最終話 いっしょに歩いて行くのですわ
ミルファイユ領は、王都から車で半日東に行った所から、南に伸びた半島の西側です。
領都のメルカトプラテリアからヴォイデルポルトまでは、沿岸を船で南下いたします。
ちょっと覗きに行くだけのつもりだったのに、ギャスパル様とアレクシア様がいっしょに戦いたいとおっしゃり、護衛の方と付いて来られました。
戦力的には頼りになりますが、入れ込み方が妙です。
ギャスパル様が、体に張り付いたボディスーツみたいな、真っ赤な鎧をお召しなのです。行く時から着てなくてもいいと思うのですが。
亜竜が簡単に獲れるようになったので、一番防御力と柔軟性が高い赤い大蛇の革で造ったのだそうです。
ぴっちりくっ付いていればサンダルやガントレッドと同じに闘気を出せる訳ですが、アレクシア様は暑いからいやだとおっしゃっていました。
でも、ギャスパル兄様の汗は素敵なのだそうです。ほっておきましょう。
船着場までやってまいりますと、水際にニホンザルの足を長くして三メートルほどに巨大化した大猩猩が、足元に頭ほとの石を幾つも置いて出迎えてくれました。
こちらは鋼鉄張りの軍船なのですが、無理にへこみをつけることもございません。
わたくし、マルセル様、ギャスパル様、アレクシア様の底上げ組で飛び上がり、石の届かない上空から衝打で鋼鉄の球を撃ち出します。
わたくし達に気を取られているところにビスケとケレブスコロが飛び掛り、蹴り倒しました。
地脈の湧き口の側で暮らす大猩猩はモアくらいの強さだと聞かされていましたが、まったく相手になりません。
山羊はともかく、ウサギに蹂躙されるとは思っていなかったでしょう。
逃げに掛かる大ザルの群れにわたくし達も襲い掛かります。船のチャーター代になってもらわないといけません。
飛べるわたくし達から砂浜を走って逃げられるはずもなく、船の積荷になってもらいました。
肝が精力剤になるので、品質を見ました。
「このサル獲って暮らせるのじゃございませんか。良い肝ですわ。滅ぼさずに養殖出来ませんでしょうか」
お義母様がサルの死骸に槍を向けられます。
「日暮れ時に子供を攫いに来るので、生かしてはおけません」
お義母様、幼児体験がおありのようです。迂闊な冗談は控えましょう。
見たサルは生かしておかない方針で、湧き口があると思われる方向に飛びます。
途中に梨林がありました。畑は雑草畑になってしまっていますが、果樹園は手入れをしなくてもそれなりの形を保っています。
収穫量は少ないかもしれませんが、霊気が濃くなった分だけ味が良くなっていました。
村の者に持って帰りたいとお義母様がおっしゃって、みんなで梨狩りです。
人攫い鷲の爪を練成した小鎌をお渡ししました。生き物を斬ると自動回復するので、採集に使うと切れ味が止まらない優れものです。
残しておくとサルのエサになりますので、採れるだけ採ったらコンテナがいっぱいになってしまいました。
一旦領都メルカトプラテリアに帰ったら、元の村民に帰還を懇願されました。
一匹でも脅威だった大猩猩を一方的に蹂躙出来る戦力に期待されてしまったのです。
しかし、戦えない者が隙を突かれて攫われる危険はあります。
わたくしの法薬師受験までは本格的な奪還は行わない事にしました。
その間にお義母様とお義姉様が中心になって港を確保します。
法薬師試験に合格したら実質卒業です。
上法薬師を目指して高等科に席は置くものの、実戦力として実務に付きます。
仕事を持ってしまうと都に居ても会う機会は少なくなります。ファビアとニコレッタにはこちらから会いに行かなければ会えないでしょう。スケさんカクさんもです。
人生で一番楽しい子供の時間をこんなに早く終わらせてよかったのかと思いましたが、級友達はみんな中堅以上の実力を持ってこれほど早く社会に出られたのを喜んでいました。
御家人の二、三男みたいな立場だったのですから。
わたくしもヴォイデルポルト男爵の妻になるために戦わなければなりません。
ファミリアが欲しい生体結界発生装置を連れてヴォイデルポルトの港に戻りました。
知らない領民に泣いて出迎えられてしまいました。わたくしの扱いはすでにご領主様の最強の嫁様です。
安全が確保出来たので、領民と共に梨林を野営地にして周辺の大猩猩を退治します。
連れて来たエドモン様の高弟六人衆が全員山猫持ちになってしまいましたが、致し方ありません。
野営地の周囲に来るサルがいなくなってから、こちらから打って出ます。
大きな群れがいる場所はビスケが判ります。中心に一際大きな気配があります。
湧き口を占領してダンジョンのボスのようになった個体がいますね。
見つけた数十頭のサルの群れの中に、五メートル以上ありそうな巨猿がいました。
ボスがいる間は逃げないでしょうから、取り巻きから殲滅して行きます。
こちらの思惑通りにはいかないもので、群れが半分以下になったところで、巨猿が挑みかかってまいりました。
作戦はいつも通り、わたくしが飛び上がって注意を引きます。
ビスケが右肩を、ケレブスコロが左肩を蹴り砕き、マルセル様の百間突きが喉から後頭部に抜け、背後からのわたくしの突きは心臓を貫きました。
喉を裂かれた巨猿は無言で倒れ伏しました。
安心は出来ません。周囲の大猩猩を殲滅いたします。生きて逃がせば、別の巨猿になりかねません。
有り難い事に、巨猿の生命力を浴びたサル達は興奮して襲い掛かって来てくれました。
大猩猩も湧いた魔獣も殲滅し、漸く地脈の湧き口を探します。
わたくしが目星を付けた所をビスケに掘ってもらいました。
一メートルほど掘って、マルセル様が一・五リットルのペットボトルくらいある結晶体を中央に置かれました。
わたくしに理解出来ない呪文が唱えられ、半径五メートルほどの力の壁が出来たのを感じます。
ビスケとケレブスコロが穴を埋め直して、とんとんして踏み固めます。
ファミリアは普通の魔獣と違うので結界に入れますよ。そうじゃないといっしょに暮らせませんから。
マルセル様と並んで均されて行く地面を見ます。
「ここだけ色が変わってしまいましたわね」
「出来るだけ大きな岩でも置きましょう。この結界を破れる魔獣でも掘り返す知恵があるか判りませんが」
「これで、結婚出来ますのね。なんだか、妙な気がいたしますわ。お会いして半年経っていませんのよね」
「そう言われてみれば、そうですね」
「一生分の仕事をしてしまったようですわ」
「そうですね。後の領地管理は母上と姉上がやってくれますから。私達は隠居でいいのかな」
「まだ百年以上ございますわ」
「今からこれだと、死ぬ時に見る一生分の思い出が大変なことになりそう。まあ、そんなものはただの幻覚でしょう。本当に死んだ人が何を見たかは判らないのですから」
幻覚? 死ぬ間際に見る、ただの幻覚? なんでしょう、この妙な感覚。
死んでから見た、閻魔様が、なにか、間違っている気がします。閻魔様って、インド人のはず。
そう、あれはただの地獄絵。もし、本人の認識に合わせた姿になるのだったら、インド人だと思っているわたくしに、あの姿で出て来るのはおかしい!
あの時はまだ死んでいなくて、ただ幻覚を見ただけ!
実際に転生したから、疑ってみる事もありませんでした。
ギュスターヴ殿下の妻になっても構わなかったのかしら。
でも、もし自分を悪役令嬢だと思わないで自重しないで生きていたら、何処かで大きな間違いをして破滅したかもしれませんわ。侯爵の妻ですもの。
少なくとも、この何もかもが上手くいっている今の状態はなかったのです。
力が抜けてしゃがみこんでしまいました。
「だいじょうぶですか」
マルセル様がわたくしの肩に手を当てて下さいます。
「ちょっと、気が抜けただけ」
わたくしを心配してくれている人に向かって、手を差し出します。
「手を引いて下さい。わたくし、誰かに手を引いてもらって歩いた記憶がございません。育児放棄されていた訳ではございませんわ。抱かれたり負ぶわれているか、自分で歩くかだったのです。変にしっかりした子供でしたから」
「では、行きましょうか」
手を握ってもらって立ち上がり、歩くために握り直します。
「ぴゅいいい!」
ビスケがわたくしの足にしがみ付いてまいりました。置いて行ったりしませんよ。
小脇に抱えてみましょう。あまり、違和感がありません。
「なんだか、抱きやすくなりましたわ。小さくなる訳はありませんわよね」
「あなたが、育ったのですよ」
「そう、ですわね」
二人で手を繋いで結界を出ると、わたくし達の領地ヴォイデルポルトに勝利の歓声が響き渡りました。
武闘派令嬢奮戦記 袴垂猫千代 @necochiyo
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