第8話 優しい闇



 そして、

 エヴァンゼリンは、待っていた。


 純白のドレスを身にまといながら、彼が来ることを……。


 今日は、約束のハロウィン。

 どの家も、部屋中に明かりをつけるというのに、エヴァンゼリンの部屋には蝋燭の明かりすらなかった。

 彼女の部屋を照らすのは、細く頼りない今にも泣き出しそうな月明かりのみ。


(ジェフリー、早く迎えに来て……)


 エヴァンゼリンは、胸元にあるアメジストのブローチを両手で包み込んだ。

 彼女は、人間であることを捨て彼と同じヴァンパイアになる。

 覚悟はできていた。


 風もないのに白いカーテンがふわりと揺れる。


「せっかく大人になれたというのに、夜の世界で生きることを選ぶのかい?」


 闇の中にいても、ジェフリーの気配を感じた。

 安らかな夜の空気を纏った人。


「あなたを失うくらいなら、太陽も惜しくはないの!」


 エヴァンゼリンの言葉を聞き、ジェフリーは彼女を抱きしめた。


 約束の日であったが、ジェフリーは彼女を遠巻きに見守りそのまま去るつもりだった。

 太陽の匂いが似合う彼女を、夜の檻に閉じ込めるなどどうしてもできないからだ。

 しかし、今にも泣き出しそうな彼女を見つけ声をかけずにはいられなくなった。 

 来てしまったことは間違いだったのかもしれない。

 けれど、出会ったことまで間違いであったとは思いたくなかった。


「エヴァ、君の事を愛している」


 エヴァンゼリンが瞳を閉じると、薔薇色の唇にひとつの口づけが降る。

 そして、それは繰り返され胸が締めつけられるような秋の雨へ変わった。


「君の血が欲しい」


 吐息交じりのかすれる声でそう言われ、エヴァンゼリンは返事の代わりに自ら口付けを返した。

 彼女の白磁の首筋に、ゆっくりとヴァンパイアの牙が沈む。

 痛みはない。だが、彼の触れた首筋は狂わしいほど熱く感じた。

 ジェフリーの喉が鳴ると、エヴァンゼリンはこらえきれず声を漏らす。

 体中の血液が彼に共鳴し逆巻くのが分かる。


「ジェフ、これからはずっと一緒よね?」


(なのに、どうして悲しい目をしているの……?)


 エヴァンゼリンの意識は、優しい闇の中に吸い込まれていった。


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