第9話<終>一粒の灯り
気を失う彼女を、ベッドに静かに横たえるとジェフリーは血の付いた口もとをぬぐいもせず泣いた。
―――― 血は人の心を映し出す。
彼女の血は、忘れがたいほど甘美な味がした。
これは、恋心。
(このまま奪いされたらどんなによいか!)
彼の心は、はじめから決まっていた。
「こんな闇の生き物に、君をすることなどできるわけがない。太陽とともに生きていくがいい……。君はそのほうが似合う」
別れを知らないはずのエヴァンゼリンの頬を一筋の涙が伝う。
その柔らかな頬に触れ涙をぬぐうとジェフリーは本当の気持ちを語りかけた。
「もしも、失われるはずの命だったならば、神よりもらい受けただろう。
ヴァンパイアの仲間として、愛しい人として……」
けれども、彼女は、健康になりこれからもずっと青空の下で生きていけるのだ。
彼が望んでも手に入らない世界を、彼女から奪うことなどできなかった。
ヴァンパイアは、細い月を見上げ夜空へ飛んだ。
虚空から、エヴァンゼリンの部屋を見下ろす。
明かりひとつない真っ暗な部屋だが、彼には確かに赤い炎が見える気がした。
エヴァンゼリンの命の輝きが。
その昔、地獄にすら行けなかった哀れな男ジャックに、悪魔が同情し一粒の石炭をくれたという。
哀れな男は、きっと赤く燃える石炭を身を焦がしながらも大切に抱き続けてだろう。
哀れなヴァンパイアに、だれが一粒の灯りを授けたのだろうか?
エヴァンゼリンという灯りを……。
彼は、一粒の灯りを愛しみ、そして愛しいがゆえに手放した。
「さようなら、エヴァ……」
彼はもう自分が哀れだとは思わなかった。
目を閉じれば、エヴァンゼリンという灯りは心を暖かくしてくれる。
ヴァンパイアは、マントをひるがえし闇へ消えていった。
そして、朝日が昇る。
魔は払われ、
新しい年が来る。
E N D
一粒の灯り(お題:ハロウィン) 天城らん @amagi_ran
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