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 宇賀ハスミと天野才が烏乃書店にやってきたのは10時50分のことだった。年若い少年少女の二人連れが店先で入るのを躊躇しているのが見えたので、声を掛けると緊張した面持ちで店内へと入っていく。

 場所はカウンターの奥、先ほどまで沙也加と僕が世間話をしていた座敷である。

「ようこそおいでくださいました。円藤沙也加えんどうさやかと申します。こちらは助手の干乃赤冶ほしのせきやです。今回はわたくしどもでこの件に関わらせていただきます」

 沙也加は自分と助手……つまり僕の自己紹介を済ませると、早速二人のヒアリングに取りかかった。

「事前にお話は書面にて頂きまして、確認しております。大まかな依頼内容や、これまでの経緯も把握しております。……が、可能なら当事者である、お二人の口から、今一度この件について直接お聞きしたいのです。お手数ですが、どうぞよろしくお願い致します」

 よどみなく、巫山戯た様子も無い沙也加の真面目な仕事モードに二人は圧倒されているようだった。「は、はい」と、吃音気味の返事が返ってくる。

 ふたりはしばらく、目を見合わせていた。どちらから語り始めるのか、決めかねているようだった。

「えっと、じゃあ……始まりはハスミが通学路にある家から奇妙な雰囲気を感じ取ったことなんですけど……」

 意を決したのは天野才の方だった。彼の言葉をきっかけに二人が、これまでに起こったことを語り始めた。主に天野が経緯と彼が調べた因縁を語り、それに付随して宇賀ハスミが感じ取ったことを語る、という流れである。

 とはいえ、話の流れ自体は事前に沙也加から聞いていた内容とそう変わり無かった。

 ここで読み取るべきは、二人の関係性とスタンス、と言うべきだろうか。

「調べたところによると、あの家で心中があった、ということなんです。ただ、彼女はそれを知る前から何か、禍々しいものを感じていたみたいで……な、ハスミ?」

「ああ、うん。前々から、薄黒い雰囲気というか、オーラというか、そういうものは感じていて……」

 概ね、天野才の話に対して、宇賀ハスミが補足する、という雰囲気があった。天野才の方が積極的な雰囲気がある。そもそも、この依頼をしたのも彼の方であるらしい。

 天野才は事態に対して能動的に動いてる。対して宇賀ハスミは……決して消極的というのでは無いけれど、率先して動こうという感じでは無い。天野の行動に身を任せている、という雰囲気があった。


 15分ほどで二人の話は終わった。展開とか内容自体は、沙也加の口伝手で聞いているものと変わりが無い。

「なるほど。それで、天野さんが私たちのことを聞いてご依頼頂いた、というわけですね」

「……はい。SNSのフォロワーさんにこういう事件に巻き込まれたことがある人がいて。その人に相談したら」

 退魔師に行き当たったらしい。

 おそらく円藤沙也加個人に依頼をした、と言うのでは無いのだろう。円藤家に来た依頼の中から、スケジュールや予算などの都合から沙也加に割り振られたのではないか。

「ではこちらからいくつか質問させて頂きますが、宜しいでしょうか」

「はい」

「では宇賀さんに。この怪異に見舞われたのは高校に進学してから。これは間違いありませんね」

「え……あ、はい」

「ではもう一つ。これ以前に、似たようなことを感じたことはありますか?」

「中学の頃に……」

 宇賀ハスミはちら、と天野才に視線をやった。後を引き取るように天野が語り出す。

「あの時は学校の中でハスミが霊を感じ取ったんです。赤ちゃんの声がする、という噂話があったんですけど、それも調べていくと元々僕たちの学校ってお寺があった場所みたいで、そこで水子供養を……」

 む、と口の中で唸った。少し、気になる。水子供養のことでは無い。いや、それも少し気になるのだが……いずれにせよ、今指摘することでは無い。

「なるほどです。過去に何度か、こういうことに見舞われてきたのですね」

「はい」

「しかし、我々のようなものに声を掛けたのは始めてなのですね。これまで相談してみたことは?」

「ありません」

 天野が答えた。

「ではなぜ、我々に相談を?」

「なんというか……ハスミがここまで弱ったことはこれまでは無かったから……」

「そうですか。ふむふむ……では宇賀さんは?」

「へ?」

 急に水を向けられた形になった宇賀ハスミが驚いたように声を漏らした。

「宇賀さんはこれまで、我々の様な退魔師、拝み屋、あるいはそうしたものを取り扱っているお寺や神社に相談されたことなどありますか?」

「いえ……ありません」

 沙也加は「そうですか」と相手を安心させるように微笑む。不安そうに、どこか気後れしているように見える宇賀ハスミを安心させるためのようだった。

「セキくん」

「うん?」

「セキくんも何か尋ねたいことなどありますか?」

 ……ひとつ、あると言えばある。沙也加の尋ね方、聞き出そうとしている方向から言って、彼女も同じことを考えているのでは無いか。

「ひとつだけ。宇賀さんが何かを……そう、今回のような怪異を視たり、感じたりしたのは今回が初めてじゃ無いってことだけど。じゃあ、一番最初に視たのはいつから?」

「……中学生になってから、です」

「幼稚園とか小学生の頃は、視てない?」

「多分、ですけど」

「分かった。ありがとう。僕からはそれくらいかな」

 沙也加にまた返すと、彼女も概ねこの場での聞き取りは終わったようだった。

「というわけで、可能ならこれから実際に現地を確認したいのです。もちろん、宇賀さんに関しては無理に、とはいえません。先にお帰り頂くか、あるいは近場の方でお待ち頂く、というのも大丈夫です」

 沙也加の問いに、宇賀ハスミは近くにあるチェーンのコーヒーショップで待つ、と答えた。現地にまでは行きたくない、ということだろう。

 話は決まった。店の戸締まりと「臨時休業」の張り紙をしてテナントを離れることにした。我が烏乃書店では良くある光景だ。行っても開いてないことが多い。一応、お客が来る可能性を鑑みて宣伝SNSの方に「本日臨時休業です」という投稿をした。これで後顧の憂いは無い。

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