9

 翌日のことである。

 土曜日の朝から、例の自動販売機の前で待機していた。昨晩、入谷氏の部屋に泊めてもらい、それから部屋を辞してこうして待っている。

 沙也加は一連の怪異の接続者がここに現れる、という。僕もそれを信じてこうして待っているのだが……

 ふと、小学生くらいの女子がやってきた。その姿に、僕は見覚えがあった。入谷氏のアパートに初めて訪れた時、隠れて沙也加の姿を見ていたのは彼女では無かったか。

 彼女は自販機の様子を……もっというと屯している僕たちの様子をうかがっている。

「……そこのお嬢さん。もしかしてお探しのものはこちらでしょうか?」

 彼女がそう言って掌に置いた『こいしさま』を差し出した。

 瞬間、少女の眼が見開かれる。

「なんで……」

「中村あやさん、ですよね?ああ、硬くならないでください。別に怒ったり叱ったりするわけではないです。ただ、ちょっと答え合わせをさせてもらえればいいのです」

 彼女はしばしうつむき、やがて観念したようにふらふらとこちらへと歩みだした。

 中村あや。この少女が今回の依頼の怪異を作り出していた接続者ということになる。


 まず、昨夜尋ねた「小学校に知り合いはいるか」の答え。

「ええ。姉貴が小学校の教師やってるんで」

 その姉というのが中村真希という人物だった。歳は6歳ほど離れているという。

 そしてその真希氏には娘がいて、その娘もその小学校に通っている、ということも教えてくれた。

「姉貴はその、旦那とは別居してるんですけど。そうなったのが俺が就職するくらいの頃だったんですよね。東京の方に暮らすのは決まってたので……なんか助けになれれば、なんて思って近いところに住むことにしたんです。まぁそれ以上に姉に助けてもらっちゃうことの方が多いんですけど」

 入谷氏は恥ずかしそうに鼻を掻いた。でも、と続ける。

「あやちゃんの面倒見るくらいはまぁ……幸いなことに懐いてくれてますし」

 その、あやと入谷氏が非常に仲が良い……という情報も当人はなんの気も無く教えてくれたのだった。


「この『こいしさま』を置いたのはあなたですね、あやさん」

「……はい」

「……入谷さんにバラしたりしないので教えて欲しいのですが。中身の石には入谷さんの名前が書かれているのですね?」

「見てないんですか?」

「そこまでデリカシーを知らないつもりもありませんよ」

 見てはいないが予想はつく。『こいしさま』という呪術の条件は相手の名前を書いた石、自身の毛髪、相手の私物、その三つを紙に包んで相手の家の近くに置いておく、というものだった。沙也加も僕も中身を見ていないが、触った感じ石が入っていたし、そこにはこのあやという少女の髪の毛が巻かれているのだろう。

「私物というのはどうしました?」

「貰ったお小遣いを入れてます…」

「入谷さんから貰ったもの、ということですね?なるほど。確かに私物でありつつ、ペンなど筆記用具よりはコンパクトですね。合理的です。それで…やはり、夢に入谷さんのことを視たわけですか?」

 沙也加の質問にあやは素直に答えていった。その尽くが肯定を示すものだった。

 石を置いた時期の答えも入谷氏が最初にあの影を見たタイミングと合致していて、やはり彼女の置いた『こいしさま』が原因であることは間違いなさそうであった。

 沙也加は一通り質問するとあやの元まで腰を下ろして視線を合わせた。

「私たちはですね、入谷さんから相談を受けたのですよ。何か白いものに視られていて怖い……というものです」

「えっ」

「入谷さん、眠れなくて困っちゃってるんです。……好きな人のこと、夢に見たいですよね。気持ちはわかるつもりです。とても幸せだと思います。でも、入谷さんとは『こいしさま』が無くても会えるでしょう?できるなら、これを使わずにいてあげて欲しいのです」

「……」

 あやは黙り込んでいたが、意を決して話しかけた。

「お姉さんは、ユウスケくんの彼女とかじゃないんですか?」

「へっ?……違います違います。相談を受けただけの他人です。こういう、まじない系の専門家でして」

「きのうもユウスケくんの家に来て……出てこなかったし」

 ……ああ。彼女はずっと見張っていたのだ。正面には彼女が通う小学校がある。あの時、彼女は小学校から抜け出してこのアパートを眺めていたのだろう。その時、沙也加がここに来たのを見た。僕の視線を受けて逃げ出したが……どこか別の場所から、沙也加が入谷氏の部屋に行くのを見たのだろう。その後も何らかの方法で、このアパートを眺め続けていたのかも知れない。校舎の中から、そして『こいしさま』を使って…… 

「それを言うなら後のセキくんも一緒でしたよ。ね?」

「そうだね」

 急に水を向けられてびっくりしたが、なんとか答える。

 僕の顔を見て、彼女は「あ」と声を上げた。

「昨日もいた……」

 そこでようやく、彼女は僕の姿に気がついた様子だった。

 もしかすると、彼女には僕の姿が見えていなかったのかも知れない。彼女にとって重要なことは『入谷ユウスケの部屋に女性が訪ねてきた』ということだった。

「入谷さんとはそういう関係にはなりません。それにお付き合いを、というのなら……」

 ね、とさらに同意を求められても困るのだが。まぁ、あやという少女の納得のためには必要なことかもしれない。一応、僕からもコメントを出しておく。

「その、入谷さんはそういう相手はいなさそうだったし……今は君のことを心配してるような感じもあったし」

 歯切れが悪い物言いで有益なコメントとなったかは微妙なところだが。

 ともかく、何度かの説得によってこの石を処分することを納得してもらえた。

「約束しましょう。まずお母さまには伝えませんし、もちろん入谷さんにも伝えません。『こいしさま』に関しては……なにか処分に関して手順が無いようでしたら、こちらで丁寧に呪いを解きます」

 こうして、なんとか『こいしさま』を譲ってもらうことに成功した。

 中村あやは「ごめんなさい」「ユウスケくんちに寄っていきます」とそのままアパートの方へと消えていった。

 これで何とか、解決だろうか。

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