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 果たして、宇賀ハスミに伝えた電話番号に連絡が来たのはその日の夜10時を過ぎた頃のことだった。烏乃書店はとっくに店じまいしていたが、泊まり込み覚悟でふたりして待機していた。

 スピーカー越しの宇賀ハスミの様子は尋常で無く錯乱した様子だった。恐怖によって言葉が切り刻まれ、意味は断片的にしか取ることが出来ない。しかし、それでもなんとか意味を取ると、概ね次のような内容だった。

「例の影が私の部屋の中に来てるんです!この間まで、窓の外にしか視えなかったのに……!」

 予想通りの展開になっている。このまま進めば……いずれ怪異は宇賀ハスミの元にもっと直接的な形で現れることになるだろう。そう僕と沙也加は考えていた。

「落ち着いてください。難しいでしょうが……現在、家の中にご家族の方はおられますか?」

「は、はい……」

「可能なら部屋から出て家族の方と一緒にいて貰うのが一番です。見受けたところ、例の影はご家族にまで影響を及ぼすほど成長していません。今いらっしゃるのは寝室ですか。お部屋から出ることは可能でしょうか?」

 宇賀ハスミはその質問に否、と答えた。曰く、腰が抜けて動けそうに無いのだという。

「ふむ……分かりました」

 沙也加はあくまで冷静な調子を崩さず話しかけた。が、どうするべきか思案している様子でもあった。

 可能ならすぐさま現地に赴き、対処


対症療法として怪異の影を消すのが最善手だろうが……まさか実家暮らしの女子高生の部屋まで押しかける訳にも行かない。話によると、例の廃屋で何かを感じることは家族には話していないという。ただ体調不良、学校に行くと気分が悪くなる……とだけ伝えている。家族は心配しつつも遠巻きに彼女を見守っている……という状況らしい。

「わかりました。ではお話をしましょう!」

 沙也加は明るい雰囲気で提案した。スピーカー越しに困惑する様子が伝わってくるが、しかし荒唐無稽な提案でもなかった。

「こういう時、この手の存在に必要以上に恐怖するのは悪手です。いつもどおり、平静な気持ちを保てれば、おのずと消えていきます。そうだ、宇賀さんジブリ映画はご覧になりますか?」

「えっと……はい」

 沙也加の問いに宇賀はおずおず、と言う様子で答えた。沙也加にしては一般的な世間話のチョイスである。

「そうですかそうですか。一番好きな作品は何でしょう?」

「えっと……耳をすませばとか…」

「ああ、良いですよね。私は天空の城ラピュタが好きです。見たことあります?」

「あります。再放送とかで……」

「名作ですからねぇ。私、ガールミーツボーイに目が無いのです。ところで」

 と言った瞬間に沙也加の目が急に爛々とし始めたのに気づく。まさか。

「天空の城ラピュタ、と言えば二種類のエンディングがある、という話は知っていますか?ちょっとした都市伝説なのですが、本来のエンディングだとシータとパズーが空賊たちと別れて終わりなのですが、ネットでは多くの人々が別パターンの終わりを見た、と言っているのです。それがシータがひとり、家で佇んでいるところに成長したパズーが迎えに来るというパターンで……」

 ……いやいや。この話題選びはどうなのだろう。首吊りの影を誤魔化すために都市伝説を用いる、というのは倒錯しているように思えてならない。いつ止めるべきか思案する。

「えっ。そうなんですか?そんなバージョンみたこと無いです」

 が、大丈夫だったみたいである。思ったより食いつきが良い。

 ともかく、沙也加はこの都市伝説の話で時間を持たせていく。話の沿革から人々の反応を語る沙也加、それに対して思いのほか食いついた宇賀ハスミ、という様に話は進んでいった。

「……というわけでですね、宮崎駿氏による小説版だとこの都市伝説に近いエンディングだそうなので、これが皆の記憶にこびりついたのでは無いか、と言われています」

 ついに最後まで語り終えた瞬間、彼女はハッと何かに気が付いたような表情をした。

 どうしたのだろう。まさか、何か重要なことにでも気づいたのだろうか、と息を呑んで次の沙也加の言葉を待った。

「信じるか信じないかは貴女次第です」

 この一言と共に、ドヤァという顔でこちらを向く。……気持ちは分からないでも無い。都市伝説トークを披露してこれで締めるのはさぞ気持ち良かろう。しかし何か大事なことに気が付いたのかと感心した僕の気持ちを返して欲しい。

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