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その後も沙也加は色々なエピソードを披露して会話を続けていった。比較的、怖くないタイプの都市伝説を語ることもあれば好きな食べ物とか飲み物とか他愛の無いタイプの話題にも飛んだりする。お互い、会話を続けることが目的となっていることもあって、会話が途切れることは無い。
僕も何か話題を出すべきか、と思案したが女子高生相手に何を喋って良いのかよく分からなかった。同性なら、あるいは一対一ならやりようがあるのかも知れない。が、異性二人で盛り上がっているところに割り込むのは気が引ける。
「そういえば少し気になっていたのですが。もしかして宇賀さんと天野さんって、お付き合いされているのですか?」
特にこういう話題になるとお手上げである。
「ああー……うーん。ちょっと、まだ、そういうわけじゃないんですけど」
少し話込んだこともあって、宇賀ハスミも気安くなっている。良い兆候ではある。
「まだ。なるほど?まだ、なんですね」
「えっと……いや、分かんないです。あっちがどう思ってるかとかそういうのは……でも、私は」
「宇賀さん的にはそういう関係になりたい、と思われているのですね。良いですねぇ。初初しくて大変宜しいかと」
ちなみに円藤沙也加は電車の中でイチャイチャしている高校生を見て「青春を謳歌してるリア充連中、本当大っ嫌いなんですよね。滅びませんかね?」などと心ない世間話をするタイプの人間だ。この発言は真っ赤な嘘、ビジネストークである。
「お二人が出会ったのは中学生の頃からですよね?その頃から?」
「……はい」
「最初から良いな、と思われていたのですか?それとも何かきっかけがあって?」
「……私、こういう体質というか……視てしまうことに気がついたのが中学の頃で。その時に、そういうのに興味がある生徒がいるって噂があって」
「それが天野さんだったのですね?」
相談を持ちかけたことをきっかけに、ふたりは親しくなったのだという。
それ以来、彼女は何度となく幽霊や怪異の類いを視ることが多くなった。そのたびに、天野才に相談を持ちかけたらしい。
……宇賀ハスミの話には感じるところというか、思うところがある。この依頼について大きな示唆があるように思えた。
「そうですか……」
「あの」
「はい?」
「沙也加さんは?」
「……私ですか?」
「私ばっかり話すのもなんか……ですし。お返し、です」
えへへ、と少し照れた様な声が響く。沙也加はしばし虚を突かれたような表情を見せたが、やがて「むふふ」と言わんばかりの表情でこちらを見てきた。さっきから何故、一々僕を見るのか。
「あの、助手の……干乃さん、でしたっけ。あの人は?」
干乃です、こんにちは。と心の中で呟いた。こうなってしまってはもう出ることは叶うまい。すべて沙也加にお任せしよう。
「そうですねぇ……いやぁ、ちょっと照れます。おわかりいただけたでしょうか。将来を約束しあった仲、とでも言うのでしょうか。そういう感じです」
なんでホラービデオ風に言ったのだろう。
「えっと、それってつまり……結婚する予定、なんですか」
……確かにそういう話になってはいたのである。一時、円藤の婿養子にならないか、というような話があった。主に沙也加とその父が乗り気だったのだが、色々あって話は進展していない。
「ええ。タイミングさえ合えば明日にでも籍を入れることでしょう」
「すっごい……おめでとうございます」
「ありがとうございます」
沙也加は調子に乗った様子で宇賀ハスミの言葉に返していく。そのタイミングとやらが合うことがあるのかは疑問であるところだ。
「付き合ってどのくらいなんですか?」
「知り合ったのは大学生の頃ですね。初めて出会ったのは確か講義で偶々一緒になって、一緒に映画についてのプレゼンをする、という課題があったのですが、好きな映画が一緒で……」
そういう言い方をするとまるでロマンティックな一幕だが、第一声が「『戦慄怪奇ファイルコワすぎ!』のプレゼンしませんか?」という提案で、それに「良いね」と僕が答えたのが最初だったはずなのであまり人様に言えるような話でも無い。
「そこから考えると、かれこれ5年は経つでしょうか。月日が経つのはあっという間です」
「……なんか、羨ましいです」
「そうでしょうか?」
「なんていうか……お互いに信頼関係があって、ずっと一緒にいて仕事も一緒にして……」
宇賀ハスミの物言いは、どこか歯切れの悪いものだった。
「私、才くんとそういう風に……」
果たして、続くものは何だったのか。
そういう風になりたい。そういう風にやっていきたい。あるいはそういう風になれる気がしない……とか。僕には彼女の心情を慮ることしかできない。そしてそれは、おそらく正解とはほど遠いものだろう。いずれにせよ、その続きを聴くことは無かった。
スピーカーから「あ……」という声が漏れた。何かに気がついた、というような雰囲気である。
「どうされました?」
沙也加の表情が一気に引き締まる。
彼女のトークによってリラックスした雰囲気にはなっていたが、未だ予断は許されない状況だった。
天井から吊り下げられる影。それに何か進展があったのかも知れない、と耳をそばだてる。
「……影、消えました」
「なんと。素晴らしい。今ですか?」
「いえ……いつのまにか」
沙也加と話している間に、気がつかないうちに消えていたらしい。
「すみません……よく見てなくて」
「いいえ。今大事なのは、その影が宇賀さんに害を及ぼさないことです。そのためにずっとお話をしていたのですから、消えたのというのは喜ばしい」
そのまま、会話を続けるか否かを確認した。時刻は午前0時を回っている。結構な長電話になっていた。
宇賀ハスミも流石に眠くなっていたらしい。よく眠れそうな気がする、ということだった。何かあればすぐさま電話を掛けて貰う、という約束をして通話を切ることにした。
「さて、聞きましたか?」
「そりゃ、目の前にいればね」
彼女たちの会話は全部聞こえていた。対処療法とは言え言葉だけで怪異を祓ったのはファインプレーといえるだろう。
「羨ましい、ですって!端から見ても我々はカップルだったみたいです」
「……そっち!?」とつい声が漏れてしまった。もっとこう、重要なこととか読み取れる情報とか色々あった気がするのだが。
「ま、冗談はともかくとして……ああ、勘違いしないように。我々の関係の話では無く、というのももはや前提条件、当たり前の話なのでこれ以上我々の愛を確認しあうのは冗談染みた睦み合いである、ということを表現した言葉で……」
流石に長いので本題に入って欲しい。
「つまりはですね、何が起きているか、どうやってあの怪異が成立したのか。それについての仮説や予想はとっくに付いています。今回の会話から読み取れることは、その仮説を裏付けるものでしかありません。問題は……」
問題はどう祓うかと言う点だけだ、と彼女は言った。
「第三次産業ですからね。ご依頼者様の希望に叶う展開を提示しなければなりません。それが不可能なのだとしたら……最低限のリスクの説明をしなくてはなりません」
今回の会話から、沙也加は宇賀ハスミにとってのリスクを読み取ることが出来た、という。
「……で、どうする?どうやって退ける?」
質問……というより確認だった。
怪異が人間の想像によって現実に出力されるものであるなら、説得や推理、情報の開示によってそれを解き明かすのが本道なのだろう。が、現行、この仮説を支持するものであっても、それだけでの退魔は難しい、とする者が多かった。
相手の認識の間違いや、思い込みを解きほぐす。そうやって解決するケースも世の中には確かにある。だが、そうやって指摘することで相手の心を頑なにしてしまうケースもまた多くある。あるいは近年の怪談やホラー作品でクローズアップされる『怪異の不可解さ』を補強してしまう、ということも少なくない。因縁や来歴の存在しないはずの場所や人物に降って湧く理不尽な怪異……というモチーフである。いずれにせよ、原則論よりも個別のケースを尊重する必要がある。
それでも概ねの傾向として、言葉と呪具、儀式と言ったものを併用するのが一般的と言えた。
言葉だけで解決する退魔師も、探せばいるのだろう。だが、僕たちにそれだけの力は無く、それは容易ならぬことも知っている。
「剣を使いましょう。ヨリマシは貴方です、セキくん」
用いるのは剣。
ならば、僕はあの少年少女の心を切り裂かねばならない。
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