第14話



「ねぇ、『Never Ending』聞いた?やばくない?」

「聞いた聞いた、いいよね」

「あれさぁ、耳に残るよね」

「わかる」

「Rinって昔も流行ったらしいよ、お姉ちゃんが知ってるって言ってた」

「そうなの?前に流行った曲なに?」

「『Colorful』って曲!」

「えっ、知ってる、それ!一時期ずっと聞いてたわ」

「ずっと曲出してなかったらしいよ」

「なんでなんで?」

「わかんない。どこにも出てないよね、Rinって」

「喋ったところ見てみたい」

「見てみたいよね!」


横断歩道の信号待ちで盛り上がっている女子高校生をチラッと見て、隣の彼を見上げる。



なにも聞こえていないような顔をして、信号を睨んでいた。


「だって、倫太郎」


小声でそういうと、私の方に耳を近付けてくる。


「喋ってるところ見てみたいって」

「はぁ?なんの話してんの?」


本当になにも聞こえていなかったらしい。あんなに大きな声で彼女たちは倫太郎を褒めてくれていたのに、当の本人は街行く人の声が耳に届かないそうだ。


自分の音楽にこれほど興味がない人は、なかなかいないんじゃないだろうか。


横断歩道で万が一何かあると危ないからと手を繋いでいるのは分かる。


ただ、ガードマンじゃないんだから周囲を警戒するのはやめてほしい。

私はいつから大統領になったのかと言いたくなる。


倫太郎が『Never Ending』を作ったのは先月のことだった。私には起きてからと眠る前に必ず『Colorful』を聞く習慣があり、それはたとえどんなことが起きても不変の習慣だった。


体調を崩しても、倫太郎が拗ねていても、必ず『Colorful』を聞く。


ご両親に結婚を反対されたり、お姉さんから嫌がらせをされたり、色んなことがあった。


倫太郎はその度にぶち切れて、いかに自分が私がいないと生きていけないかを語るので、そのうちみんなが呆れるようになって、結婚に許しが出た。


最終的には倫太郎のことをどうかよろしく、と同情めいた表情で言われてしまい、倫太郎はなぜか家族を味方につけて私に結婚しろと脅迫し始めた。


するって言ってるのに脅迫してくるのは意味が分からなくて爆笑した。


しばらく拗ねたので、ご機嫌を取りつつ毎日を過ごしていたが、先月になって急に倫太郎は夜中に部屋にこもった。


タイミングがおかしかったので、気になって起きて待っていたのだが、どうも曲を作ったらしく、聞けとスマホを渡された。


タイミングがおかしいというのは、夜のあれが終わったあとだからだ。


終わってそろそろ寝ようと『Colorful』を小さい音量で流していたら、倫太郎が急に起き上がって全裸のまま出て行った。


『Colorful』を何回も聞くことに飽きている様子は前々からあったので、聞きたくなくてどこかに行ったのか、シャワーを浴びに行ったのか。


急だったので少し気に掛かり、眠らないで待っていた。


30分もなかったと思う。

戻ってきて、スマホを渡された。


タイトルはなかったけれど、倫太郎は「『Never Ending』だ」と言った。


とりあえず服を着てもらって、自分も服を着る。


なんだか緊張して覚悟が決まらなくて、画面を触れなかった。


倫太郎は黙って待っていて、私が聞き終わるまで口を開かないつもりでいることが分かる。


ふーっと息を吐き出して、再生ボタンをタップした。


明るい曲調にかわいいキラキラした音が混ざっていて、『Colorful』と似た雰囲気を感じる。


倫太郎の今の声が音楽と混ざり合う。


どれがどんな楽器の音で、どういうジャンルなのかとか、何もわからないけれど、ただ、『Colorful』の続きだと言うことが伝わってきて涙があふれた。


窓の外に見馴れた景色、今日で終わりになる景色、光がぐにゃりと歪んで、おかしいな、悲しくないのに。


世界が回ることを知っていて、ずっと前から気付いていて、それでも今日が終わることを何回でも悲しんだ。


誰か見つけてくれるかな。

私を探してくれるかな。


誰も探してくれなくても、私は明日を迎えて歩く。


ひとりきりでも大丈夫。

ふたりになっても大丈夫。


もう少しだけ歩いたら、探したいつかに会えるはず。


知らないものをそのままにして、消えないものをそのままにして、全て抱えて歩いたら少しはなにかが分かるかも。


だれが、どこで、なにをしても、私はきっと、私のまま。


勝手なイメージだったけれど、そんなことを歌っていると思った。


歌詞は全然違ったのに、そう言われた気になった。


倫太郎の声が愛しい。


ずっと聞き続けた『Colorful』とは声の高さが違うのに『Colorful』の世界の話だと思える『Never Ending』が好きだ。


「いま、つくったの?」

「今度は15分で作った。歌入れるのに10分掛かった」

「あはは」

「お前のことはもう知ってるから、時間はそんなに必要ない」

「わたしなの?」

「さぁな」


今度は15分で作った曲に私は泣かされたらしい。


「ジャケットに絵を描いてもいい?お母さんみたいなすごいのは描けないけど」

「……いーよ」


 倫太郎は渋い顔をしたけれど、私はその顔の本当の理由をこの時知らなかった。


CDというのは曲をディスクに書き出して作れるものだと思っていた。


私はあくまでそのCDのジャケットを描きたかっただけだ。


自分用に持っておくだけの自分だけのCDのつもりだった。


一週間みっちりと朝から晩まで油絵を描いた。


初めて描いたので、お世辞にもうまいといえる絵ではなかったけれど、お母さんがやっていたことを自分がしてみて、楽しかったし幸せだった。


やたら倫太郎が様子を見に来るなと思っていた。


まさか、油絵の納品を待っているとは思ってもみなくて、完成したと報告したらすぐに奪われてしまった。


ちょっと待ってろと言われたきり、倫太郎は私の絵を持って出て行って、夜まで帰ってこなかった。


スーツで出掛けるからおかしいとは思っていた。私がすべてを聞いたのは、CDの発売が確定になってからだった。


倫太郎とじっくり話して分かったのは、倫太郎には個人で曲を作ってそれをCDに書き込んで、ジャケットまで描いたものを自分用に持っておく、という趣味の範囲で楽しむ発想がそもそもなかったということだ。


私がおかしいなと思った時点で無理やりにでも止めるべきだった。以前にRin名義で出した『Colorful』を担当した人に無理やり発売するように言ったそうだ。


慌てて先方に連絡をしたら、もしこちらが構わないのならば当初の予定通りにさせてほしいと言われ、驚いた。


てっきり倫太郎が無茶を言って暴れたのかと思っていたから、先方の態度に困惑した。


Rinは前回と同じでメディアに出ることはないそうで、そういった話は先方が全て断ってくれることになったらしい。


ただ、ジャケットに使う油絵だけはグッズにしろと倫太郎が言ったらしく、顔から火が出るかと思った。


発売されて瞬く間に広がって、SNSで誰かが使ってくれたらしい。それをきっかけに爆発的に曲が広まった。


ジャケットに対して「エモい」という感想を見かけて、もしかして倫太郎はこんな気持ちなのかも、と一瞬だけ理解する。


倫太郎は私から見てもセンスの塊だと思うので、比べるのは烏滸がましい。


しかし、油絵が今回初めてで出来もいいとは言えないのに、逆にそれが「エモい」と言われると、気まずい気持ちになった。


『Never Ending』は私の習慣の中に参加して、朝晩毎日聞く。


倫太郎は曲が二種類になったことに辟易としていたけれど、『Colorful』だって大切な曲だ。入れ替えるつもりはない。


「倫太郎、私ね、倫太郎は嫌だったと思うけど、『Colorful』に救われて、倫太郎にその話をして、よかったって今は思う」

「……お前に会ったときのこと思い出すと、俺は今でも吐き気がする」

「うん。ごめん」

「でも、俺はお前がいなくなったら、もう生きていけないからな?責任とって離れんなよ」

「私も倫太郎がいなくなったら、生きていけないかも」


ああ、また地雷を踏んだ。

倫太郎が苦しい顔をする。


「私が死ぬことを考えた?」

「絶対に許さないからな」

「私も、許さない」


倫太郎がびくりと怯える。

初めて言ったかもしれない。


「私より先に死んだら、一生倫太郎のこと許さない」


雑踏のなかで歩きながらする話じゃないな、と笑いがこみ上げる。


繋い手に力が込められて、倫太郎が自嘲気味にふっと笑った。


「俺が死んだら、凛音、死んでくれる?」

「うん」


即答されると思っていなかったのか、急に立ち止まって私を見つめる倫太郎にへらへら笑う。


躊躇ったらいけない気がしたから、迷わず即答した。


「俺はお前のためならどんなことでもやれると思う」

「どんなことでも……荷物持ちやってほしいな」

「やってない日がねーだろ、それは」

「うん、ずっとしてくれたらいいなって」

「腕がちぎれてもする」

「流石にそこまでは……」


怖いし重いことを言うくせに、いまだに好きだと返せないこの人がどうしようもなく愛しい。

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りんのおと 尋道あさな @s21a2n9_hiromichi

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