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 その日からあの家についての情報収集に努めた。ソース元は有名なオカルト系住宅情報サイト、ニュースサイト、SNSの投稿、掲示板の地元スレッド等々である。

 また、退魔師の繋がりも利用していく。同業者の中には、過去に同じような案件を手がけた、という人がいることは珍しくない。そうした情報を共有するネットワークもあるので、そちらからも情報収集していく。

 そうする内に、一つの図が見えてきた。

「あの家自体に因縁は存在しない。そう考えるべきでしょうね」

 沙也加は「つまりませんねぇ」と不謹慎なことを不服そうにぼやく。

 調べた限り、あの家は心理的瑕疵物件では無かった。そもそも廃屋……というのでも無い。現在の管理者は60代の女性である。10年ほど前までその女性の両親夫妻が住んでいたという。その家を相続したが当人が住むのも処分するのも気が進まず……という流れらしかった。現地の不動産屋のホームページを確認してみたところ、賃貸として貸し出ししているのが把握できた。不動産に問い合わせもしてみたが、どうやら入居希望者はいないようである。

 加えて、一家心中の噂についてだが……こちらは噂自体は存在する。インターネットの地方掲示板の怪談スレッドなどで語られるローカルなネタである。が、そこで描かれている情報を元に各種ニュースサイトを検索したが情報は出てこなかった。もっと詳しく調べようと新聞社のデータベースを調べに図書館まで行ったが「自治体名+一家心中」で検索しても引っかからない。

「ジェイソン村の類例でしょうね。心中とか皆殺しとか、そういうおどろおどろしい事件があった……と語ることで、事故も事件も無かった場所を心霊スポットに変化させてしまう。そのケースのひとつ、というわけです」

「まるで過去に本当に殺人があって欲しかったみたいな言い方だな」

「ホンモノの可能性が上がりますからねぇ。私でも視えたり障りが起きたりするかもしれませんし……あるいは視えずとも”そこで過去に何かかがあった”ことは事実になるわけです。ヒトコワ怪談の舞台にはなります。しかし、これではそれも望めません」

 なんというかまた、趣味に走った物言いである。

 彼女にとって怪異とは退けるべきモノであるが、同時に実在していて欲しいもの、自分の目の前に現れて欲しいものでもある。

 怪異を視れない自分の前に、何かが現れて欲しい。可能ならその姿を視てみたい……という、そういう欲を持っている。そのせいか、度々不謹慎な物言いに走りがちだった。

 とはいえこれもいつものことだったし、沙也加は自分好みの話では無かったからと言って仕事の手を抜いたりもしない。

「問題は家よりも、依頼者のおふたりにある、ということになりますね」

「あの二人の内どちらかが……あるいはどちらもが、あの影を作り出しているってわけか」

「おそらく。今回も架空存在仮説に照らし合わせて考えて良いでしょう」

 架空存在仮説。円藤沙也加が魔を退ける上で用いる理論である。一部の退魔師の間で信奉されているらしい。

 人間の脳は電気信号によってシナプス同士が連携している。様々な想像や思索を行うことによって、特定のシナプスのネットワークが発火していくわけだが……この世界にはこの電気信号に反応する物質が存在し、それが過去、語られてきた怨霊や妖怪、そして現代の怪談や都市伝説で語られる霊や怪異を実体化させているのではないか……という考え方だった。

 この仮説ならば、例えば存在しないはずの出来事に基づく呪いや怨霊が人々に害を為すことに説明が付けられる、という。

 かつて沙也加はこういう風に言っていた。

「心霊科学の歴史は霊魂の存在を否定してきました。少なくとも、定量的な観測は出来ていません。しかし、それは確かに在るのです。過去の怨念や因果に基づくとしか思えない怪異や現象もあれば、まったく架空の事件や人物が呼び水となって現実を浸食するケースもあります。……その理由を説明するための仮説が、この架空存在仮説ということになります」

 そして、この理論によって今回の依頼も解釈することができる、と沙也加は言う。

 が。

「……まだ、ですね」

「情報が足りない。いや、状況が進んでないか」

 独り言つ沙也加に相槌を入れる。状況を再確認するだけの言葉のやり取りだ。

「解釈できるだけです。状況の理解には程遠い。しかし……そうですね。今夜あたり、何か状況が動くのではないかと」

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