被害者の共通点

「笑っていないで、早く説明してください」

「わかったから、そう焦るな」


 守屋刑事は如月刑事からファイルを受け取り、机の上に一人一人写真を並べながら説明を始めた。

 さっきまで大人しく部屋の隅にいた未来ミクちゃんも、俺の隣で頬杖をつきながら守屋刑事が用意した写真をじーっと眺めている。


「先に伝えておく。青木 円香の事件は連続殺人として帳場が立つことにるだろう。容疑者候補は、神々廻ししべ 空。お前らのおかげで、被害者全員が神々廻ししべ 空らしき人物と接点があることが確認された。この『らしき人物』というのが厄介でな、防犯カメラの映像ともう一つ、同じアプリを使いコンタクトをとった形跡があるという事だけで、決め手にかけるのが現状だ」


 如月刑事が守屋刑事の説明を引き取る形で話を続けた。


「彼女たちが行方不明になった前後の行動を防犯カメラで確認したところ、怪しい人物、左目の下に泣きボクロがある神々廻ししべ 空が映っているものが多数ありました。が、彼女たちと話しをしたり接触している映像はまだ見つかっていないのです。ただ、同じアプリを使い、同時期に同じ場所にいた。それが神々廻ししべ 空なのです」

「女子大生の行方不明なんてな、この世の中にゴロゴロ転がってる。まじめに初動捜査がされないケースも多いい。連絡が取れなくなった時期すらも、わからない被害者も中にはいる」


 守屋刑事はどことなく遠い目をして、そう言った。失踪する理由なんて人それぞれだ。円香ちゃんのことだって、最初は全然真剣に取り合ってもらえなかったことを考えると、この二人の刑事は警察内部でも大変な想いを抱えてここまできたんだろう、と簡単に想像がつく。


「一人目は、佐々木 美玲みれい19歳。柔らかく幅の広いタオル状のモノで絞殺された後、山梨県甲府市にある溪谷で発見された」


 守屋刑事は、佐々木 美玲みれいの写真をトントンと叩き、次の写真へと視線を移す。確かこの女性のニュースを、俺は3〜4年前に目にした気がする。でも膨大な情報の中に今日まで埋もれてしまった事件の1つだった。


「二人目は、野崎 さくら21歳。死因は窒息死。北海道紋別市にある自宅で発見された。ベッドで寝ている状態だったため、当初は病死かと思われていたんだが…。解剖の結果、足と手首に拘束された痕、そして長時間かけて腹部を圧迫されたことによる圧死だと判明した」


 守屋刑事はコーヒーで喉を潤し、次の被害者について淡々とした口調で説明を続ける。一瞬守屋刑事と目が合った。

 写真から何かを感じるられるか? 答えはノーだ。それができたら苦労はしない。それができたなら事件は直ぐに解決するだろう。俺は軽く首をふり、話の続きを促した。


「三人目、山下 玲奈は18歳。毒殺。彼女の首には苦しみもがいた引っ掻き傷が大量についていた。次が葉月 蘭 19歳。頸動脈を傷つけられ、出血性ショック死だった。そして、青木 円香20歳」


 俺はゴクっと唾を飲み込む。

 写真の中の円香ちゃんは、何の不安もない笑顔を俺に向けていた。映画を観たあの日の彼女より幸せそうな顔で微笑んでいる。


 斗真は円香ちゃんの写真を無言で見つめていた。自分を責めている。残された多くの者が感じる想い。そんな斗真にかける言葉が見つからなかった。


「この被害者の方たちはみな、違う場所で発見され、違う殺害方法で殺されていますよね? なぜ連続殺人だと判断されたのでしょう?」


 俺の質問に満足そうに守屋刑事は頷いた。


「良いポイントだ。最初は関連性は無いものと俺たちも思っていた。お前は何か関連性が見えるか?」

「これだけの情報だと何とも…。でも、わかることはみな髪が長く可愛い。むしろ自分を可愛いと知っている女性、という感がします。異性がほっておかないような」

「お前もこういう感じが好みか?」


 守屋刑事が真面目な顔で聞くから、俺も全力で否定する。俺の好みはミクちゃん一択だ。あ、もちろんバーチャルモデルのミクちゃんの方。


「冗談はさておきだ。彼女たちには共通点があった。お前が言うように雰囲気が似ている。そして…、あー何だ。気を悪くするなよ」


 守屋刑事がチラッと斗真を見る。彼なりの気遣いか。


「彼女たちは交遊関係が派手だった。一時問題になったアプリを使って、荒稼ぎをしていた形跡がある。中には訴えられた奴もいる」


 アプリ? 俺の心臓がバクバクし始める。


「そのアプリって」

「『Hana』です」


 如月刑事が口を開いた。


 『Hana』って…。俺の体に電気が走ったような衝撃が走る。俺は知っている。もう一人そのアプリを使っていた人物を。そしてその娘もまた、非望の死を遂げた。


 そんな俺の想いとは関係なく、如月刑事の説明は続く。


「『Hana』というのは、出会い系アプリのパイオニアです。匿名性の高さが売りで、気軽に始められることが若者に人気の理由の一つでした。当時は相当な会員数を抱えていたと記録にあります。登録はメールアドレスだけで気軽に始められたので、犯罪に使われるケースも多く、問題となったアプリです」


 俺の表情は氷のように固くなっていたのだろう。守屋刑事が「お前も利用者か?」なんて聞いてくる。もちろん、面白半分で斗真と登録したことはある。が、結局本気で誰かと会おうという気にもなれず、放置していた。だから、アプリの存在は知っている。だからその程度だ。


 俺は隣にいる未来ミクちゃんが見せてくれたスマホの画面を思い出した。彼女もまた利用ユーザーの一人だったということだ。


「どうした?」


 守屋刑事が俺を見ている。

 そして当の未来ミクちゃんは、真剣な目で守屋刑事を見つめていた。俺はただ、そんな彼女の横顔を見つめることしか出来なかった。


 未来ミクちゃん…。

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