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 11時30分過ぎにファミレスを退出し、そのまま入谷氏の元へ挨拶に向かった。それまでの間、氏から電話連絡などは無かったし、実際に会話してみても昼間に変わったことは無かったようである。

 先ほど入谷氏も言っていたように、明日は土曜日で仕事も無いということなので、警戒しつつ寝ずに待ち、何かあればすぐさま電話で連絡を取り合うということになっている。

 さて、いよいよ見廻りに……と言う段で「あ、そうでした」と沙也加が声を掛けた。

「はい?」

「確認しておきたいことがあるのです。向かいに小学校、ありますよね」

「ええ……それが?」

「入谷さん、あの小学校にお知り合いなどいらっしゃいませんか?」

「ああ。いますよ」

 氏はあっさりと言った。それが何か、という様子である。

 まぁ当然か。入谷氏はあの小学校の噂話など知らない。それがこの件と関係している、などとは夢にも思っていないだろう。氏の語った知り合いというのも、聞いてみれば納得のいくものだった。色々な謎が一気に氷塊していくような感覚がある。

 ただ、今その相手を呼び出したりしてもさほど意味は無い。ひとまずは見廻りを行い、例の影と相対する必要がある。


 元々人通りがまばらだった住宅街も、昼間はあそこまで賑やかだった学校も、深夜ともなればすっかりしん、としている。聞こえるものと言えば虫なのか自販機や街灯の立てているのか分からない微かな音だけ。あとは夜風が冷たく吹いてきて、非常に寂しいものを感じさせた。

「しかし、こう閑静な住宅街を見回っていますと思い出しますねぇ」

 沙也加の言葉を受けて、ふたりしてこんな不審者染みた行動を取ったことがあっただろうか、と思い返してみる。これまで見ようによっては不審な行為は沢山してきてはいる。が、住宅街で、という本気で通報されそうな行動はしたことが無いはずだ。

「白石晃司監督の『戦慄怪奇ファイルコワすぎ!』の口裂け女回です。私あれ大好きなんですよね。バット持って住宅街をウロウロするシーンとか」

 どうやら僕たち自身の話では無かったらしい。沙也加は「あれ、ホント不審者ですよねぇ」などと嘯く。いや、僕も好きだけれども。考えてみれば彼女と最初にした話もそのホラービデオの話だった気がする。と、それは良いのである。問題は「ぶっちゃけ今の僕たちと何が違うのさ」ということである。

「肉薄してるかも知れませんね。現にほら」

 と、懐から鉄塊を取り出した。古代の剣を思わせるデザインの鉄剣、例の呪剣である。

「バットではありませんが剣は持ってますよ」

 なおさら不味いのでは無かろうか。バットはまだ草野球からの帰宅中という言い訳が出来るかも知れないが剣はもうどうしようも無いくらいの凶器である。

「まぁそんな切れ味もありませんし」

「銃刀法って刃渡りの方が重要なんじゃないっけ」

「おそらくギリギリ銃刀法に引っかからないくらい……だと思います。ちゃんと調べたことないですが、多分大丈夫です」

 不安になってきて周囲を見回した。例え銃刀法に引っかかっていなかったとしても、警官に見られれば一発で没収なのは確かだ。なんだかんだいってこの呪剣は対怪異に際して大きな力を持っている。それを職質で失うというのはあまりに間抜けすぎる。

 幸いなことに周囲に警官は見回っていないらしい。とはいえあまり派手なことはしない方が良いだろう。


 約3時間、周囲を見廻ってみたが例の影が現れる様子は無かった。

 時間を潰すだけならなんの問題も無い。会話の種が途切れることは無かったし……よしんば途切れたとしてもただ歩くだけでも別に退屈はしない。

 ただ、それなりに張り詰めて歩いている。怪異が現れたタイミングで即座に対応したい、という気持ちが僕たちにはあった。そろそろ疲れも限界に来ている。

 一度、入谷氏の部屋まで行き休憩させてもらうべきだろう、ということで二人で入谷氏のマンションまで向かう。……その、道中のことだった。

 沙也加の懐に入れてあった業務用ケータイのバイブレーションが鳴り響いた。入谷氏からの着信だった。

「はい」

『円藤さんですか?いま、なんか来た気がして……見てみたんです外を』

 入谷氏は慌てているようで、かなり早口である。

「……まさか、出ましたか」

『出ました。いま、さっきの自販機のところから!扉の方に走ってました!』

「了解です。当然ですか絶対に扉を開けないように!私たちは今すぐ向かいますので」

 沙也加が通話を切るとこちらを向いた。事情は何となく理解できる。

 お互い、するべきことは分かっている。沙也加は剣を取り出し、僕は片耳用のヘッドセットを付けて道路の目立たない場所に寄り掛かった。

「剣、使うんだろ。すぐにでも対応できるようここでトランスする」

「理解が早くて助かります。それでは」

 彼女は剣に巻かれた布を解く。

 露になった刀身は相変わらず、目を惹くものだった。夜、明かりの少ない路地の中、不自然に輝いている。光の中に、刃の中に吸い込まれるような錯覚がしばらく続いて……僕の意識は、反転する。

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