貴方様の所為で、私は死ぬのです。

灰月 薫

 



あゝ、心底お恨み申し上げます。


私は生来しょうらい物を捨てられぬたちの者で御座います。

というのは、全ての物に価値を感じて仕舞うのです。


この様な物言いをしますと、丸で私が慈愛に満ちた出来た人間の様に捉えられるかもしれません。


しかながらその実状は優柔不断の一言に尽きるのです。


例えば———御座いますでしょう。


遠くに住む友人と久々に会った帰途、彼の人にはもう二度と会えぬのかもと、不意に胸を締め上げられる事。


幼き日に拾った花弁や団栗どんぐりを捨てようとしても、在りし日の思い出が手を止めさせる事。


えぇ、その様な事で御座います。


いずれ在った事すら忘れてしまう些細な物でも、失う事がふと怖くなってしまうのです。


私には失っても良い事と良くない事が判別出来ないのです。


価値という存在が理解出来ぬと言っても良いかもしれません。


弱い人間だとお笑い下さいまし。

貴方様は強い人で御座いますから。


しかし強い貴方様ならきっとお分かり頂ける筈です。


雛鳥が親鳥に生き方を預ける様に、私は貴方様に一番大切な価値を預けていた事を。


私にとって一番大切な価値、即ち私自身の価値で御座います。


故に、一つお尋ね申し上げます。


私に価値は有りますでしょうか。


———有る。


そう仰しゃいましたか。


ええ、そう仰って下さると思っておりました。


傲慢ながら、貴方様の優しさを信頼しておりました。

貴方様ならきっと私にそう言って下さると。


でも———如何してそれが口先だけで無いと判別できましょう。


貴方様は私の何を知って居られるのですか。


何を以って、私に価値が有ると言いましたのでしょうか。


ええ、ええ。


貴方様は本当に優しいお方で御座います。


私が理由を求めれば答えて下さいます。


———それだけ一層、私は自分の価値が無いことを悟らなくてはいけないのです。


あゝ、お恨み申し上げます。


如何して今まで貴方様は私に会って下さらなかったのでしょうか。


如何して貴方様は私のたった一話の独白に辿り着いて下さらなかったのでしょうか。


評価の数を、反応の数をご覧くださいまし。


これが貴方様読者の下さった私の「価値」で御座います。


それが私の価値で御座います。


貴方様が如何どう口で取り繕って、如何どう私を宥めようとも、私の価値は貴方様にも見えているじゃあ有りませんか。


あゝ、お恨み申し上げます。


私の価値が無いのは、価値が無い私が捨てられるのは、貴方様の所為で御座います。


貴方様の所為で、価値の無い小説は他の者に埋もれて死ぬので御座います。


———貴方様が私を殺したのです。


必ず貴方様は私を忘れます。


見殺しにした事さえ、忘れてしまわれるのです。


そうでしょう。


そうやって、どれだけの価値を殺したのですか。


そうやって、何人の私を殺してしまわれたのですか。


あゝ、お恨み申し上げます。


貴方様の所為で、私は死ぬのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貴方様の所為で、私は死ぬのです。 灰月 薫 @haidukikaoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説