第7話 寺へ
「光?」
末広が話しかけてくる。
「何だよ、俺は今雅子と話しているんだ。邪魔しないでくれ」
少なくともお前たちとは話したくはない。俺のことを、雅子の事を嘲笑うように、否定したお前たちとは……。
「邪魔するなって言われてもなあ、こっちはお前のことが心配なんだ」
「何だ、お前らまた雅子のことを否定するんじゃねえだろうなあ? 雅子は俺の隣にいるんだ、それを現世側の人間が否定するんじゃねえよ。これだから人間は」
俺も含めて人間というものは目に見えないものを認めないという性質がある。なぜ目に見えない物を認めようとしないのか……。
「光、今から寺に行こうと思うけど、お前もついてこい」
末広は単刀直入に言ってきた。
「なんで俺も行かなきゃなんねえんだよ、どうせ除霊とかだろ、俺に行く必要あるのかよ」
認めてくれたのは少なくとも認めるが、なぜ寺に行こうとする。俺は少なくとも雅子が消される可能性がある。俺は行かないぞ。
「聞いてくれ、お前は今精神病院に行くかどうかの瀬戸際なんだ」
「瀬戸際がなんだよ、雅子がいなくなるんだったら精神病院のほうが百倍ましだよ」
孤独になってでも雅子といれるのならそれでいい。
「そうじゃない、いったん聞け! お前は葛飾の存在をみんなに認めてほしいんだろ。だったらなおさら行くべきだろ、それで存在が肯定されたら、俺たちは信じる。それでいいじゃないか」
末広は行くべき理由を畳みかけて言うが……
「お前はいい方向ばっか言ってるけど、もし否定されたらどうするんだ、もし除霊とかなったらどうするんだ。俺はもう雅子なしだったら生きられないぞ」
除霊になる可能性それがある限り俺は行きたくない。
「生きられない? だったら私を頼ってください。私は光さんのことが好きなんですよ。私のほうも見てください」
凛子が会話に加わる。お前にはあんまり頼りたくない。雅子のことを何も知らないくせに。
「そうだ、篠宮さんの言うとおりだ。お前のことを好きな人間はこの世にたくさんいる。そいつらがお前を肯定してくれるさ」
「嫌だ、そう言われても嫌なもんは嫌だ」
逃走を図るが、末広が俺の手をつかみ、凛子が体を張って逃走経路をふさぐ。やめてくれ。なんでだよお前ら。
「やめろ、離せ、離せ、離せよ」
誰もいない場所に行きたい。誰も雅子を否定しない世界へ。
「そんなことできるわけないだろ、逃げてどうなるんだ、お前はもう誰からも見放されて、結局精神病院で頭のおかしいやつ扱いされて、さらに状況が悪化するだけだぞ。勇気を出せ! 光」
「勇気を出せ? そんなもんできるんだったら既にやっているよ。でも無理だよ、末広は同じ状況になっいたことはないからわからないんだろ。誰にも俺のつらさなんてわからないだろ」
なぜ悪くなる前提で話すんだ。おかしいだろ。それにこの場に自分しか見えない彼女がいた経験がある人はいない。ならなおさらだ。
「わかるよ光、私が幽霊になって途方に暮れたなか、光だけが助けてくれた。そんな人の苦しみが分かっているからこそ、私のことを心配してくれるんだよね。でも私は大丈夫。何があっても私は大丈夫。除霊されてもそれは私の運命。諦めるよ。だから光、現実のみんなとのきずなも大事にして」
雅子まで末広側のほうに立って説得してきた。雅子にまで裏切られては生きられない。
「大事にして? 現実のみんな? 雅子も諦めてるのか? 雅子も現実のみんなのうちの一人だろ。その言い方じゃあまるで雅子は現実じゃないみたいな言い方じゃないか」
俺は雅子のために戦っているのに、雅子がその言い方してしまったら勝ち目が無いじゃないか。
「仕方ないじゃない、私はもう死んでるんだから。もし私がいることで光がみんなとうまくいかないんだったら、私はおとなしく除霊される道を選ぶわ。だからお願い寺に行って」
「なんでだよ、俺の幸せを願うんだったら、雅子もいてこその俺の幸せだよ。なんで自分がいなくなったほうが幸せなんて言うんだよ。なんでなんでなんでなんで?」
雅子がいない現実に幸せは無い。それは当然のことだ。
「光さん」
凛子が光に声をかけた。
「私は行くべきだと思います、私自身が言ってほしいと思っているのも事実ですけれども、光さんと雅子さんの中が悪くなること、それが一番危惧すべき問題だと思います。だからお願いします、行ってください」
凛子はそう言って、頭を下げる。雅子を利用すんじゃねえ。
「なんで、なんで頭下げてんだよ、俺が悪いみたいじゃんかよ」
「光、私のことはいいから」
「わかったよ行ってやるよ」
俺は乱暴な口調でそう言う。もう面倒臭い。
「なら行きますか」
「ああ、分かったよ」
そして四人で寺に向かう。しかし、全員学生なので運転できない、当然電車で行くことになる。運のいいことに寺までは近く、一時間もかからない距離である。まあ刑事さんが近い寺を紹介してくれただけだと思うが。
「……」
「……」
会話も何も生まれない。俺も話したく無いし、それはあちら側も当然なのだろう。帰りたい。
「ここで乗り換えだよ」
凛子が言葉を発する。
「ああ」
俺は力の無い返事をして、四人は別の電車に乗る。
「……」
「……」
相変わらず会話がない。
「ねえ」
雅子が沈黙を破り、俺に話しかける。
「何だ?」
「私、やっぱり怖い。もしかしたら除霊されるのかなって思って」
そりゃあ当たり前だろう、除霊されるかもしれないのに、不安では無いわけがない。除霊それは即ち死を意味するのだ。
「そうか、なら帰るか」
それはともかくこれで帰る理由が出来た。雅子が俺の方についたのだ。
「ちょっと待って、ここまで来て帰るの?」
お前らには雅子と俺の話など何も知らないだろう。それに雅子が除霊を恐れているという事実を知らないのだ。それが腹立たしく思える。
「ああ、雅子が行きたくないと言っている以上俺にはいくことはできない」
「待って、あなたは現実にいる全ての人を敵に回してでも、葛飾さんを救いたいの?」
「ああ、そうだ」
そんな壮大っぽい事を言っても俺の志は変わらん。全ての人とか、極論すぎるだろ。
「除霊されないかもしれないのに?」
「ああ、可能性があるのなら俺はいかない」
「じゃあその状態のまま人生を過ごすのかよ、その葛飾さんの存在を証明できないまま、高校生活、大学生活、そして社会人生活。ずっとそのまま暮らすっていうのかよ。
そんなものどこからも受け入れられるわけがない。俺だって今も光のことが怖いんだよ。俺には葛飾さんのことも見えないし、何もない方向に向かってしゃべっているのも。親友の俺だって怖いんだ。
俺でもそうなんだから初対面の人は尚更だ。俺は別に葛飾さんの状態を否定したいわけじゃない。ただ、幽霊が見えている、そんな状態であることを証明する手段として寺を使ったらいいんじゃねえのか。光、葛飾さんも勇気を出せ、除霊云々の話になったら俺も口添えするからさ」
末広は必死の説得を試みた。
「いや……うん、行かない」
詭弁なんてどうでも良い。一度決めたことは覆さない。雅子が嫌がる限りな。
「なんでだよ、ただ帰るだけかよ。ここまで来たお前の勇気は何だったんだよ」
「じゃあなんだよ、引き返すっていう手がないっていうことか? 逃げたらだめなんてどこの価値観だよ」
悪い昭和感のある価値観だなー。
「私からもお願い、このまま終わってほしくないの。お願い」
「このまま終わる? 雅子は邪魔ものなのかよ」
電車はもう終点の駅の三駅前に来た。そろそろ到着が見えてくるころだ。着いてしまっては終わる。それまでになんとか帰る流れにしないと。
「邪魔ものなんかじゃないわ、でも葛飾さんのことしか見えていないじゃない。そんなんで現実世界を生きていけると思っているの?」
「雅子は現実世界にいらないっていうのか?」
言い争いは終わらない。そしてそのまま駅に着いた、着いてしまった。
「さあついてしまいましたね、覚悟してください」
凛子がそんなことを言う。覚悟というのはつまり寺に行く覚悟だ。
「覚悟なんてできてるわけねえだろ、俺は帰るぞ!」
帰る! が、凛子が俺の手を掴む。
「いい加減覚悟決めなさいよ。そんなんで男が務まるの? あなたは一回行くことを覚悟したはずでしょ、なのに、それを捻じ曲げようとしている。高校生にもなって恥ずかしいとは思わないんですか?」
「うう」
「光さん、行きましょう!」
「いいのか、雅子?」
「うん、私今の言葉で決心した。一度決めたことを変えるのは恥ずかしいことだしね。行く!」
「わかった雅子行こう、でもお願いだ末広俺の手を引っ張ってくれ」
まあ無理だ。雅子が嫌がるという正当的な理由が無くなった今、拒否することが出来なくなった。
「はいはい」
「ではここでお待ちください」
寺に着くやいなや、俺たちは別室で待たされた。どうやら前の人が終わっていないらしい。
「頼む、末広俺の手を強く握ってくれ」
「おう」
「はい!」
凛子、お前には頼んで無いんだが。
「いいなあ、私には繋ぐための手が無いからなー」
「手あるじゃん」
「私が手を動かしても透けるだけじゃん、ほらー」
「文句言うな」
「はあ、嫌だよ」
雅子は誰にも聞こえない声のボリュームで言う。
「ん? 何か言った?」
「ううん、何も」
「ではどうぞ」
そして運命の時が来てしまった。
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