第9話 その後
数日後
凛子と末広は日常生活に戻っていった。二人は翌日にはもう学校に戻って、元気に学校生活を送っていた。末広はたまにため息をして空を眺めていたが、それ以外は今までと同じような感じだったらしい。
ただ一人、俺だけは現実に戻れずに数日間学校を休んだ。雅子の件は光の両親にはにはもうすでに伝わっていたので反対されることがなく、問題なく休むことができた。
それはそうとして、社会全体としてはいい方向に向かっていた。野球選手に対する誹謗中傷は止まり、選手自身も先制タイムリーを含む二安四打四出塁の大活躍。監督もチームの三連勝による采配批判の減少。さらに戦争は国連の干渉による侵略国の降伏により世界は平和に突き進んでいった。
しかし俺にとっては違うのだ。俺は雅子を失った。そのダメージがまだ残っている。まだ外に出ることができるわけがない。
「ピンポーン」
玄関から音が鳴る。来訪者が来たようだ。
「光さんいますか?」
「ああ、いますよ。相変わらず引きこもってしまっているけどね」
「じゃあお邪魔します」
そして彼女は家の中に入っていく。
「トントン」
部屋のドアがノックされる。
「光さん今いいですか?」
凛子が聞く。
「篠宮さんか」
「うん、心配になって」
「そうか、悪いな、心配をかけて」
布団にくるまってゲームしながら答える。
「うん、本当だよ。末広君も心配してたよ」
「そうか」
「ねえちょっと外に出ない?」
「だめだ」
「なんでよ?」
「雅子はあああいっていたが、俺はお前のことを許せそうにはない。末広はまだわかる。親友だからな。だけどお前は雅子とは会ったことがなかった。それなのに雅子を除霊することに積極的だった。俺は雅子の遺言があったとしても、お前を許せない」
見知らぬ一般的な同じ学校の子とかだったらいい、でも、友達にはなれない。
「……でも! それとこれは関係ありません。外に出ましょう」
「そうじゃなくて、まるでその態度が俺を雅子から奪い取ろうという感じだったからだ。雅子帰ってきてくれよ」
「私は光さんが好きです、それで光さんと付き合いたい。それは事実です。でもこれは大峰さんの願いでもあるんです。このままでいいなんて思いません。頼みます。外に出てください」
「なら末広を連れてこい」
「もう! いうこと聞かないんですから。行きますよ」
「ちょっとやめろ!」
そして外に連れ出されてしまった。
そして俺たちは外に出て歩き始める。個人的にはなんでこいつと歩かなくてはいけないんだという気持ちだが。
「やっぱりまだ立ち直れてないの?」
「うん、まだ悲しくて」
それも当然理由の一つだ。
「そうですか、私じゃあ代わりになれませんか?」
凛子は聞く。
「え?」
凛子の急な発言に面食らった。
「私だったら雅子さんの代わりになれませんか」
そういう意味か、お断りだ。
「代わりにはなれない」
「ふふ」
凛子は軽く笑う。なんだよ。
「どうしたんだ?」
「いえ、そんなことを言うのはわかってましたよ。でもせめて穴を埋めるお手伝いをさせてください」
「無理だ!」
「というわけで、社会復帰のためのお手伝いをしましょう、というわけで、さっそくゲームセンターに行きましょう」
「え?」
「そりゃあこのままでいいわけないじゃないですか、別に行きたいところがあったら別にいいんですよ」
「いや、俺はお前と出かけたい訳じゃないから」
「いえ、これは強制です」
凛子に引っ張られていく。何を考えてるんだこいつは。いや、考えてることはわかる。俺と付き合うためだろう。だが、そんなものにあっさり従うほど俺も終わっていないつもりだ。
「さあつきましたよ」
そしてゲームセンターに着いた。人が多いな。
「じゃあ太鼓の名人やりましょうか」
そう言って凛子は太鼓ゲームを勧める。一応ゲーセンに付き合ってやるか。
「私はこの曲がいいんですけど光君はどうですか?」
「ああ、俺もこの曲知ってるからそれでいいよ」
そして俺たちは皆記伝鼓をたたいていく。
ああ、懐かしいなと光は思う。過去にこうやって雅子と叩いたことがあるのだ。そんなことを考えていると涙が出てきてしまう。
「あれ、なんでだろう、涙が止まらないや」
彼自身涙を止めようと努力するが、今の彼の意志では止めることができない。
「光さん、気持ちわかりますよ。今でも葛飾さんのこと忘れられないんですよね」
太鼓をたたくのを放棄して、凛子は光を慰めに行く。
「うん、俺だって何回も忘れようとした、でも何かあるたびに思い出すんだ」
「忘れなくてもいいんですよ。それは思い出なんですから」
「それはわかってるよ、でも、無理なんだ。雅子の死を乗り越えられないんだ。俺はだめなんだ、ダメ人間なんだ。悲しい出来事があったら、引きこもりになってしまうんだ」
光は文脈がつながっているか、文章になっているかなんて考えずに自分の胸の内を話した。彼は不安なのだ、自分が社会に復帰できるのかどうか。
「大丈夫です、私たちが付いてます。みんなで葛飾さんの穴を埋めましょう」
「うん」
いや、俺はこいつを嫌っているはずだ。なのになぜだ……
俺がまだ立ち直れてないのか、それとも……
「改めて私と付き合ってくれませんか」
「急だなあ」
答えは否だ、だが、それで良いのか? 雅子の言うことに背くことになる。それにその声はあいつから発されるとは思えないほど優しい、俺を慰む声に聞こえる。
「光」
その瞬間意識が飛んだ。
「光」
目の前にいたのは雅子だった。もう成仏したんじゃ?
「私は意識を光の中に残していたの」
そうか、抱きしめてくれ!
「それは無理よ。私にはもう力が無い。だから要点だけ伝えるね。過去のことは忘れてあの子と付き合いなさい」
それは無理だ。たしかに雅子には叶わないが、好ましい。でも俺には無理だ。
「確かに酷い仕打ちをしてたと思う。けどそれは光のことを思ってのはず」
俺にはそうは思えない。
「それもあるけど、私が存在してたからみんなの心が荒んでた。戦争も誹謗中傷も私のさい。だから責めたいで。付き合ってみて合わなかったら別れても良い。だからお願い私を安心させて」
分かったよ。でもお試しだからな。
「うん! あ、もう時間ないや」
そうか、最後に一ついいか?
「何?」
「雅子、愛してる!」
「もう光ったら。私も愛してる!」
そして意識が再び失われた。
「大丈夫ですか?」
俺はゲームセンターの中で倒れていたらしい。
「雅子に、雅子に会ってきた」
「それで?」
「雅子に言われた。君と付き合えって。俺は雅子の意思に従いたい。という訳だ。付き合ってみようか。俺はまだ雅子のことが忘れられない。それでよかったら」
「はい! お願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
俺はまだモヤモヤとしている。雅子の言っていたことが本当だとしてもだ。いつこのモヤモヤが晴れるのだろうか。
「楽しいですね、光さん」
「ああ、なんか、もう俺の心の内が分からない」
「わからなくていいんです、今が楽しかったらいいんですよ」
「うん」
「あ、次はクレーンゲームをやりましょう」
太鼓をたたき終わった凛子が光に提案する。
「おう」
光も少し心の感情を整理できたので、元気な返事をする。
「クレーンゲームのコツってなんでしたっけ」
「ああ、たしか一回で撮ろうとしないってことだな」
「一回で取らない?」
「ああ、何回かあいつとやったことがあるんだ」
光は悲しい顔をする。
「よしよし、光さんは何も悪くないです。私がよしよししてあげますから、そのまま私の胸の中で泣いていいですよ」
そう言って凛子は俺を抱きしめる。
「うん、でももう大丈夫。やろう」
あの時の感じに比べたら、確かに良い人になっているな。
「うん、でこのタイプはたしかクレーンの針みたいなところで押して落とすみたいな感じだと思う」
「そうなんですか」
「ああ、まあ俺自身はうまいわけじゃないから」
「取れました、めっちゃ取れます」
「あ、ああ。それはよかった」
凛子の才能に驚いた。ここまで上手いとは。
翌日
「光さん、迎えに来ましたよ」
「別に迎えに来ることなかったのに」
「本当昨日はありがとうね、篠宮さん。おかげで光が少し明るくなって、部屋から出てきたの」
「うるさいな、母さん」
光は照れ臭そうにする。
「さて、行きましょう!」
「ああ」
「すみません光さん」
「どうした?」
「何を話せばいいのかわかりません」
「どうした急に?」
「そんなこと言わないでください、私にも心の準備があるんです」
「どんな準備だ」
「まあそれは置いといて、私光さんの趣味あんまり知らないんですよ」
「そうなのか?」
「はい、まず光さんの趣味を教えてくれませんか?」
「ああ、俺の趣味はSNSと、スマホゲームだな」
「現代人過ぎませんか!?」
「安心しろ、雅子の影響だ」
「どういう意味ですか」
「ああ、雅子がそういう趣味だから、俺も影響を受けたんだ」
「そうだったんですか」
「あ、もう着くぞ」
目の前には学校があった。
「さて、新カップルの誕生おめでとう」
末広は光が教室に入るや否や、喜びながらそんなことを言う。
「ありがとう末広」
「しかし、手をつないで歩いてると聞いた時には驚いたよ」
「ああ、たしかに伝えてなかったな」
「まああの日の流れでそうなるだろうとは思っていたけどな」
「ああ」
「しかし、光が学校復帰できてよかったよ」
「私が光さんを昨日無理やり連れだしたんです」
まあめちゃくちゃ無理矢理だったな。
「まあでも席が近くないということが残念ですけどね」
「それは仕方ない。雅子もそのことで不平を言っていたよ」
「そうなんですか! 一緒ですね」
「ああ」
雅子……
「というか光、もう大丈夫なのか?」
「まだ完全に大丈夫じゃないよ、まだたまに悲しくなるし。でも雅子に言われた通り、引きずってもいいことないし、何とか頑張って乗り越えようという感じ」
まあ、昨日までは全然立ち直れてなかったわけだけどな。
「ああ、まあとにかくよかった」
「大峰さんもこれからは光さんと話す機会が減ることになると思いますけど、それはドンマイですね」
「まあ、その前には葛飾さんがいたわけだし、それには慣れているよ」
「そうですか」
そして俺たちは談笑する。
「よかったね光」
話している最中にそのような声が聞こえた気がした。雅子は天国で楽しく暮らしていると、そう思うことにした。
光と雅子 有原優 @yurihara12
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