9

 あの夜の翌日、宇賀ハスミと連絡を取り合って、怪異を祓うことで起きうる効果とリスクについて説明した。

 あの影を消すことは出来る。二度と現れないようにすることは可能だった。だが……そうすることが、彼女の望みと一致するかは分かりかねる、とも。

 説明の末、彼女は怪異を祓う、ということに同意した。それならば、何も言うべきことは無い。僕たちはするべきことをするだけだった。

 平日の午前中、宇賀ハスミの家に関係者が集まった。依頼人ふたりと、魔を退ける僕と沙也加の合計四人が、宇賀ハスミの個室に詰めている。

 一人部屋として決して狭くは無いが、こうして四人が詰めると流石に窮屈に感じた。

 宇賀の両親は共に仕事に出ている。彼らがいない時間を宇賀ハスミより聞き出して、その時間に集まるよう指定したのだ。大人数で押しかけると問題があるだろうし、両親に事情を説明していない、ということだったので、そうする他無い。

 四人が座布団の上に座り、一息吐いた、というところで沙也加が口を開く。

「では、始めましょう」

 依頼人二人の様子は、それぞれ対称的なところがあった。興奮した面持ちの天野と、緊張した様子の宇賀……それもそうだろう。二人にとって怪異を祓うと言うことの意味は大きく違っている。


 魔を祓う側にいる沙也加はいつも通りの様子だった。いつも通り和装……今日は黒と白の二色だった……で、いつも通りの緩やかな微笑を浮かべ、皆を見回している。

 その、いつも通りの自然体で、懐にしまい込んだものを取り出す。それは剣だった。短剣である。500mlのペットボトルほどの刃渡りに柄が付いたもので、刃の部分は布で幾重にも巻かれている。

 教科書などで見る銅剣のイメージがもっとも近い。古墳や中国の遺跡で発見され、薄く青い錆が浮かんだ両刃の剣……しかし、実際の材質は銅ではなく錬鉄となっている。

 円藤沙也加が用いる呪具。僕たちはこれまで、この剣を用いて多くの怪を退けてきた。


「……剣っすか?」

 天野才が呟く。物珍しい、という様子を隠さない。

「ええ。今回用いる呪具です」

 怪異を退けるアイテムとして剣というのは一般的なものだ。例えば葬送の際、遺体に持たせる守り刀などは比較的身近なものだろう。穢れを祓う、死者に近づく魔物を祓う、浄土へ向かう道中のお守り……細かい理由や考え方は地方や宗派によって様々だが、概ね魔を退ける、という点では一致している。

 伝説・伝承を見ると、妖怪退治の伝説に関わった刀剣は数知れず、西洋においても龍殺しには剣が関わる。鉄という暴力と文明の象徴は、怪異という人ならざる論理を退けるのに大きな意味を担ってきた。

 だが、この剣に関してはそれらとは違った論理が働く。

「これより魔を退けます。……やや異様な光景となるかも知れませんが、どうか落ち着いてください。まず、私が良いと言うまで目を瞑ってください」

 沙也加の指示に従い二人が瞳を閉じる。その様子をしっかりと確かめてから、沙也加は刃に掛けられた布を解いた。

 刀身はよく磨かれている。照明の光を反射し、まるで剣自体が光を発しているかのよう。 僕は、その光をしっかりと凝視した。

 眩き、輝き、弾けるような光。意識しなくたって視線はそこに釘付けになる。まるで、そこに魂が奪われていくかのよう。

 そうして、僕の意識はかき消える。

後は沙也加の番だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る