ディストバニッシュ

釣ール

適応力を求められ

 何が高校生だ。

 穂樹らるーんは裸足で蚊を倒し、ゴキブリを簡易洗剤で討伐する。


 一年前は中学三年生で喧嘩ではなく、公式によるルールで人間を相手に戦っていた。

 周囲は皆、コンプラが厳しいこの現代でやっていけるか不安になる程の筋肉質と勉強をサボる才能で散々殴り、蹴りあった後に己の道へ行ってしまった。


 ふざけやがって。

 先輩達のSNSではジム内や同世代の関係とは仲よさそうな写真ばかり投稿されている。

 実際その通りなのだが穂樹はいつも疑問を抱く。


 何故なら。

 その投稿を幸せアピールと勘違いした奴に受験期間嫌がらせを受けたからだ。



 お前ら結婚はギャンブルって知ってる?


 愛なんてフィクションだけで実際は子供のように何かを貰ってばかりの生活を幸せと偽って港区女子のような選択肢の多さと逞しさがないと遅れた日本ではやっていけないってわからない?


 インターネットや書店でゴリ押されている自称出来る人の文章と教育で習わされる内容から分かるのは中身のない人生の方がマシだってことかもしれないのでは?


 高校へ行く時になるべく知り合いに会わなくて、治安と偏差値の高い場所へ進学し令和を生き残り時代遅れの化石から抜けて自由を目指しどれだけ武力を健康の為にと続けてきたか、どこでも生きていける筋肉質連中と陽キャラ気取りの先輩ファイターに嫌気がさした穂樹の痛みは上手く猫箱へと閉ざし、一般的な生活を送る計画を中学卒業と同時に実行したのだった。



 しかし!

 友人ができ、あまり知らなかった面白そうな過去の図書やゲームを他の高校なら高嶺の花になりそうな男女と共に人間関係を構築。


 彼彼女らは本当に治安が良くて、勘が良

 く、穂樹はそこをファイター経験でカバーしながら高校生活を楽しんでいた。


 それなのに…なんだか納得いかない。


 スパーで負けた腹いせにと穂樹を呼び出して代わりに課題を手伝わされ、そうでないと「蹴るぞ」と脅してきた二つ上の先輩男子はそのズル賢さで座学すれば良いのにとツッコミを入れた穂樹を組み技でねじ伏せてきた。



「この悔しさを残したままだと後のプランが崩れる!」


 穂樹はとっさに判断で間違って作動したスマホのカメラで一部始終を録画して止め、課題を終わらせた後に油断した先輩の急所へ


「未確認の外来種がいますよ!」


 と、かかと落としで急所を狙って清算した。


 もうそんな生活も終わって後は大学へ行き、つまらなそうな社会人生活を水商売のプロのように楽しく演じて愚痴を語りながら家庭を築いて…。


 そんなことを考えているうちに思い出フィルターが発動してしまった。



 対戦相手の親が、穂樹が判定で試合に勝った時にクレームをつけて無理やり勝ちにしようとしたのを


「やっぱそうくるか。」


猪祈いのら、今の時代どこまでが少年少女として清算できる?

 俺達はもう、このまま黙っているしかないのか?」


「穂樹…お前は自分の勝利を信じられないのか?

 俺は全てカメラでチェックし、あのモンスターペアレントの穴を見つけたぜ。」


「わかった。

 どのプランだ?」



 あの後は若気の至りで、見よう見まねのサスペンスドラマをなぞってモンスターペアレントと知力で戦った。


 嫌な思い出だが番外戦術を楽しめた友がファイターにいて良かったと心の底から思った。


 その後にお互いに彼女ができて、猪祈はそのまま二人でインフルエンサーを兼ねながら都市へ引っ越して偏差値は低いけど楽しく高校生活を送っているとSNSでは公表せず、夏休みに知り合いから地元で聞いたっけ。


 こっちも実家暮らしをやめて、物欲がないのを理由に溜めた金で生活費だけはためた。

 学費は払ってもらっているが恩を互いに売らず、アラサー以降の人間が未だに独身で悩む姿に恋愛がうまくいかなかった自分を重ね合わせながら、高校生活で人間関係を新しく構築しようと試行錯誤していたら疲れてしまった。


 二次元にはまった人間の楽しそうな姿を自分もやれると思ってイラスト投稿サイトでエグいものを見てから、フィルタリング設定を徹底して好きな絵だけ眺めている。


 すると刺激が足りず、かといって友達がいても時代遅れの他者への差別以外は優良なので連んでいるが


「こいつらとも卒業したら疎遠になりそう。」


 とプランを考えてしまう。

 まさかここにきて殴り合って蹴り合っていた方がマシだったなんて。


 思えば先輩達のSNSは


「インフルエンサーや芸能人でもないのになんで恋愛や私生活まで投稿して売らないといけないんだ?

 殴れば済む話だろう?」


 と物騒だが自分達はそれが許されていて、場所も限定しているのでフェアだった。

 だから容認してしまった。


 これ、思い出フィルターなのかな。

 なんでこんなに暮らすだけで生きづらいんだ。


 高校一年生にして今の暮らしにウンザリしている。

 勿論こんなのは無い物ねだりだ。

 けど、線引きをしないと情報社会ではやっていけない。

 それに…親切や善行よりも高度なスパーや組み技や、時に反則技を食らって仕返しに更に相手の急所を狙ってスマホや他の弱点を探ってトドメを刺す生活ならまだ公平に危険だから歴史によって対処ができる。


 何か足らないのだろうか。

 だから辛いのか?


 いつのまにか何処かの廊下まで歩き、「討論部」と書かれた教室にいた。


 討論か。

 結局、口でねじ伏せるだけ。

 大抵泣くのは男子だし。

 でも、今は女性解放の時代。

 そんな弱気なことを女性ファイターに女性が語ったら鼻で笑わそうなのに。


 はぁ。

 もうあの治安の悪さとフェア性には戻れない。

 討論なんて無駄だ。


 踵を返すと目の前に男女が立っていた。

 恐らく先輩で、相当ディープな関係なのかもしれない。


 穂樹にはわかる。

 この二人は外見だけ美麗に取り繕った野生的な強者だ。

 いつのまにかこの二人の縄張りを荒らしたのか笑顔で威圧されている。


「君、なんでこんな所にいるの?

 一年生だよね?

 ここは偏差値だけじゃ判断できない複雑なルールがあるんだよ。」


「さっきの姿、見ちゃったりしてないよね?

 ここは隠しエリアだから羽目を外すにはちょうど良くて…けれど君のような坊やが通っていいところではない。

 わかった?」


 本来ならここで帰ればいい。

 だがこの威圧感は昔を思い出す。

 しかし困ったなあ。

 この二人は初見だ。

 対処に時間がかかる。


 暴力や暴言を使わずに、ルールの穴を利用する。


 しかし高校一年生男子にそれが使えるのは至難の業。


 くそっ。

 だがこのまま引き下がるわけには!


 ルールの穴があるということは暴力が振るわれる可能性もある。

 令和とはいっても介護問題が解消されていないのに愛をエゴに変換してこいつらのように本能を理由に生きる人間もいるのだ。


 そして二人とも強い!

 だがここで負けるわけには…


「提案が二つあります。」


 穂樹の声ではない。

 討論部と書かれた教室から誰か出てきた。


 スマホも何も持たず、麗しいパフュームの香りを溢れさせて廊下に見えない華の嵐を吹かす女子高生が現れた。


「今回のディベートは『先輩と後輩』。

 あなたたちは先輩側へ。

 わたしたちは後輩側へ。」


 な、何が始まるのだ?

 穂樹は更に強そうな相手がこちら側で良かったと少しだけ安心した。


「先輩側は俺達か。

 討論部の強さに守られてこの区間は好きにさせてもらった。

 だがあんたは討論部の人間であって生徒会ではない!


 多様性の側面においても俺達の付き合い方は実に限定的かつ他生徒への刺激にもなっていない!


 俺達はそこの一年生にここへきてはいけないと優しく教えただけだ!


 先輩側の意見がここでは正当な理由。

 討論部部長。


 ここで何が起きたのかはあんたにもわからないしジャッジできない!


 するとしたら、先輩としてこちらへ着くこと。

 ディベートはこれで終わりだ。」


 ほお。

 ならこの二人は自分を憂さ晴らしで攻撃したくて話すことのできない高尚な行いを見られたことにし、いじめようとしたわけか。


 穂樹は二人の攻撃理由はわかったが肝心なここまでの証拠は適当に歩いてここにやってきただけなので分からない!

 危機管理能力が減ったのが仇となった!


 しかし後輩側の先輩女子高生は優しい目でウインクし、こちらの自信をあげてくれた。

 あまり美女ってわけでもないけれどその頼もしさは彼女ならではの生きづらさを匂わせた。


 そして彼女はフィクションのように人差し指を向けてディベートを交わす。


「たしかに後輩側へ落ち度はある。

 危ない場所とわかっていつつもリスクを予測できず入ってしまったかのような落ち度。


 更にわたしも討論部部長としてセキュリティが弱いことを部のディベート練習を許可させるために生徒会の意向と配慮を断って存続しているため、県大会で実績があっても犬猿の仲。


 だが。

 あなたたちはこの高校にいる生徒会のことを何も知らない。


 ここには確かに防犯カメラは存在しない!

 だがここでは徹底した清掃の達人がいる!

 いつぞや、我が部の誇りである清掃の達人がわたしにある証拠を渡してきた。


 あなたたちが今までしてきた抑圧の解放の証拠はここにある!


 よってわたしは後輩側の行動は規律を守る者の僅かかつ人間なら誰しも行うニアミスと判断し、後輩側は無実であると証拠と論理によって宣言する!」


 二人はその証拠を確認し、慌てて回収した後で「二度と来るか!」と去っていった。



「前から外が騒がしいと思ったら…。

 生徒会と変な亀裂できたのもあの二人のせいだったなんて。

 ごめんね。

 新入生を巻き込んじゃうなんて。」


 いや、入部とかするわけじゃないのに。

 だが穂樹はぺこりと礼をして、感謝の言葉を述べる。


「危ないところを助けていただき、有難う御座います。」


 先輩は首を傾げて穂樹の周りを確認する。


「そっか。

 入部目的じゃなくて、たまたまここへ考えなしにきて巻き込まれたってわけね。」


「そ、それだと俺が間抜けみたいになってしまいますけど。」


 ディベートばかりしているからか、圧がある。

 しかし先輩は優しく穂樹の頭を撫で、お菓子を渡してくれた。


「君、運動部に入ってたりする?

 筋トレ動画投稿者やアスリート投稿者が多い昨今でもなかなか見ない筋肉が制服から見えてつい見惚れちゃって。」


「そ、そこまで鍛えていませんよ。

 今はもう。」


 つい漏れてしまった言葉に先輩は反応した。

 しまった。

 照れる。

 さっきのこともあったから。

 穂樹は久しぶりに先輩とはいえ、女子生徒へ純粋なはずかしさを抱く。


「コンタクトスポーツかな?

 それだったら未だに世間の評価は厳しいかもしれない。

 私もね、中学時代に好きな男の子がいてそっちの道へ向かって付き合いが減っちゃって。

 けど、討論力は馬鹿に出来なかったでしょう?

 掃除も大事なことわかったでしょう?」


 さっき先輩の動きを中学時代のスパーを思い出して目視等で徹底チェックしていた。

 ある事情で読唇術も使っていたからこの流れは約束されていた。


「わかりました。

 入部します!」


 先輩は歳相応に笑顔とガッツポーズを見せる。


「詳しい事情やスケジュールを教えてくれたのなら、セッティングするから。」


 穂樹はこの方の力になろうと密かに決心した。

 そして討論力と清掃。

 清掃もいつのまにか習得しているつもりだったのかもしれない。


 それも含めてこの部で生きづらさと戦う術を学ぶ。

 そして…あの時の先輩が魅せた逞しさと頼もしさは尊敬している。


 ここでへばったら情けない!


 久しぶりに穂樹は拳を握りしめ、勇気を出して討論部の教室へ入るのだった。

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ディストバニッシュ 釣ール @pixixy1O

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