第8話 寺

「はあ、嫌だよ」

「ん? 何か言った?」


 なんか聞こえたような気がしたんだが。


「ううん、何も」


 気のせいだったのか。


「ではどうぞ」


 呼ばれた。運命の時が来たのだ。ここでの住職さんが何を言うかどうかで二人の運命が変わってくるのだ。


「お待たせいたしました、住職の前田でございます。それで今日は幽霊関連のご相談と聞きましたが」

「はい、そうです。実は彼にだけ見える霊というのがいまして」


 末広が説明する。


「ということはあなた達には見えてないということですかな」

「はい、そうです。俺には声も聞こえないですし、顔も見えないです」

「そうですか。では見ていこうと思います」


 そして住職は精神統一をしていく。光や雅子は当然として、凛子や末広も緊張している。この後の住職の言葉一つで運命が変わるのだ。光が狂っているだけなのか、それとも本当に雅子が存在するのか。


「うーむ見えますね、立派な幽霊が」


 住職が念を放つと、雅子の姿が実体化された。


「光が入っていたのは本当だったのか」


 末広は唾を飲み込む。光が狂ってたんじゃなかった。光は何も間違ったことは言っていなかったのだ。


 同時に凛子は雅子の顔を見て綺麗だなと思った。もちろん負けてやるつもりなどないが、これは光が好きになるわけだわと。


「はあ、私の声が聞こえますか」


 雅子は住職に話しかける。


「ええ、聞こえますとも、名前はなんと」

「葛飾雅子です」

「雅子さんですか」


 光は息を呑んだ。これで幽霊つまり雅子の存在は肯定された。これで第一目標はクリアだ。後は除霊されなかったら勝ちだ。


「いくつか質問してもよろしいでしょうか」

「はい」


 雅子は身構える。ただでさえ緊張しているのだ。


「さて、あなたは何で亡くなられたのですか?」

「えっとトラックに轢かれてです」

「あなたの誕生日は?」

「八月一八日です」

「合ってますか?」

「合ってます」


 そう末広が言う。光に言わせると真偽が定かではなくなるからだ。


「さて、住所は?」

「新潟県南魚沼市緑町です」

「合ってます」


 住職はこれは意識がはっきりしている霊だと察知した。ここまで意識がはっきりしている霊を見るのは三回目だった。ほとんどの霊が元来意識がはっきりとしていない、もしくは現世の記憶を忘れている霊なのだ。だからここまで意識がはっきりしている霊は見たことがない。


「そちらの方に質問ですが、今まで彼女以外の霊を見たことがありますか?」

「無いです」


 やはりかと住職は思った。この霊は霊感のない人間にまでも霊を見せているのだ。しかも、おそらくはっきりと。ここまでの霊は今までに無かった。それと同時に別の問題も出てきた。それはこの霊が存在していると世界のバランスが壊れてしまうかもしれないと言うことだ。


 これは難しい問題なのだ。ほとんどの霊は存在していても害がそこまであるわけではない。大体は金縛りをさせたり、肩こりをさせたり、そんな悪戯めいたようなことだ。


 たまに人を殺すような悪霊もあるのだ。そこだけは気をつけなければならない。ただ、彼女はおそらくそのような存在ではない。悪霊はよほど前世で大きな悪事を働いてない限りはなることはない。


 ただ、彼女はそれよりももっとやばい存在だ。彼女自身が何かをするわけでは無い。ただ、強すぎるだけだ。


 彼女を生かしておけば世界の秩序は壊れ、人々のストレスは溜まり、不満が増え、犯罪や戦争が多くなる。そのような霊だろう。彼女そして彼には申し訳ないが、祓うしかない。


 このことを彼女らに言ったら悲しむだろう。この事実は私だけが知っていればいいのだと、そう住職は思う。


「どうしたんですか? そんな考え事をして」


 末広は純粋な気持ちで聞く。この数十秒の謎の間。彼らにとってこんなに恐ろしいことはない。


「ああ、君たちには言いにくい事を言ってしまうことになる。すまないがその霊は払わなくてはならない」

「……」

「……」


 なにも音がない。静かな空間になった。


「やめてください!」


 その沈黙を破るように光が飛び出してきた!


「俺は俺は、納得できません」

「なら納得できるように話しましょう」


 住職は一呼吸おいて……。


「その子は悪霊です。あなたの命にはまだ関係ありませんが、その子があなたの命を奪う可能性は十分にあります。もしその子の精神状態が悪化したら、人の命を奪いかねない。だから祓わないといけないんです」


 もちろん嘘である。もし雅子の精神状態が悪化したとしても人が死ぬわけではない。だがありのままのことを言ったら、彼らが傷つきかねないのだ。


「だからって今は人を殺してるわけじゃないですよね。なんで祓わらなければならないんですか? 雅子が霊だからって言うだけじゃないですか」


 光自身もわかっている。自分が話していることは理論的におかしいと。だが、ここにきてまた雅子を諦められないのだ。


「いいです」

「え?」


 雅子が出てきた。


「私を祓ってください。私のために人が苦しむのは嫌です。私もわかっています。私のせいで何かおかしくなっていると。多分住職さんは柔らかく言っていると思うんですけど、私はわかってます。私がまだこの世に存在している影響は出てるんですよね」


 雅子は少し震えながら言う。雅子にはもう全て分かっているのだ。ここ最近の全ての事は自分が関わっていると、自分のせいで全てがおかしくなっていると。


「祓わなくてはならないと言ったのは私だが、本当にいいのかい? 私は君に抵抗されると思っていたんだけど」

「私はもうこの世にいない存在です。早く私の気が変わる前に祓ってください!」

「わかりました」

「嫌だよ! 逝かないでよ!」


 光は泣きながら言う。


「ごめん。私はいかなきゃだめなの。住職さんお願いします」

「遺言とかはいいのですか?」

「気が変わりそうなのでそんなには……いらないです……」


 雅子は明らかに明るい感じでは無い。しかし彼女はもう決めているのだ。ここでこの世から去る覚悟を。


「わかりました」


 そして住職は呪文を唱えていく。


「光、私がいなくなっても元気で生きて。末広さんはどうか光をお願いします。それと私がいなくなっても光が元気で暮らせるように、篠宮さん光をお願いします。光と付き合ってください。私の遺言です」


「あ、ああ」


 光はまともに声が出なかった。


「葛飾さんさよなら、俺は君と光のいちゃいちゃが見てて羨ましいと思ってたけど、今となっては懐かしいよ。こう言うのはおかしいかもしれないけど元気で」


 末広が少しすっきりとした顔で言う。


「雅子さん安心してください。私が光さんを幸せにします」


 凛子ははきはきと言った。


「ありがとう」

「光も後悔しないうちに言っておけ」

「うん、俺雅子が好きだ! やっぱり行かないでほしいよ。だけど行かなきゃならないんなら、天国で待っててくれ! 俺もすぐに迎えに行く」


 光は泣きながら言う。


「私も好きだよ。でもすぐには迎えにこないで、元気に育って結婚して、子供を作って、そのまま寿命を迎えて。良い人生だったって私に連絡して。お願い。そして私の死を引きずらないでね。私のことは忘れてもいいから、新しい人生を歩んで」

「分からないよ。なんでそんなもののために雅子がこの世からさらなければならないんだよ」

「光、住職さんや末広さん凛子さんを恨まないで」

「嫌だよ!」

「うんぬぬぬぬぬぬ」


 そして住職の呪文が唱え終わった。


「さよなら、元気でね」

「ああ、元気で」


 泣いてる光の代わりに末広が答える。


 そして雅子は天に吸い込まれていった。


「さあ帰るか」

「うん」

「泣いても良いんだぞ、俺たちが支えるから」

「うん、うん、うん」


 そして光は泣き出した。


 三人は電車に乗って帰っていく。行きは四人、帰りは三人。その状況で光はもう雅子はいないという現実を感じていく。光は電車内ということもお構いなしに、泣きに泣いた。周りの人の視線が痛かったが、そんなことはお構いなしである。その光景を見て末広、凛子の二人はただ見守っていた。

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