫がギョッとした眼で声の源……僕の隣を睨んだ。

「え、サヤちゃん?なんで……」

「ああ、そうでした。私はそうですねぇ……いわばイマジナリー沙也加。セキくんの脳内にいる円藤沙也加なので本人ではありません。セキくんが『こういうこと言いそうだな』と思ってるだけの別人ですので」

 そういうことらしい。それにしては僕には本人にしか見えない。沙巫にとっても同様だったのだろう。「ええ……」と何かヤバいものを見るような眼を僕に向けてきた。

「いや、確かに言いそうっすけど……サヤちゃんのこと好き過ぎでしょ。なんか一周回って怖いっすよ」

「朋喜くんにはキモいだったが、僕には怖い、か。光栄と思うべきか否か」

「まぁ人間が一番怖いですからねぇ。ヒトコワです」

「光栄に思う要素ゼロっすからね!そっちのイマジナリーもうるさいし!ああ、もう。なんか心配して損した……」

 沙巫が脱力してへたり込む。

 彼女に心労を掛けたことは申し訳ないが、ともかくこれで最初の関門を突破することが出来た。さて、次は……

「この夢の解決、だな」

「え?解決?」

 沙巫はきょとんとした表情を見せているが、僕なりに考えたことだ。

「そう、解決だよ。この夢は確かに面白いけど……毎日毎日、いつ紐が切れるか分からないバンジージャンプに興じてもいられないだろう。だから今日中に解決する。この夢に僕たちを引き釣り混んでいる相手と、今日決着を付ける」

「でも……説得は上手く行きませんでしたし、夢の中じゃハッシーも正気じゃ……」

「ま、そこはね。相手が正気じゃないなら……そうだ、イマジナリーさん」

「はい。いいですかすーちゃん、『怪物には怪物をぶつけるんだよ!』です!」

「いやドヤ顔で言われても意味わかんないし」

 分からないか。ならば実際に見てもらうのが良いだろう。沙巫の手を話ずらせることはあまりない。するべきことは二つ。疑いを持たないこと、想像すること、だ。

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