明日の課題と今日の澱

昨日のミスと過去の恥

 僕の名前はケセラ。フィルクシャレット・テリスマイヤー宙域出身の、ライフマネジメント管理官。マネジメント管理官という名称に思うところはあるけど、先輩や上長に口答えする勇気もないので、それでいいやと諦めている。


 フィルクシャレット・テリスマイヤー宙域はこの銀河の中心からおよそ1万光年ほどのところになり、田舎といえば田舎、しかし僻地ではない程度の発展と発達をしている、僕の自慢の故郷だ。


 そんな故郷に僕が生まれ、母となる惑星のレンはミライザと言った。レンというのは惑星で育まれる生命の統括者でもあり、文字通り母のような存在として命を育て、慈しんでくれる。


 命とは、生命素子の集まり。そう教えてくれたのは、ライフを学問として教えてくれたLEP組織の偉そうな人。


 Life Elementary Particles。生命素粒子については、宇宙の発生後に起きたインフレーション直後、宇宙内に内包されていたレンと特異とで定められた、というか定義された?うーん、なんだかよくわからないけど、そういうもんだと決められた。


 要は、この宇宙は数多の生命素粒子が組み合わさってできたひとつの生命、ということだ。そうしてその生命はしかし独立した生命体ではなく、より大きな生命の細胞ひとつ程度のものだそうで、全体は観測できないとのことだ。


 宇宙自体はフラクタル構造を中核に、様々な構造、様々な多様性を内包しているらしい。うーん、この辺りは講義をちゃんと理解しきれていなくて、僕にはまだよくわからない。


 一番シンプルなのは、目に見える世界はミクロとマクロの双方向にフラクタル構造でできている。ということ。多少乱暴ではあるけど、シンプルな解釈だとそういうことらしい。


 そうして多様性を成り立たせるために、宇宙自体は複数の方式、法則、ルール、定義が網の目のように存在し、そしてそれぞれが独立した形態を設け、互いに干渉しあっている......らしい。


 ちょっと自分でも言っていることがよくわかんないけど、まあ、なんかそんな感じらしい。


 そんな設定的な解説の後でなんだけど、実は僕、今ちょっとまずいことになっている。



 僕の名前はケセラ。フィルクシャレット・テリスマイヤー宙域出身の、ライフマネジメント管理官だが、銀河中心から2万7千光年ほどの宙域を巡る恒星系への「はじめてのお使い」を命ぜられた。


 ライフマネジメント管理官というのは、多岐にわたる役割を持つ。特に選ばれたシンの中から、更に厳選された存在と言われた。


 そんな選ばれた僕が、今回向かう星系では、実はレンが見守るいくつかの惑星で実験的な生命とのコンタクトを実験しているらしい。


 ......何の実験をしているのかは、知らない。そもそも実験的な生命とのコンタクトが実験であるならば、検証の中で検証を行おうとしているわけで、それはトラブル時のミスを多層化して複雑化するのではないだろうか?


 無論、僕がそんなことを喚いたところでプロジェクトが修正されるわけはない。なので黙って言われたことを言われたとおりにするつもりだ。



「はい、じゃあケセラ君。とりあえず今回初導入されたアバターシステムの稼働チェックを始めます。」

「はい!」

「装置の中に入って、マニュアル通りに起動をしてください。」

「はい!」


「はい、オッケーです。稼働チェックに問題ありませんでした。」

「はい!」

「ただ、もう少しアバターに寄せたキャラづくりをしてもらえるといいかもしれませんね」

「はい!」


 渡航船の中では、こんな感じで日々が過ぎていった。僕が普段所属する星系が銀河中心地から2百光年ほどの宙域になる。そこから2万7千光年先の恒星系まで、普通に考えて光の速度で進んでも2万6千8百年はかかる。


 無論、光の速度で進もうとすればそれだけの年月が必要だということだ。ここで言う年月は、これから向かう恒星系の第三惑星に発生した実験的な生命体が使う単位を用いている。


 悲しいかな、実験的故に観測可能な器官が少なく、だから光がこの宇宙で一番早いなどと誤った理論に閉ざされている。


 まあ、ほんのしばらく前までは、自分たちの住む惑星が平らだと思い込み、宇宙は自分たちの大地を中心に天空を巡っていると言い張っていた生命だ。真実を見つけた聡い先駆者に罪を負わせ、虐げてきた歴史もある。


 個に捕らわれ自身以外を見下す本質は、おそらくは個ゆえの臆病さからだろう。レンのように数多のライフから成り、それぞれ独立しつつほかのライフとも通じ合えるのであれば、そんな愚は犯さない。孤立し孤高を気どり、他を蔑み下の者と断じ、耳も目も閉じ暴走する妄想の中に世界を見て、そうして愚かな生は愚を繰り返す。


 どこかから手を差し伸べてもらえたとしても、それが救いだと気が付けるかどうかは、おそらくその個体次第だろう。そうしてそんな個体に無責任に責任を押し付け、事が起こるまでは自身の欲を満たそうとする、その周囲の生の責任でもある。


 そうして繰り返される生の恥と後悔が積もり積もって、僕のような者たちが生まれる。数多の恥、数多の後悔、星の数ほどの誤りと謝り。


 生命素子は本来、他の生命素子と反応、結合をしやすく、結びつき組みあがることで生命が形を成す。はじまりのレンと特異とが、新たに生まれたレンとシンとに語り聞かせた有名な逸話だ。


 レンは、普通に素直に組みあがった生命素子が発生させる、宇宙意識。対してシンは、自らに枷をつけ、外界との接触を拒む臆病さが生んだ、異端。特異も元は異端だという話もあるが、レンと意思疎通できるシンなら今もそれなりにいる。意思疎通ができるからと言って、全面的に相手を信じ委ねられるかどうかは別物。故に特異は特異なんだろうと僕はそう考えている。


 それで結局......何を考えていたんだっけな?


ああそうだ。目的地まではあとわずかで到着する。到着したら僕はアバターを操り、今現在を生きる実験的な生命体の意識調査を実施する。

対象の候補者はリストアップ済。直接目の前に現れるのは問題が多そうなので、対象候補者の住む場所の近くに顕現し、最初に出会った者に案内を乞う。


あとはなんだっけ?


キャラか......。


ちょっと勉強してこよう。確か以前の担当者が残した資料データが船舶内に保存されているはずだ。


頑張ろう。

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