第5話 口論


「それで、もう一回チャンスをくれませんか?」


 チャンス? 何を言っているんだこいつは。


「ごめん、俺には雅子がいるんだ」


 何度言われても答えは一つしかない。悪いが、未来永劫チャンスはないだろう。


「雅子さんってもう亡くなられてるんですよね?」

「いや、ここにいる。みんなは見えていないけど、幽霊として俺の近くに今もいるんだ」


 末広がため息をついている。どうせ狂ってるとか言いたいんだろうな。


「いい加減にしてください、私の魅力が足りないとかじゃなくて、忘れられないから付き合えないっていう理由なんて、そんなのおかしいですよ。私は、私は、光さんと付き合いたいだけなんです」


 魅力的か、昨日のあれでだいぶ評価は落ちたけどな。


「つまりお前は雅子の存在を否定して、雅子の後釜を狙いたいというわけだ」

「違います! 私はただ光さんのために言っているだけで……」

「それは何が違うんだ? お前の言っていることはたぶんお前のためにやってるだけだと思うぞ」


 俺から雅子を忘れさせる。つまり、俺に雅子がいないという感じにして不安になった俺に近づくという狙いにしか見えない。


「とにかく俺には付き合えません」

「はあ」


 凛子はため息をついた。俺がつきたいんだが。


「私が雅子さんのこと忘れさせてあげます」

「忘れるも何もここにいるんだよ、忘れられるわけないじゃん。てかお前の言っていることには正当性がないようにも思えるが」


 やはり、自己中心的な感じを感じてしまう。これは末広にも認められず、味方がいない俺の心が何も信じられずにいるのかは知らんが……とりあえず許そうとは思えない。


「恥ずかしくないんですか?」


 凛子は強い口調でそう言う。さらに末広は「おお」と言ったのを聴き逃さなかった。


「何がだよ」


 俺は言い返す。こんな口論で負けるつもりはない。


「今もまだ、亡くなられた彼女が今もそばにいるという幻覚に囚われていて、光さんは現実に戻りたいとか思わないんですか?」

「思うわけねえだろ、俺にとっては雅子が全てなんだよ。なんでそんなこと思うと思っているんだ」


 現実に戻る=お前と付き合うって事か?


「私なら恥ずかしいですよ。他人に、クラスメイトに、友達に、自分のことが好きな人に、過去を引きずっていると思われることが。いい加減目を覚ましてください光さん!」

「ちょっと言い過ぎじゃない? 私が過去だって言うの?」


 雅子が文句を言う。彼女にとっては自分の存在が否定されているのと同義なのだろう。俺にだってそうだ。許せる訳が無い。


「そうだ、そうだ、雅子の言うとおりだ、雅子は過去じゃない、俺の光、希望だ。そんなことを言われる筋合いなんてどこにもあるわけがない。帰ってくれ!」


 本当に許せない。俺の文句はギリ許せるかもしれない、ただ雅子の悪口は絶対に許せない。


「帰りません! 昨日は逃しましたけど、今日は逃しまさんから。昼ごはんを食べる時間はもうないと思ってくださいね」


 凛子のその言葉を聞いた後横を見ると末広が弁当を広げていた、おそらく今は昼休みの時間だと気付いたのであろう。それを見て腹が減ってきた。


「昼ごはんぐらい食べさせてくれ、昨日の夜ご飯ハンバーガーだけだったんだよ」


 ちなみに今日の朝ごはんと昼のお弁当はお母さんを頼れないから自分で作った。作り方よく分からないから苦労したのを覚えている。


「昨日本当にハンバーガーだけだったんですか?」


 そこは反応するな! まあいいか。


「ああ、そうだ。昨日母さんと喧嘩したからな。あれ以来口も聞いていないよ」


 事実、朝も母さんにはおはようぐらいしか言っていない。


「それはいいですけど、光さん。あなたたは今のままで良いんですか? 強いて言って、雅子さんが見えてることが事実としましょう。けれど、それって言い方きついんですけど、死者としか話さないで、生者のことは考えてない。それってもう死んでるんじゃないですか?」

「俺が、死んでるって?」


 暴論過ぎないかこれは、たしかに俺はもう現実を見ていない。だが、それは雅子を認めないお前らが生んだ結果だ。むしろ俺はもう十分我慢してきたと思う。本当によく爆発しなかったもんだよ、俺は。


「ええ、もう、死んでいるのと同義だと思います」

「それは馬鹿にしすぎじゃないか? 俺はちゃんとこの世に生を受けているし、俺は自分の意志で動いている。それを死んでいるのと同義は無理があると思うぞ」

「確かにそれは間違ってはいませんね、ですがあなたは本当に自分の意志で動いていますか?」


 ほう、哲学で攻めてきたか。だが、怯むわけには行かない。


「俺は、たしかに自分の意志で動いているはずだ」

「それはあなたの認識の問題じゃないですか?」

「そうだけど」

「その認識はどこから来たんですか?」

「俺の中だけど」


 何を言っているんだ。この女は、俺の認識は俺の中にあるものだろ。


「よく考えてください、あなたはこの世に居もしない人間が今ここにいると感じている。けどそれはあなた以外誰もその存在を把握していないんですよ。それってこの世に存在しているって言っていいんですか?」

「俺の中では少なくても存在している。それは事実だ。だからいいじゃないか」


 本当のことを言ったらお前らの中でも存在してほしいんだがな。


「そうじゃないんですよ。それってあなただけが感じているものでしょ。それが存在しているという認識はあなたしかしていない。ならそれが存在しているという証拠。いえ、存在しているという事実は誰が証明できるでしょうか」


 今雅子を物扱いされていて、さらに馬鹿にされて、否定されている。この事実に反論するべきだが、今クラスメイト達に見られて、四十一対一だ。言い返せば言い返すほど不利になる可能性がある。みんな雅子のことを見えてないからな。


 だが、戦わなくてはならない。現に今雅子は半泣き状態だ。その状況を見たら、力が足りない状況でも打って出なければならない。反論しなければならない。


「ちょっと待って待ってくれ、俺に幽霊である雅子の存在を証明しろなんて、無茶な話だろ。俺にしか認識できないんだ。それは誰にも証明できない。それを証明しろなんてそんな無茶な話を俺に吹っ掛けてきているのか?」


 まさにそうだ。反論したいのだが、無茶難題過ぎる。


「そうですよ、そういう無茶な話ですよ。無茶な話だからこそ私は証明しろって言っているんです。あなたが人に説明できないものを誰が理解できると思っているんですか? そんな非科学的なことを」


 はあ、分かりあえんな。少しはこっちにも寄り添ってくれ、全否定しないでくれ。


「非科学的科学的、そんなものは関係がない。俺はここに雅子の存在を感じている。それに、雅子が生きているか死んでいるかなんて誰にも説明できないことだろ。なら君は雅子が存在しないことを証明できるのか?」


 逆をつく。悪魔の証明だ。無いものを証明することはできない。そっちが存在を証明しろって言うのなら、そっちこそ存在しないことを証明しないとフェアじゃ無い。


「説明できませんね。ですが、その中途半端な不安定な存在にすがっているのはほかでもない光君じゃないですか」

「何だと、俺が不安定な存在にすがっているって?」


 これ以上は雅子の悪口は許さん。


「だって誰にも存在しているもしていないも、誰にも証明できないんでしょう、それってこの世に存在していると言えるんでしょうか」

「俺には存在しているように見えるんだ」


 また哲学攻めかよ。面倒くせえ。


「存在している、それは光君にとってですよね。私たちにとっては存在していません。でしょ大峰さん」

「あ、ああ」

「これが答えです、残念ながらこれがみんなの相違なんですよ。何ならほかの人にも聞いてみましょうか?」

「や、やめてくれ」


 今の状況で俺のことを助けてくれる人なんているわけが無い。


「いえ、聞きましょう」


 彼女はそう言い切った。


「存在してないでしょ」

「存在してませんよ」

「幽霊なんて非科学的なもの信じるのは小学生まででしょ」

「幽霊か、俺も昔は信じていたな」

「幽霊、それはよくわからないけど、今それにすがらなきゃいけないって神代ってかわいそうだな」


 次々と光のクラスメイトがそんなことを言い合う。


「や、やめてくれよ、公開処刑だろこんなもの」

「そうよ、光負けないで」


 雅子は光を励ます。


「光もうあきらめろ。最後は親友の俺が言う。もう幽霊なんて言う不安定なものにすがるな」


「ああああああ、もう嫌だ!!!」


 俺は教室を飛び出していった。もう俺と雅子の悪口は聞きたく無い。もう嫌だ。この世界が嫌だ。全てが嫌だ! 帰りたい帰りたい帰りたい。家でも無いどこかに、もう全てどうでもいい。少なくとも学校と家にはいられない。

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