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 沙也加がまず向かったのが図書館だった。駅から少し離れた場所にあり立地は不便だが施設の前は一般開放された公園になっており、施設も二階建てで地域史料室なども完備している。地域コーナーには地方新聞の縮刷版なども揃っていた。

「というわけで16時ごろまで新聞漁りをします!」

 という宣言とともに縮刷版や地域紙にひたすら目を通す時間が始まった。

沙也加が良くやる手段である。ひたすら地味な作業だが……例えば事故、例えば事件、例えば噂など、新聞にある情報を浚うことで重要なデータを得られることもある。ネットニュースと違って一度活字化されたものが簡単に削除されたり改竄されたりしないというのも強みである。デジタルのデータベースが地元民以外にも開放されていれば助かったのだが……どうもこの図書館ではそういうことをしていないらしく、そちらは叶わなかった。


 しばらくさらってみても芳しい情報が得られることは無かった。

 この地域の情報……と言っても完全にノーヒントなのだ。

 僕は途中からインターネットを利用して地域名と「怪談」「幽霊」「影」などと言ったサジェストでの検索を行ってみたり、はたまた図書館所蔵の怪談本で東京都内に特化したものを読んで似たような情報が無いかを調べてみたが、やはりそれらしいものは見つからなかった。

 一方の沙也加は保存されている分の地方紙を眺め切ってしまい、全国紙の縮刷版までさかのぼって眺めていたが、特に収穫は無さそうである。

「見つからんねぇ」

 ふとぼやいたところ

「少なくとも怪異とか怪談として広く膾炙されているものではない……ということは分かりましたね」

 などと前向きな言葉が飛び出る。

「調べても分からなかったということが分かればいいです。それより」

 時計を指差す。

 見れば16時になっていた。沙也加が刻限として指定した時間である。

「そろそろでしょうか」

「撤収?」

「いいえ。片付けはしますが。それより重要なのは小学校の下校時間です。フィールドワークと行きましょうか」



 

 子供の一団を見かけた沙也加が駆け出していく。それを僕は後ろからスマートフォンを持って付いていく。

「すみません。よろしいですか?私、ネットで動画投稿をしているものなのですが…」

 この一言から始めると小学生たちの警戒心が一気に下がる。かなり危ういテクニックではある。嘘と紙一重だ。というか嘘である。彼女がそうした投稿をしているとは聞いたことが無かった。が、いずれにせよ小学生相手への大義名分は立つらしかった。「チャンネル名なに?」「登録者何人!?」みたいなはしゃいだ声を出す子供も何名かいる。

「それで、何か不思議な話とか怖い話とか集めているんですが。何か知ってるものはありますか?」

 こう続けて色々話を聞きだしていく。

 回答は色々である。明らかにネットで拾った有名な話を語ってくれる子供がほとんどだったが、時折ローカルな雰囲気を醸したおっとなる話も出てくる。

「暗くなってから屋上に向かう階段に登ると“おーいおーい”って自分を呼ぶ声がするんだって。でも振り返っちゃだめ。振り返ると異世界に連れてかれちゃうから」

「こいしさまっていう儀式をやったことあります。石に好きな人の名前を削って書いて、あとその人の持ち物をばれないように盗んで、あと自分の髪を何本か切って一緒に白い紙に巻いておく。それを相手の家の近くに置くと、好きな人が何をしてるのか、夢で見ることができるらしいです」

「てへぺろババァって知ってる?夜の通学路に出てくるらしい。あっちからぶつかってきて、ごめんねって謝ってくるんだけど、舌出しながら右手で頭をガンガン叩きながらすげーダッシュで追いかけ來るらしい」

 数組聞き終えた後、沙也加はこの聞き取りを中止することにした。

 そろそろ陽も落ちかける中、駅前のファミレスに移って腹ごしらえと休息を取ることにした。僕は海鮮丼、沙也加はオムライスとドリンクバーを注文する。到着を待つ間、先ほどまで蒐集した情報について相談しあうことにした。

 沙也加は「いやぁ、収穫でしたね」とホクホク顔である。

 確かに今回の事件に近そうな噂というか話も何個か聞き取りできたが。

「いずれ怪談配信をやってみたいんですよねぇ。できれば百物語で。既存の怪談話だけでも良いのですが、こうして聞き取りした話を入れるというのもぜひやってみたいところでして」

 趣味の方の話らしかった。というか動画云々も当人の中では本気のようである。……いやそこはともかく。今回の依頼のために聞き取りをしたのではなかったのか。

「実益ももちろん兼ねてますとも。そういう点でも実りの多い話はありましたね」

 スマートフォンに撮影した動画を見返していく。

 特に今回関係がありそうなのは、やはり『てへぺろババァ』だろうか。

「ああ。あのてへぺろしながら追いかけてくるってヤツですね。古典的なババァ怪異しぐさをしつつもネットスラングを取り入れてユーモアも持ちつつ、一方で「頭をガンガン叩いて」と異常な行動を取ってサイコ味を感じさせるのも点数高いですよね」

「いやまぁ、確かに面白いけど。……入谷氏の家も通学路に入るよね。そう考えると、今回の白い影っていうのと共通点が多い気がする」

「なるほど。まぁ普通に考えればそうなりますか」

「……というと、サヤさんは普通には考えてない?」

「ええ。私が気になるのはむしろ『こいしさま』の方です」

「あの、恋占いみたいなやつ?」

 好きな相手を夢で見れるようになるというお呪いだったか。

 石に名前を刻み込み、自分の髪の毛と対象となる相手の持ち物とを一緒に白い紙で包んで、それを相手の家の近くに置くという手順を踏むことで成就できるらしい。

「はい。好きな人を夢に見るための呪術、というのが中々洒落込んでますよね。名前も小石と恋しを掛けていて教養が感じられます。ワードセンスが古語っぽい……いえ、和歌っぽいのですね。考えたのはそういうものにロマンを感じた生徒ですかね。私もやってみたいところです。ところで全く関係ないのですがセキくんが普段使ってるペンとか貸してもらっても良いですか?」

「バレない様にって言われてたのに下手クソか」

「これは手厳しい。しかし真面目な話、『夢を見ている時に相手を覗ける』という部分は引っ掛かるんですよね。深夜……つまり多くの人は寝ている頃ですよね。この呪術を用いて入谷さんのことを視ようとしている人がいれば」

「……入谷さんのことが好きな人が接続者だってこと?」

「可能性として頭に入れておいていただければ、ということです」

 もしこの説が当たっていたとしても、誰がこの呪術を用いているのかまでは分からない。ただ、この説に基づいて入谷氏に追加の聞き取りをしてみる価値はありそうである。

「知り合いにあの学校の卒業生がいないか、とか」

「そうですね。夜の見回り前に聞いてみたいところです」

 だが望みは薄そうに思える。

 というのも入谷氏はこの近辺の出身ではないと語っている。あの小学校出身の知り合いがそう多くいるかどうか。

「分かりませんよ?例えば近所づきあい、例えば同僚、例えば……そうだ。この可能性もありますか」

「また勿体ぶり始めた……」

「だから勿体ぶってませんって。分かりました。教えますよ」

 そうして彼女が語り始めた説は、なるほど可能性としては高そうに思える。入谷氏に聞いてみる価値はありそうだった。

 そうこうしているうちに注文したものが到着する。

 これを食べてしばし仮眠を取ったら、いよいよ夜の見廻りに移ることになる。

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