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「……現在、宇賀さんは体調不良で学校を休んでいるみたいです。登校拒否、というわけです。どうしてもその家の前を通りたくないのですね」
「はぁ」
気のない返事を返してしまった。急に始まった怪談をどう捉えればいいのか図りかねていた。
「しかし、それならその家を通らなきゃ良いのでは?時間のロスになるとは言え、無理して通ることも無いだろ」
「ええ。影を視た日から、しばらくはそうしていた見たいです。……ただ、それからのっぴきならない状況になった、ということなのですよ。というのものですね」
例の廃屋の前を通りかかった日の夜。部屋で就寝しようという時。彼女は……窓の外に、吊された影の姿を視てしまったのだ、という。 しばらくは気のせいだ、と思って無視しようとした。あの家の前を通らないように通学路も変えた。盛り塩とか酒とか除菌剤とか、
ネットなどで語られる除霊法も試してみた。だが、夜毎影は窓の外に現れるのだ、という。 ぷらん、ぷらんと、振り子の様に。その瞳だけは爛々と輝く、暗い影の姿が。
「それでですね。今日、その宇賀さんと天野さんがここに来ることになってます」
「……なんで?」
「なんでって……それはもちろん。依頼を受けたからですよ。例の廃家の怪異を退けて欲しい、というご依頼を」
僕は天井を眺めた。素っ気ない蛍光灯が揺らぐ姿は心を落ち着けさせてくれる。たっぷり十秒くらい眺めてから一言呟いた。
「そっちかー……」
円藤沙也加は烏乃書店の主だが……こちらは道楽を兼ねた副業だった。別段忍んではいないが、仮の姿だ。円藤沙也加は退魔師である。
幽霊とか妖怪とか化け物とか、そうした奇なるモノ、怪なるモノ一般を取り扱い、退けることを生業としている。つまりは書店の方と同じジャンルといえる。
円藤家は魔を祓う一族なのだという。彼女の母も祖母も、曾祖母も……連綿と受け継がれてきた。
なのでこの書店は彼女の隠れ蓑なのだ……というとそれはそれで「違います」と彼女は心外そうな顔をする。
「実益を兼ねた趣味、というのが正確なところでしょうか」
そこらへん、彼女は譲れないらしい。
退魔師の家に生まれたのは偶々。彼女はそうした物事が好きだから関わっているのだ。
「円藤家に生まれていなければ怪談師がオカルト系ライターでも志していたかも知れません。あるいはやっぱりこの書店を開いていたかも」
というわけで、彼女は良くこの手の話をする。オカルティックな話、妖しい話を趣味として、である。宇宙人のこともあれば陰謀論のこともあるし、都市伝説や民俗学についてのこともあり……内容はまちまちだ。その中には怪談も含まれている。
……問題は彼女が語るそうした話が、趣味の話なのか依頼の話なのか、極めてわかりにくい、ということだった。この一ヶ月、世間話として怪談染みた他人の体験談を語ることは何回かあった。時折は「それって依頼の話?」と鎌を掛けたりもしてみたが。「いいえ?ただの怪談ですけど」ときょとんとした顔で返されてきた。この稼業にも閑散期があるのやも、と思っていたのだが、ここに来て仕事の方だとは。
ともかくも、普通なら早晩潰れるような書店が成り立っているのは退魔の仕事によるところが大きい。依頼があるとなると、受けない訳には行かなかった。
「先方の方がいらっしゃいますのが11時頃になってます。なので郵便局には早めにいって頂ければ……」
ということで思い出したらしい。きっかけは『憑霊信仰論』の方の話では無かったようだ。ともかくも、彼女の言うとおりその足で郵便局まで向かい、30分ほどして何とか戻り、そのまま先方の来店を待つことにした。
「しかし、どう思います?」
「今回の依頼の話?」
「ですです」
どう思うと言われても……である。今のところ何とも言えなかった。
「感想と言えばもっと早く伝えて欲しかった、かな」
「いやぁ……その、なんと言いましょうか。そう。先入観を持たずに依頼に臨んで頂ければ、という配慮と申しますか」
そういう抜き打ちテスト染みた所業は配慮とは言わないと思うのだが。
とまぁ、それは亀も毛ということで。
「真面目に答えると……その実際の家に行ってみないと解らなくないか?」
「ですねぇ……おふたりの通われている学校の最寄り駅は既に聞いていますが」
と言って、タブレットを手渡してきた。依頼についての情報を纏めたファイルが表示されている。
「ご覧の通り、中野からはそう遠くありませんので、まず現地を見に行くのはアリでしょうね」
「依頼者さんにも来て貰う?」
「どうでしょう……それが望ましいのは確かですが」
宇賀さんの体調のことがあります、と彼女は答えた。確かにそれで体調を崩しているのだから来て貰うのは本末転倒だ。
「宇賀さんの方は難しいでしょうが、天野さんには案内して貰うのが良いでしょうね」
ともかくも、僕たちは情報を集めるところから始めなければならない。
隗より始めよ、という訳で、さしあたっては二人の様子を確認するところから始めることにしよう。
「……ふふっ」
「何?」
「『怪より始めよ』。良い言葉ですね」
そういうくだらないことを言う人の相手はしてられない。反応は返さないものとする。
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