第6話 光の脱走

 

「見つからないな」


 末広は廊下でそう言った。光は近くの教室にもいない。廊下にも、トイレにも、階段にもだ。すでに思い当たる場所は探した。だが、見たからないのだ。


「うんもしかして学校出ちゃったのかな」

「それだったらまずいな。車に轢かれてないか心配だ」

「ちょっと門の人に聞いてみたらどう?」


 凛子が提案する。学校の門の前にはいつも門番のおじさんがいるのだ。その人に聞けばわかるかもしれない。少なくとも今学校にいるのかどうかは。


「それはいい考えだな」


 そして二人は出口に向かう。


「すみません、誰が門から出ませんでしたか?」

「え、ええ一人制止を振り切って行っちゃった子がいるんですよ」


 ビンゴだ。

 今は学校には居ないらしい。


「どんな様子でした?」

「なんかぶつぶつとつぶやきながら歩いてました」

「それだ」

「それだ」


 二人は声を合わせて言う。これでもう光確定だ。


「誰かわかりますか? すでに誰かが出たというのは教師陣に伝えたのですが」

「二年八組四番神代光です」

「わかりました」


「お待たせしました」


 そして教師の山本霧江がやってきた。


「少し話を聞かせてもらってもいいですか?」

「ああ、俺としても早く光を見つけて欲しいので願っても無い話です」


 末広はそう答えた。所謂win winの関係だ。


「神代君はどのような感じでいたのですか?」


 そして山本はそう聞いた。


「とにかく精神崩壊している感じでとにかくもうやばい状態です」


 自分でも何を言っているのかすらわからないが、そのように言うしかできない。


「そうですか何があったのですか?」

「彼が俺には雅子が見えていると言い出して、もう手がつけられない感じでした」


 光が見えない彼らには頭おかしい感じにしか見えないのだ。

 それ以前に幽霊などという非現実的なもの、それを否定したいという心理が働いている。


「その後彼を現実に戻そうと思って強い言葉を使ってしまったら、狂ったように教室から飛び出してしまって」


 凛子が話を続ける。実際光と話していたのは彼女だ。つまり彼女が一番状況を理解していると言える。


「なるほど、つまり要約すると、神城がまだ葛飾さんが生きていると言って、それを咎めようとしたら言いすぎてしまって、彼が暴走してしまったわけだな」


 山本は話をまとめる。


「だから俺たちにも罪はあります」


 光がおかしかったのは事実だが、必要以上に追い込んでしまったのも事実。クラスメイトたちに聞き回るべきじゃ無かったかもしれない。もっと温和な解決方法があったかもしれない。


「ただ、これは彼がいま異常な精神状態だから飛び出したとも言えるから君たちが悪いと言うことはないと思う。ただ、彼が心配だな」


 山本は二人を慰めながら、光の心配をする。警察に補導される可能性ももちろんあるし、逆に人に危害を加える可能性も、事故に遭う可能性もある。いっときでも早く保護しないといけない。


「ですね」

「とりあえずこの問題は教師の方でなんとかしておくから、君たちはとりあえずご飯の続きを取ってきてくれ」


生徒たちに向かって優しく山本は言った。


「分かりました」

「でもあいつはまだ昼ごはん食べてなかったはずだから、もしかしたら食事屋さんにいるかもしれません」

「わかった。俺たちに任せとけ」


 そう言って山本は胸をトンと叩いた。


「ありがとうございます」


 凛子は感謝のお辞儀をする、それを見て末広も同じくお辞儀をする。





「はあ、どうしようか」


 凛子は不安そうに末広に言う。


「どうするって先生に任せるしかないだろ、たぶん警察か親に連絡行ってると思うし」

「でももし自殺とかしてたらと考えたら」

「あいつがそんな弱い人間だと思うか? あいつなら大丈夫だ」


 心配なことは変わらない。だが、親友として信じなくてはならないのだ。光の芯の強さを。


「うん」


 そして二人で弁当を食べ始める。





「美味しい」


 光はそう言いながら、牛丼の超大盛りガツガツと食べていた。


「それで光これからどうするの?」

「まあ、サボりとかはあいつらが上手くやってくれるだろ」


 あいつらが悪いしな。てか面倒くさい。


「まあ、俺が思うのは、あれいじめじゃねえかと思うんだよね。雅子のことを悪く言ってさ。俺は許せねえ」


 多数で一人をいじめることをいじめというのならあれはまさにいじめだろう。俺だって一対一ないしは一体二とかだったら戦ってただろう。だが、あの状況多数のクラスメイトの痛いなと見る目が合った。そんな状況で戦えるわけがない。


「まあでも今はたぶん先生が探してるかもしれないし、最悪警察に捜索されているかもしれないしなあ。どうするか」


 今の世の中逃げられるほど甘い社会ではない。別に俺は犯罪をしたわけではないが、今は知っている人に会いたくはない。


「じゃあ八方塞がりってこと?」

「まあそうなるな、まあでもこれであとがないんだ、再対決の時にはまた言い負かす方法を考えたらいいさ」


 二体一だったら勝てるかもしれない。さっきのは多数に風情去ったからな。


「うん」

「あの、すみません」


 一人の中年の店員が光に声をかける。


「なんですか?」

「さっきから誰と話されているのですか?」

「雅子だよ」


 光はいたって真面目な顔で言う。何を当たり前のことを聞いているんだ。ああ、いや、そうか。こいつは雅子のことが見えないのか。


「でもそこには誰もいないように見えるのですが」

「いや、いるよ。まさにここに」


 もうごり推すか。今更曲げたくはない。それにむかつく。俺はただ雅子と話しているだけなのに。


「でも、あなた一人ですよね」

「いるよ、目に見えないのか?」


 光の怒りはデットヒートしていく。


「ふざけるなよ、ここにちゃんといるだろ、ほら!!」


 もう雅子のことを知らない人は許せん。俺の怒りは向こう見ずかもしれないが。もうどうでもいい。カッとなったらもう止まらない。


 中年の店員はビビって逃げ出した。


「おい、ふざけんな。逃げるなよ」


 逃げたらストレス解消できないだろ。


 厨房


「すみません、警察ですか? ここに頭がおかしい奴がいるんです、ええ、ええ、ああ、なるほどすぐに来てくれると。大盛り頼んでましたからすぐには食べ終わらないと思います。はい、はい、すぐにきてください」



 学校


「神城が見つかったって本当ですか?」


 山本が同僚の教師に聞く。


「ええ、牛丼屋さんでご飯を食べてたらしいです」

「向かった方がいいですよね」

「はい」

「あの子たちはどうしましょうか」

「呼んだ方がいいと思いますね」

「分かりました」


 教室


「すみません、大嶺と篠宮はいますか?」

「はい」

「はい」


 二人が返事をする。


「神城くんが見つかったらしいです、それでよければ重要参考人としてきていただけないかと」

「分かりました、すぐ行きます」


 凛子はそう言う。


「でも出席日数とかどうなるんですか?」


 末広は言う。それを聞いて凛子は確かにと思った。まともな質問でもある。光どうこう以前に学生なのだ。別に出席日数で留年とかするほど休んでいるやけではないのたが。


「それはこっちの方で出席ということにしときます」

「分かりました」


 警察署


「聞いているのか? 黙ってていいと言うのか」

「……」

「はあ、埒が明かんな、おい、親御さんとかはまだか?」

「まだみたいです」


 奥から声がする。


「とはいえ、このまま黙秘を続けても意味がないぞ、状況が悪くなるだけだ。我々は君の敵じゃないんだよ」

「俺にとっては雅子の存在を否定する人間はみんな敵だ」


 もうどうでもいい。なんで俺が怒られなくちゃいけないんだ。


「でもな、その雅子さんはもう亡くなっているんだろう」


 巡査部長である三条は冷静に言う。


「いや、俺の隣に存在しているから、存在している」

「いや光、私もう死んでるから、死んでることは肯定してもいいんじゃないの?」

「雅子は黙っといてくれ」

「えー。でも私は死んでるわけだし」

「面倒くさいな。生存してるでもいいだろ」

「もうそれでいいよ」

「やった!」


 


「……新島巡査、どう思う?」

「幻覚でも見ているんでしょうか」


「まあ、そうとしか思えないな。ただそれは幽霊と幻覚を見ている可能性、そこから考えて幻覚を見ている可能性の方が高いと言うだけだ。もし幻覚を見ている可能性がゼロになったらそれは、幽霊が見えていることにならないか」


「でも、幽霊がいると証明もできませんよ、話によると彼は亡くなられたあの人の彼氏だったらしいので、彼女しか知らないことを聞いての証明はできないでしょう」


 こういう場合、最もわかりやすい手は幽霊の情報を聞くことだ。そうすることで幽霊の存在をある程度認めることができるかもしれない。ただ、それが通用するのは幽霊と人間があまり接点のない場合だけだ。


「そこなんだよな、ここまでくると、我々警察の仕事から離れてくるのかもしれんな」

「ですね」



「お待たせしました、神城の担任である山本です」

「クラスメイトの篠宮です」

「クラスメイトの大嶺です」


 三人は到着するとすぐに自己紹介をした。


「ああ、待っていました」


 三条巡査部長が返事をした。


「それで何があったか、神城くんは話しましたか?」

「いえ、それが何も、むしろまた雅子さんと話されてて」

「何か状況のことを言えばいいですか?」

「はい、そうですね」

「えっと、何があったかと言いますと」


 末広は話をし始める。




「なるほどそういうことでしたか」

「はい、私が悪いんです。不用意に責めたりしたから」

「それはあなたの責任じゃないと思いますよ。ただこの状況が好ましくないのも事実ですね。何か解決方法があればよいのですが」


 そう言いながら三条は考える。


「もしかしたらこれは病院か、もし幽霊が見えていることが事実だとしたら寺に行くかの二択でしょうね。いやはや、まさか私の口から幽霊の可能性を肯定する言葉が出てくるとは思いませんでしたよ」

「ということは、もし寺に行ってだめだったら病院に入れる感じですよね」

「はい、そうですね。幸い知り合いに寺の住職さんがいるので、連絡してみましょう」


 そう言って三条は携帯を取り出して電話をし始める。


「これでうまくいくといいけど」

「ああ、俺だってあいつが苦しんでいるのを見たくないし、もし幽霊がいるっていうのが事実だったら、そのことを受け止めなくちゃいけないしな」


 あの時は頭ごなしに否定したが、もしその可能性があるのなら辻褄が合うことになる。


「はい」


「連絡が取れました、しかし、親御さんがまだ来ていない以上予約を取るのは無理ですね、まさか今の状態の彼を一人で送り出すわけにはいかないですし」

「俺が連れていきますよ」

「私も行きます」

「わかりました、では預けるとしましょう」



「光?」


 末広は光に話しかける。


「何だよ、俺は今雅子と話しているんだ。邪魔しないでくれ」


 強く撥ね退ける。邪魔をしないで欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る