第7話 祖父の葬式

 物悲しい空気に包まられる中、静謐さもある祖父の遺体は白装束と着て棺の中で眠っている。皆それぞれ各々の黒服を身に纏い、祖父の知人や親戚、彼を尊敬する人々たちが彼の棺の前に頭を下げていく。

 線香の香りが立ち込める中、ひそひそと、他人の小声が耳に入ってくる。


「いい人だったのにね、秀蔵さん」

「ええ、あの人の刀は、処刑人様たちからも褒められてたって聞いたわよ? すごい人だったのにねぇ」

「残念ねぇ」

「ねぇ」


 爺さんは、純粋に痛む人もいる。それは、祖父がそれほど素晴らしい刀匠だった、という賛辞にも受け取れる。


「養子のくせに泣きもしないのね……ホント、可愛くない」

「こら、やめろよ」


 黒スーツを着込み椅子に座りながら俺は目を閉じる。

 確かに、俺は養子だ。爺さんとは血のつながりなんて一切ない。

 怪異殺しの御三家、退魔三心家と評される名家で神職の家系である肖神家の次男と、愛人の子……その事実は、塗り替えようのない事実だ。


「鋼陽、気にするなよ」

「……はい、義父さん」


 義父さんが施主で、義母さんが喪主だ。

 俺は遺族側だから、席で他の来客に頭を下げる程度くらいしかやることがない。

 肖神家の分家である統烏院家の当主であり俺の父、統烏院逢之介とういんおうのすけ統烏院名緒子とういんなおこ

 ……俺のことをよくしてくれる、いい両親だ。

 爺さんは俺が養子だとわかっていて、俺を拾ってくれた。他の親族は、汚れていると追い出された俺に優しくしてくれたのは、爺さんたち統烏院家だけだ。

 統烏院家は八咫烏を主に信仰する神職の家系だ。だから、爺さんの刀にも八咫烏様の火の加護があったのかもしれない。

 俺の手は、くだらないことで振るうのは認められるはずもない。ただ単に、俺のことを知らない人間の与太話に永遠に聞いて滅入るような男などではないのだ。

 坊主頭の僧侶が、室内に現れる。

 祓波の父親である蘇摩そうまさんだ……ライングリムの葬儀部の人間が来るとてっきり思っていたが爺さんにはよくしてもらっていたから、と言っていたな。

 小さい頃、ロック系の曲をよく聞かせてくれたな。

 ……その影響もあってか、祓波が中二病に目覚めたりもした気がする。

 先に他の来客を帰らせ、お通夜の時刻になり、蘇摩さんによるお経が始まった。



 ◇ ◇ ◇



「本当に、死んじまったんだな。秀蔵さん」

「……ああ」


 爺さんの遺影がある仏壇の前で、祓波は頭を上げた。

 祓波は苦々しく言いうのに静かに同意した。

 お通夜も終わり、葬儀も終わって爺さんは荼毘に伏した。あれから数日たち、爺さんの骨は納骨堂に収めてきた。色々と書類などに父さんたちが奔走していたが、親戚たちと爺さんの遺産について揉めたりしているようだった。


「……鋼陽は、平気か」

「義父さんと義母さんも頑張っているんだ、俺だけ滅入ってどうする」

「……カッコつけちゃってまあ」

「頑張っている二人のために、俺も努力をしたいだけだ」

「へいへい」


 義父さんも母さんも……二人も俺は養子だと言うのに、家族としての愛情を注いでくれた。だからこそ、根っこのところは腐らないでいられているのもまた事実だ。


「んじゃ、鋼陽はその……本当に、聆月様と戦番の契りを交わしていたんじゃないのか?」

「……特に交わした覚えはないな」


 ……前世の時に、別れのやり取りをした、と言うのは覚えている。他の前世の記憶がまだ全てが戻ってきていない以上、それをしたかどうかまでは判断がつかない。

 契り、と呼ばれるような行為を特別した覚えもないしな。


「嘘言ってねえだろうなぁ?」

「言ってない……言ったとしても、お前なら気づくだろ」

「当然だろ? お前の悪友兼友達第一号様だからなっ」

「なんだ、そのノリは」


 よし、次回コイツから昼を驕れと要求された時は、激辛ラーメンを食わせよう。


「レムレスを倒せるのは、神者の力を借りた人間だけだ。実力で倒せる奴もいるとしたら、混者まぜものだけだぜ」

混者まぜもの?」

「処刑人用語の一つだよ、神者と人間の血が混ざった存在、または人間の体に混合している存在を混者まぜものって言うんだ」

「……ああ、お前がリアル猫耳女子がいるとSNSの動画で騒いでいた話のあれってそれが元か」

「る、るっさいわっ」

 

 祓波は、訝しめに見つめながら首を傾げる。


「……本当に、聆月様とは契りはしてねえの?」

「覚えはないといったぞ……どのことをさして契りになるのかもわからん」

「例えばー……そうだなぁ、王道なのは契約書に書くとか、お互い同意している上でした契約の合図なら名前を呼ぶとかキスする、とかもあるぜぇ? 人によっては力を借りる時の方法もそういうのを縛りにしてる処刑人もいるし」

「…………」


 うんうん、と顎に指を乗せ頷いている祓波を無視し、鋼陽は口元に手を当てる。

 ……思い当たる節は、なくないな。それならば合理的に聆月と接吻の口実にできるが、それには俺が処刑人にならないといけないわけで。

 待てよ? まだ聆月が他の処刑人の戦番になっていない、ということなのならば同時にそれは、聆月が他の輩と接吻を交わす可能性がある、という答えにも繋がっているのではないか。少なくとも、俺が転生を繰り返すうちにされていない可能性は、ないとははっきり断言できないわけで。

 頭に沸いた疑問に嫉妬心が口から飛び出そうになる。


「……」

「ど、どった? 鋼陽? 怖い顔して」

「祓波、処刑人は戦番を多く持つ者もいるんだよな?」

「ん? ああ、でも基本的な相棒となる神者様だけ契りを交わすことになるから、神者様たちが必ずしも全員がそういうことをするわけではないぞ?」

「……本当にか?」

「嘘ついてどうするよ? なんだ? 急にどうしたよお前、処刑人にでも興味持ったのかぁ? でもお前、刀鍛冶職人になるんだろ」

「……」


 ということは、相棒になる神者だけということを踏まえたとしても、俺以外の男の輩とそういうことをする可能性があるという答え以外の何者でもない。

 ……盲点だった。知れば知るほど、薄汚い嫉妬心が、心臓に絡みついてくる。


「っち」

「うわ、こわぁ……なぜに舌打ち?」


 ……落ち着け、苛ついても仕方ない。

 今はそんなことよりも、聞かなくてはいけないことがある。

 鋼陽は再度、念には念を入れ継一郎に尋ねる。


「……聞きたいことがある。祓波、本当に契りに接吻もあるのか?」

「っは? お前本当に古風な言い回し好きだよなぁ、武士か何かですかー?」

「どうなんだ?」

「何マジな顔してんだよ」

「聞いているだろう」


 今はお前の冗談に構ってられんのをわかれこの馬鹿。

 ゴゴゴゴゴ、なんて効果音で鋼陽から黒い影を感じた祓波は頬を掻きながらめんどくさそうに答える。


「いや、一部だけだって……契りの内容をそうした神者様だっているって噂があるってだけで」

「嘘じゃないな?」

「……なんでお前、ガチで気にしてんの?」


 額に手をやり、頭を抱え始める様を見た祓波は俺の反応に、きょとんとした。


「ちょっと待て、本当に? マジ? マジのマジ? 聆月様と契り交わしてたのお前!?」


 不審げに見てくる悪友の視線が痛い。


「……お互い同意の上での行為なら、と聞いただけだ」

「……え? まさか、聆月様にキスしたの?」


 ……いや、聆月と接吻したことは事実だ。事

 実だが、まだ可能性を捨てさせるような言い回しはできない。

 俺らしくないが、しかたない。


「名前は、呼んだ」 

「ぶっ、ダッハッハッハッハ!! 鋼陽様、お馬鹿ぁ? お馬鹿様なのぉ? ダッハッハッハっハッハッハ!!」

「真面目に聞いているだろうが」

「ひぃ、ひぃ、ひぃっ……あーおっかしぃ、ハハハハハッ」


 祓波は腹を抱えて豪快に笑う。

 ……本当に、コイツが爆笑する時は腹立たしいが、念には念を、だからな。

 しかたないと、わかっているのに悪友の態度が腹が立ってしかたない。


「お前、本当にムッとした時、口きゅってする癖あるよなっ、末っ子気質なくせに長男とか、マジ、マジっ、ブハハハハハハハ!」

「……不慮の事故でなることはないのか?」

「ぜってぇねえ! ホント、ホントにホント、マジで、お前のそういうとこ好きっ、ひぃ、ひぃ、だっはははははっははは、は、はぁ、ひぃ、腹いてぇっ」

「……いいだろう、顔面叩き割って朝日を拝めなくしてやる」

「待って!? イケメンのガチギレ満面スマイルほど怖い物ないのよ!?」


 ただでさえ嫉妬と悪友への憤怒で頭がおかしくなりそうだというのに、この男は。満面の笑顔で拳をちらつかせてやれば、悪友様はまった、といわんばかりに手を上げる。


「安心しろ、顔面がいっぺん死ぬだけだ」

「え!? マジ!? ま、待ってぇ!? 理不尽だろ!?」

「10……8……」

「ま、待って! 落ち着くから、落ち着くからぁ! はっ、はっ、ふぅ、……ひぃ、……っ、悪かったってぇ」

「5、2」

「わー! ブラック鋼陽様お断りー!! わかった、わかったって!!」


 悪友様は爆笑しすぎたせいもあってか、涙が目じりに溜まっている。

 ようやく大人しくなったな、まったく笑い転げて調子に乗るなこのバカ者が。

 

「後、もう少し笑い続けていたら顔面に入れてやろうと思ったが……まあいい。特別に許してやる」

「悪かったですーってぇ。お前にとっては真面目に聞いてんだもんな?」

「……次の昼は奢ってやらん」

「悪かったって! 鋼陽様ぁ~! 純情な奴でホッとしただけだって!」


 バンバン、と祓波は俺の背を叩く。

 ……よし、これで祓波に対して面倒な詮索はされないな。

 聆月の立場を配慮するなら、これでいいはずだ。そして、俺の今後の方針も決めていかなくてはいけない。俺の品位が下げられた気がしなくもないが、この馬鹿にはこれで通じるならそう手を打っておく他ない。

 後は、聆月がいるであろう中国へ行くためにはどうするか、だけだな。

 だが、俺が東京の大学にいるのは、爺さんの後を継ぐ刀鍛冶になる約束を果たさないわけにもいかない……ならば、いっそのこと俺は処刑人になれば。


「……その手があったか」

「ん? 何の手?」


 どうしてそのことを爺さんの葬儀の時に思いつかなかったのだろう。

 掌を口元に当てながら、にやり、と鋼陽が口角を上ったのを祓波は見る。

 寒気、というより嫌な予感が祓波の背中に走った。


「処刑人になるためには、戦番がいなくてはいけないんだろう?」

「ん? ああ、それが処刑人になる条件の一つだけど……それがどうした?」

「……決まっているだろう」


 鋼陽は、野心に満ちた目で告げた。


「――俺は、処刑人になる」


 縁側から差し込む太陽が、鋼陽たちのいるリビングに差し込んだ。

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東京レムレス 絵之色 @Spellingofcolor

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