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 早速周囲の散策を開始したが、実りは少なそうに思える。

 というかまず。

「当たりが外れちゃったみたいだね」

「ええ……しかし分かることもいくつかありますよ」

「例えば?」

「例えばそう……怪異が入谷さんの恐怖心に反応していないことでしょうか」

 自販機の影から現れた影は入谷氏の部屋に向けて走ってきている。入谷氏がそれに恐怖しているのは確かだ。しかし。

「架空接続者由来であるなら、気にすれば気にするだけ現れ易くなるのが怪異です。しかし入谷さんの言うところでは現れるのはランダムとのこと。それに、例の白い影に纏わる恐怖の感情……その元となりそうなものに心当たりがない、というのも気になります」

「前者はそのとおりだが。後者は忘れてるっていう可能性は無いかな。あまりのトラウマで思い出すのを脳が拒否してる、みたいな」

 あまりに強い恐怖の場合、負荷を避けるために忘却する、ということもあると聞く。

「しかし、だとするなら白い影を見た段階でその記憶を取り戻しているのでは?」

「それは……まぁ、そうなるか」

「それに後から思い出した記憶がどれくらい当てになるか。知ってます?アメリカでは精神科医のカウンセリングで宇宙人による誘拐の記憶を思い出したり、親族による事実無根の性的虐待の記憶を思い出して大きな混乱を巻き起こしたり、そうした事例が定期的にあるのですよ」

 思い出した記憶、というのは当てにならないというのが沙也加の持論であるらしい。

「そういや明智小五郎も似たようなこと言ってたな」

「へぇ。誰だか知りませんがセンスがありますね」

 ……流石に冗談で言ってると思いたいが。

「それで小林くん……あっ。すみません。私としたことが。間違えちゃいました」

 やはり冗談らしかった。明智のことを知らずにそんな言い間違いをするまい。というか後付けの言葉がわざとらしすぎる。

「思うにですね、今回の怪異において、入谷さんは発生源ではないような気がするのです」

「……ほう?」

「いわばレシーバーですね。誰かの発生させた怪異を彼が視ている、というのであれば、アレが入谷さんの感情に反応していないのも説明が付きます」

 確かに説明はつく。しかし……

「そうなると誰が発生源かの特定が面倒なことにならないか?」

「なりますね」

 沙也加は事も無さげに言い切った。

 ……先ほど反芻しようとして打ち切った呪剣の効果にはこういうものもある。発生源となる架空接続者から怪異へと繋がる糸を断ち切れれば怪異ごと消滅させられるが、怪異自体を切っても、当初は消滅させることもできるがしばらくすれば再び現れてしまう。

 樹木と葉の関係と言えばいいか。葉を毟っても少しすれば再び生えてくる。その葉が生えてくる可能性を除きたいなら幹か、あるいは根から断たねばならない。

 大体の依頼はこの例え話に当てはめられるが……今回の例はいわば、取り除きたい葉は分かっているのだが、切るべき幹が分からない、ということになる。禅の公案か何かのような意味不明さだが、それくらい面倒な問題だった。

「まぁ、とはいえ何もしないわけには行きませんでしょう?ひとまず、今夜です。もし影が現れれば小手調べと行くことにしましょう」

 つまりは出たとこ勝負ということになるらしい。

「人聞きの悪い。私にだってプランはあります。別の当たりも付けてますよ」

「へぇ?どんな」

「それはですね……」

 沙也加の言葉を待っていたのだが、しばらくして

「……いえ。まだ確かなことは言えません。もう少し調べてからにしましょう」

 などと探偵のような勿体ぶりをし始めた。

「勿体ぶってるつもりはありません。怪異を破壊するのはセキくんの認識ですからね。あなたに下手に先入観を与えないように、という熟慮の末です。それより、住宅街デートと洒落込みましょう?」

 ずいぶんニッチなデート先の選択だな、と思いつつ……いや、今更か、と被りを振って彼女の後に続いた。

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