ウィル•オー•ザ•ウィスプ

@husiikai

ウィル•オー•ザ•ウィスプ

 人々が何者かに変装し、笑い、暴れまわる都会とは反対に、田舎とは言えないが決して都会とも呼べぬ町ではそんなことは露知らずというようにいつも通りであった。


 否、塾や学校、家の中では多少なり行われてはいたが大々的に行われてはいなかった。


 故に、カボチャ頭の少年はある家の母親に嫌そうな顔をされていた。


「お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ!」

「……あー、ごめんなさいね。今、うちにはお菓子がないから」


 少年が何かを言うより先に母親は扉を閉めた。


「ぷぷっ。うざがられてやんの」

「うるさい」


 大きな舌打ちを一つして、手に持っていた蕪のランタンで後ろにいた青年を殴りかかろうとするも、当然のごとく避けられる。


「現代でハッピィハロウィーン~は無理だってぇ。それにその言い方じゃさぁ……」

「去年はいけた」

「は? マジィ? こんな世の中でもお人よしはいんだねぇ」

「いいことだろーが」


 引っ付いてこようとする青年を鬱陶しそうに避ける少年は窓から薄っすら見える家族の食卓を見て馬鹿にしたように笑う。


「はっ、おい、紙」

「はいよ」


 青年がくれたのは赤い紙――最終告知警告――と書かれていたものだった。


 それを少年は隅々まで見て母親の家のポストに入れた。


「あれで家庭が壊れるかもしれねーんだぜ」

「僕は紙としかいってない。あれを渡したお前も共犯だろ」


 用は終わったとばかりにさっさと去ろうとする少年を青年は楽し気についていく。


「でも、あそこで渡す紙なんかあれしかないだろ~?」

「他にもいっぱいあるだろ」

「例えば?」

「ラブレターとか近所の家からの苦情とか」


 淡々と答える少年に青年は首をかしげる。


「ラブレター?」

「怪しむだろ。来ていたら」

「古典的すぎね~?」

「でも来てたら相手は嫌がるだろ」


 少年が説明するも青年は興味がないようで適当な相槌を打っている。


「ふーん」

「だから壊れたとしても赤紙を選んだお前が悪い」

「えー、じゃあラブレターに変えようかな~」

「ディア・ビルって書いとけ」

「うける」


 そう言うものの青年は母親の家に向かうことはなく、少年についていく。


「変えに行けよ」

「え~、でもやっぱ俺、きょーはんがいい」

「共犯じゃない。お前が全部悪い」

「きょーはん、きょーはんっ! さっきそう言ってたじゃん!」

「うるさい」


 再び蕪のランタンで殴りつけようとするも避けられる。


「きょーはん繋がりでぇ、お願いがあるんだけどぉ……」

「断る」

「まだ、話してもないのに……」


 青年が詳しいことを話すより先に少年がはねのけると青年は項垂れつつも話を続ける。


「ペテロ様曰く、イグニス・ファトゥウスが今年も多いんだってぇ」

「へー」

「それで、そのイグニス・ファトゥウスを捕まえなきゃなんだけどぉ」

「がんばれ」


 冷たくあしらう少年に青年は少年の肩を掴み、激しく揺らして駄々をこねる。


「お願いお願いお願い、お願い~!! 石炭あげただろ~!!」

「頼んでねーし、返すわ」


 蕪のランタンを青年に渡そうとする少年に青年はランタンを押し返す。


「それはあげたの!」

「じゃあ、これに関してごちゃごちゃ言うな」

「でも、でもでも! イグニス・ファトゥウスを野放しにしたらっ!」

「面白いことになるな」

「そうだけど、そうじゃない……」


 イグニス・ファトゥウスとは一般的に愚者火のことを指す。愚者火とは鬼火とも呼ばれる、所謂死者の魂のことだ。天国にも地獄にもいかずに現世に留まり続ける魂のことを指す。


 だが、少年と青年が言うイグニス・ファトゥウスは愚者火の中でも質の悪いものを指す。


「大体僕だってイグニス・ファトゥウスなんだけど?」

「ジャックはさぁ~、違うじゃん?」


 ジャックと呼ばれた少年は小指を青年の前に突き出した。


「何でも叶えてくれるなら」

「それって契約ってこと?」


 あー、うーと頭を悩ませる青年に対し、ジャックは青年を気にかけることなく歩を進めていく。


 少々耳障りな青年の声をジャックはフル無視しつつ、歩いていく。


騒がしい中、たどり着いた場所は年季が入ったアパートだった。


 その一室を軽くノックすると、中からバタバタとした騒がしい音がして扉が開いた。


「はーい」

「おじさん。お菓子下さい」

「あー、君か。ちょっと待っててね」


 中から出てきたのは白い粉を大量につけたシャツに少々、柿が腐ったような甘ったるいにおいがする中年のおじさんであった。


 おじさんが扉を閉めると再び中からバタバタした騒がしい音が聞こえてくる。


「誰?」

「去年、お菓子くれた人」

「なるなる~」


 おじさんが出てきた瞬間、うんうん唸るのをやめた青年をジャックは追い払い始める。


「契約しないならどっか行けよ」

「えっ」

「子供じゃないお前がいたら邪魔」


 ジャックの言葉にあらかさまにショックを受け、項垂れる青年。


「大体、僕に頼むのはおかしいだろ」

「え~、でもイグニス・ファトゥウスのことはイグニス・ファトゥウスに聞いた方がいいじゃん?」

「他の奴がいるだろ」

「でもジャック、面白いこと好きじゃん」


 青年にそう言われたジャックは一瞬考えた後頷いた。


「でっしょ~。それに今日は見分けがつきにくい日だからさ~。長く留まっているジャックに頼るしかないってわけぇ~」

「……去年まではどうしてたんだ?」

「片っ端から捕まえてた」

「お前、馬鹿だろ」

「ペテロ様に怒られまくったよ~」


 青年の言葉に頭を抱えるジャック。仕方ないじゃんと肩をすくめる青年に、二度と会うこともないだろうペテロの胃をジャックは心配し、同情する。


 とはいえ、ジャックからすればペテロも青年も赤の他人で手伝う義理などはない。契約を結ぶつもりがないのならば話は右から左へと流していくつもりだった。


 だが、青年の方もそれを見透かしていたのか、先に青年が折れる形となった。


「分かったよ。結べばいいんでしょぉ、結べば」

「無理しなくてもいいんだぞ」

「結ぶっ! 結ばせてくださいっ! でも、その無茶な願いはちょっと……」

「しねーよ」


 鼻で笑うジャックに青年は絶対嘘だと小声で呟く。


 青年が契約の話の続きをしようとするも、扉が開き、おじさんが中から顔をのぞかせた。


「どうぞ、入っておいで」

「失礼します」

「え、あー、失礼しまーす」


 先ほどよりも臭いが濃くなっているおじさんが手招くと迷いなく入っていくジャックと青年。


 中に入るとより、臭いはより濃くなり、それは青年が顔を歪め鼻を押さえるほどであった。


 キッチンには白い粉と大量の洗い物と大量の缶が散らばっていた。白い粉の方は風に吹かれて飛び散りまくっていた。


「汚くてごめんね。これでも急いで片づけたんだけど……」

「何の粉だよ、これぇ~~」

「本当にごめんね……小麦粉なんだけど……」


 青年が不快そうに服についた粉を手で掃うとおじさんは委縮しながら謝る。


 部屋の中には仏壇が置いてあり、写真立てには幼い少女とその母親らしき人物が笑っている姿が入っていた。


 ジャックはその仏壇に手を合わせたが青年はその様子を見つつ、テーブルの上に置いてあったソウル・ケーキを勝手に食べていた。


 ついでにいつの間に拝借したのか缶ビールを片手に持ちながら。


「……お前がそれを食べるのは洒落になんねーな」

「美味いぜ、これ」

「つか、勝手に食べてんなよ」


 ジャックがおじさんの方を見るとおじさんは困ったような顔をしておろおろしていた。


「すみません、勝手に食べて」

「い、いいよ。元々君達にあげる予定だったし……」


 ジャックが代わりに謝っている間もソウル・ケーキを食べ続ける青年にジャックは肘の鉄槌を食らわせた。青年の頭に向かって肘を勢いよく振り落としたのだ。


「いって!!」

「え、あ、大丈夫かい?」

「そんな奴、気にしないでください。それより、お菓子くれなきゃ悪戯しちゃいますよ」


 痛みに悶える青年を無視しておじさんに手を差し伸べるジャック。おじさんは慌ててその手にラッピングされたソウル・ケーキを渡す。


「はい、君にも」

「お、サンキュ〜」


 ジャックのものより少々歪なラッピングが施されたソウル・ケーキを青年は貰う。


「ハッピーハロウィーン、だよね。これであってるかな?」

「ありがとうございます。覚えててくれたんですね」

「何? 去年って」


 鉄槌を受けてもなお、お皿に盛られたソウル・ケーキを食べながら問う青年におじさんが答える。


「ハロウィンではソウル・ケーキを配るものだったって教えてくれたんだよ」

「あー、もうあんま見ねーけどな」


 ソウル・ケーキは家々を回り、死者のために祈りを捧げる貧しいものたちのために与えるものだった。


 ソウル・ケーキとは言うが、ケーキというよりもビスケットに近い。


「……それで君は……」


 緊張しているのか顔を赤らめて言いにくそうにちらちらと青年を見るおじさん。青年は一瞬考え込むようなそぶりを見せた後、ジャックの顔見て悪い顔をした。


「俺はビル。ジャックとは昔からの仲〜」

「知り合いです」


 ビルの言葉につけますようにして答えるジャック。


「つめて〜、名付けてくれたじゃんかよぉ」

「勝手に名乗るな」

「えー、ジャックがそう言ったんじゃん」


 ディア・ビルってと笑いながら言うビルにジャックは蕪のランタンで頭を叩いた。


「仲がいいんだね。私の名前は鹿島駿だよ。よろしくね」

「おー」


 笑顔で接する鹿島がビルに手を差し伸べるがビルは鹿島の汗をかいた手を見て、適当に頷いただけだった。


「そういえば、手作りしたんですね」

「え、あ、うん。買おうと思ったんだけど、売ってなくてね」

「一人で作ったんですか?」

「そうだよ。お菓子作りっていうのは結構難しいんだね……」

「難しい?」


 ジャックが視線を落とした先には綺麗に焼きあがったソウル・ケーキがお皿の上に並んでいた。


「そう、何回も失敗してしまってね」

「失敗?」

「焦がしてしまったり、美味しいとは言えないようなものを作ってしまったりね」


 ジャックがビルを見るとビルはわざとらしく「美味しい! 美味しい!」と言いながら再びお皿の上のソウル・ケーキを食べ始める。


「あ、ありがとう。そんなに喜んでもらえるなら作った甲斐があったよ」

「失敗したやつはどうしたんですか?」

「ああ、捨てたよ。とても食べられるものじゃなかったからね」


 キッチンの惨状や鹿島の服が白く汚れていることからも、お菓子作りが得意ではないことはジャックも気が付いていた。


「それにしては随分とゴミが少ないんですね」

「え? ああ、外に纏めて置いているからね」

「外、ですか?」


 確認するようにジャックが問うと鹿島は全身を震わせた。


「でも、ここベランダありませんよね?」


 ジャックの言う通り、鹿島の住むアパートにはベランダが存在しない。


「ゴミ捨て場に捨てたんだよ。家の中に置いておくのは嫌だからね」

「ゴミの日以外に出してはいけないのでは?」


 首をかしげるジャックの視線の先にはゴミカレンダーが張ってあり、十月三十日、可燃ごみの日と書かれてあり、三十一日には何も書かれていなかった。


「それは……」

「それに随分と上手に、そして大量に作ったんですね」


 今や殆どビルによって食べられてしまったが、食べられる前は皿の上に山ほど積み重なっていた。


 比べてジャックとビルが手に持っている包装紙に包まれたソウル・ケーキは五枚。


「お一人で食べられるつもりで?」

「……うん。私も甘い物好きだからね」


 鹿島はビルを見て言う。確かに、無類の甘いもの好きであれば食べられない量ではないのだろう。


「おっさん、甘いものそんな食べねーだろ」

「好きだよ、甘いもの」

「そうじゃなくてさぁ~。中毒者じゃん」


 ビルは自身の飲みかけのビール缶を指さして言う。


「アルコール依存症。必要ねーだろ、そんなに大量の菓子。酒で腹が膨らむんだから」


 アルコール依存症の症状として、手足や体の震え、大量の汗をかくなどがある。


 そしてアルコール依存症の最も大きな特徴としてお酒を飲まないと先ほどの症状が、自分の意志とは反して出てくるということである。


「……僕ら以外にも誰かいますよね?」

「ええ、そうよ! ソウル・ケーキはパパが私に作ってくれたものよ!!」


 大声を出しながらキッチンから飛び出してきた少女は鹿島の前に立ちはだかった。


「なのに、勝手に全部食べやがって! それにパパをいじめるなんて許せな……」

「出てきちゃだめだって言っただろ! 愛歩!!」


 手を震わせながらいきなり怒号を出した鹿島に愛歩と呼ばれた少女だけでなく、ジャックやビルも肩を震わせた。


「だって」

「だってじゃない! もうニ度と愛歩を失いたくないんだよ! なんで分かってくれない!?」


 自分の髪をグシャリと掴んで引っ張り上げながら叫ぶ鹿島は自分自身の感情が制御できていないようだった。


「大丈夫だよ、パパ。これからは愛歩とずっと一緒だから」


 そんな鹿島の頭を撫でて落ち着かせる少女。


 幼い少女、愛歩が鹿島の頭を撫でるには台を使うか、鹿島が屈むかだったが、そのどちらでもなく、愛歩は宙に浮遊していた。


「イグニス・ファトゥウスじゃ~ん」


 愛歩の言葉と浮遊している姿を見たビルは嬉しそうな声を出す。


「だからお願い、邪魔しないで」

「それは無理ぽよなんだよな~。俺がペテロ様に怒られちゃうから」


 へらへらしながら答えるビルに愛歩は眉を吊り上げる。


「だったら私にも手はあるんだからっ! トリック・オア・トリートっ!」


 愛歩が何やら技名のように叫ぶとビルは先程鹿島にもらったソウル・ケーキを愛歩に向かって投げた。


「トリート~ってね」

「パパが作ってくれたのを投げないでよ! それにそれはむこーだわ! だってそれはパパがアンタにあげたやつだもの!」

「いやぁ、無効じゃねーよ。だって俺は何も言ってねぇもん」


 ハロウィンは彼の世と此の世の境目が曖昧になる日。本来、先祖の霊が家族に会うための日だったが、悪い霊も此の世に来ることが出来てしまった。


 そのため、仮装し、悪い霊の仲間だと思わせ、常にお菓子を持ち歩くことで魂を取られないように対策した。


「なら、もう一回言うまでよ! トリック・オア・トリート!」


 自信満々に叫ぶが特に何も起こらない。困惑する愛歩をジャックとビルは哀れみの籠った目で見る。


「技名みたいだけどだせぇんだよなぁ……」

「何も起きないのが更に……」


 ビルとジャックの言葉に愛歩は顔をこれ以上ないくらいに赤くさせる。 


「トリック・オア・トリート! トリック・オア・トリート!」


 更に愛歩は叫ぶが何も起こらない。


「無意味だってぇ、一人につき一回だけなんだからさ〜」


 愛歩が叫んでいるトリック・オア・トリートとはお菓子かいたずらかと言う至って普通の呪文なのだが、霊がこれを唱えた際にお菓子を渡すことが出来なければ魂を抜かれてしまう。


 また、呪文を言って貰ったお菓子を他の人に渡しても魂を抜かれてしまう。


 ただ、一度お菓子を渡すことが出来ればその年はその霊に対しては呪文の効力を失う。それだけでなく、仮装をしている人間はそもそも霊に人だと判断されないため、狙われることは少ない。


「でも、でもでもでも! アイツは何できかないのよぉ!!」


 目にうっすらと涙をためた愛歩が叫ぶとジャックは肩を落とす。


「仕方ないんだよ。悪魔やペテロにも見放されちゃったんだからさ」


 何の得にもならないが霊同士でも呪文の効力はある。霊が霊に唱え、何も渡すことが出来ないでいると、強制的に彼の世に連れ戻される。連れ戻された霊も連れ戻されるより早く唱えるのでお互い足の引っ張り合いをしているようなものである。


「……愛歩? 大丈夫なのか?」

「う、うん。大丈夫だよ」


 状況の読めていない鹿島が不安げに聞くが、愛歩の顔色は真っ青である。しかし、鹿島は大丈夫だと言われたためか安心したように息をつく。


 愛歩は周りをきょろきょろと見渡し、目に涙を薄っすらとためながら小さな声で呟いた。


「……パパ、トリック・オア・トリート」


 愛歩の呟きも虚しく何も起こらなかったが、鹿島の方は嬉しそうに雄たけびを上げた。


「おおおおおっ! これで、愛歩とずっと一緒に!!」

「なれるわけねぇ~じゃん。ソウル・ケーキはアイツのものなんだろ~?」


 ビルがそう言うものの鹿島の耳には届いていない。


「だってそんなの知らなかったもん……」

「どうすんの? アイツ、明日を迎えたらやべーんじゃねぇの」


 壊れたように喜びの歓声を上げる鹿島にドン引きするビル。


「ね、君がパパの今の状態から解放してほしいって言うならしてあげるけど、どうする?」


 俯いている愛歩にジャックが提案を持ちかけると素早く顔を上げ、鹿島を数秒見つめた。


「パパ、明日になったら君に裏切られたことショックで壊れちゃうかも」

「そんなの、いや」

「でも、そうなっちゃうよね?」


 浴びるほどお酒を飲み続け、否定の声も届かぬような歓声をあげ続ける鹿島が迎える最愛のいない明日は想像するに難くない。


「……パパ」


 鹿島を見つめる愛歩の目は悲しみで揺れていた。だが、目を閉じ、数秒かけて息を吐いた後、愛歩はジャックに頭を下げた。


「お願い、します」

「うん」


 頷いたジャックはすぐさま鹿島をなんとかするのかと思いきや、ビルの方を向いた。


「おい、契約内容はこうだ。鹿島愛歩が死んだ理由を僕に教える代わりに、僕はイグニス・ファウトゥスを探すのを手伝ってやるよ」


 上から目線の要求だったがビルは不快だというよりも困惑したような表情を浮かべ、頷く。


「……死因は轢死。車に轢かれたんだ。犯人はいいとこの坊ちゃんで、過失致死傷罪で懲役は二年。あー、もうすぐ出てくるはず」

「随分短いんだな」

「やり方が上手かったんだよ。轢いたすぐ後、救急車呼んで自首した。遺族にも多大な謝罪金も渡したから反省していると見なされたってわけ」


 淡々と説明するビルに愛歩が驚く。


「何で知ってるの?」

「そりゃ、悪魔だから。それにこんな簡単な契約できなきゃねぇ~」


 自分のことを悪魔だと称したビルだが、見た目は人間の男、青年そのものであったため、愛歩は疑いのまなざしを向けていた。


 本当だってと主張するビルを他所目にジャックは鹿島の腕を掴んで話を聞かせようとしていた。


「おじさん。あれ、本当に鹿島愛歩だと思うの?」

「……え?」


 雄たけびをあげ続けていた鹿島はジャックの言葉に叫ぶのをやめる。


「鹿島愛歩って、おじさんのことを殺そうとしてくるような子だったの?」


 ジャックの言葉に愛歩が何かを言おうとするもビルに止められる。


「鹿島愛歩じゃないんじゃない?」


 鹿島は虚ろな目で愛歩を見つめる。


「鹿島愛歩だとしたら何で母親は鹿島愛歩を止めねーの?」


 ジャックの言葉に息を呑む鹿島。


「やっぱり、鹿島愛歩じゃないんじゃない?」

「あ、あ、ああああ……」


 顔面蒼白になり、膝から崩れ落ちる鹿島を支えるジャック。


「そんなことより楽しいことを考えようよ。例えばさぁ~」


 鹿島の顔を覗き込むジャックはカボチャの被り物をしているために表情が読めない。


 だが、ジャックが楽し気に話していることは確かだった。


「犯人に復讐しちゃうとか」


 この提案に鹿島は顔を上げるも、すぐにかぶりを振る。


「なんで? 別にいいんだよ。相手の家族とか気にしないでさ」


 ジャックは決して慰めているわけではない。


「だってこっちは苦しんでるのに、あっちだけのうのうと生きてるのムカつくじゃん」


 ただ思っていることを口にしているだけだった。


「おかしいでしょ。殺しておいてもう釈放されるんだよ。金持ちだから将来が崩れることもない」


 それでも鹿島の心には動かされるものがあったのか。


「鹿島愛歩が歩めなかった未来を楽しく生きていくんだよ」


鹿島はジャックから目を離さなかった。


「そんなんさぁ」


 鼻で笑ったジャックは大きく息を吸う。


「くっっっそムカつかねぇ!?」


 急なジャックの大声に鹿島は大きく目を丸めながらぎこちなく頷く。


「多額の謝罪金? 反省の余地? 知ったこっちゃねぇよ!」


 大声で語るジャックに鹿島は圧倒されてしまう。


「人の人生変えといてたったそれだけ!?」


 ジャックはそう言い終わると息を一つはいた。そして、鹿島の肩を掴み、鹿島と視線を合わせ、優しい声を出す。


「ね、復讐しちゃいなよ」

「だけど」

「おじさんはどうしたいの? 他の人なんか関係ないよ。おじさんがどうしたいのかでしょ」


 ジャックの言葉に鹿島は顔を俯かせる。


「おじさんの人生なんだから、ね?」


 ジャックの言葉を聞いた鹿島は二人が映っている写真に視線を向けた後、目を閉じた。


 愛歩はそんな鹿島の後ろで不安そうにパパと呼び掛けていたがその声はもう届いていないようだった。


「おじさん。ソウル・ケーキ、ありがとう」


 お辞儀をし、部屋から出ていくジャックを慌ててビルも追いかけていく。


 鹿島の家から出るとそこにはお辞儀をする女性がいた。それは写真に乗っていた母親らしき人物であった。


 ジャックも彼女に軽くお辞儀をした後、鹿島の家から遠ざかっていく。


「……いるじゃん、母親」

「おー」

「知ってたわけぇ?」

「お菓子作りって複雑なんだよ。予熱とかな。あの二人には無理だろ」


 ジャックの言葉にビルは幼い少女と粉まみれのおじさんを頭に思い浮かべた。


「なら何であの母親は何もしなかったんだ?」

「娘の気持ちも理解できるけど、そうする勇気が持てなかったんだろ」


 ビルは気の弱そうな母親も一緒に思い浮かべた。


「あー……勇気、勇気ねぇ」

「どっちかつかずってことだろ」

「他者に判断を委ねるなんてなんて卑怯者め~」


頬を膨らませて腕を振りまわすビルの頭を蕪のランタンで殴りつけるジャック。


「やめろ、恥ずかしい」

「はぁい。そーいやアイツには去年から目ぇつけてたの?」

「おじさんがあの調子だからな」

「それで俺を連れてってくれたの!? 最高ぉ~!!」


 飛びかかろうとしてくるビルをジャックは避ける。


「わ、あぶね。でも、契約あれでいいわけぇ? 俺、彼の世に行けるようにするんだと思ってたんだけど」

「何故?」

「えー……だって、飽きたかなって。暗いとこはさ」


 ビルがそう言うとジャックは声をあげて笑う。


「あは、ははは……お前知らねーの? 彼の世と此の世の境目があやふやになる日なんていくらでもあるんだよ」

「は?」

「僕がいつまでも暗闇にいると思うなよ」


 機嫌がよさそうなジャックとは反対にビルは頭を抱える。


「大体お前が俺の行く先を照らしたんだろ」

「そんなぁ」

「それに飽きねーよ。こんな面白い場所」

「二度も騙して人生送ったくらいだもんね……」


 露骨にショックを受けているビルを見てジャックは再び声をあげて笑う。


「騙される方が悪い」

「俺も好きだよ、それぇ。だからイグニス・ファトゥウス捕まえるの手伝ってね」

「は?」


 驚いて足を止めるジャックの肩にビルは腕を回して寄りかかる。


「俺ぇ、一人だけなんて言ってねーし。それにさっきのは微妙じゃん」


 魂を抜き取ることが最初から少女には不可能であったためにビルも手だしをするのはためらったのだ。


「つーことでゴーゴー!!」

「めんど……」


 気だるげに呟いたジャックは項垂れながらも次の家へと歩いていく。


不気味なランタンが行く道を照らしていく。そこを歩くも自由、歩かぬも自由だが、決めるのは己次第でしかない。他の誰でもない己自身で決める他ない。行き先は自分で決めなければならないのだ。


「そー言って付き合ってくれるとこ最高!」

「うるさい」


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