女子大生の失踪

 翌朝、未来ミクちゃんは俺の隣にいた。夜よりも体のラインが透き通っている気がするけど、確かに彼女はそこにいた。そのことに妙にホッとしている自分がいる。

 彼女ができるってこういうことなのかもしれない、と思い始めたその時、スマホがものすごい音で鳴り始めた。


『ちょっと、ボクちゃん。うるさい』

「あ、ごめん。守屋さんからだ」


 スマホに映し出される『守屋刑事』という文字に、嫌な予感がした。


「はい、九条です」

碧海あくあか? 今どこにいる? もう一人の青年も一緒か?』


 慌ただしい。何かあったに違いない。スマホを握る手に力が入る。


「部屋です。自分家なので、斗真はいません」

『そうか…』

「円香ちゃん、見つかったんですか?」


 スマホの向こう側で息を呑む音が聞こえた。やはり何かが起きているのだ、と確信する。


「守屋さん!?」

『すまない…。青木 円香が遺体で発見された』


 俺は返す言葉を見失っていた。


『後で如月を迎えに寄越す。お前はもう一人の青年と合流して、部屋で待ってろ』


 守屋刑事の声が、とても遠くに聞こえた。隣にいる未来ミクちゃんは、相変わらずスマホに夢中で、この件に興味なしな態度を決め込んでいる。

 何かが変だ。神々廻ししべ 空の名前を聞いてから、姿を消した未来ミクちゃん。彼女に何が起きたのだろう。薫くんの時と同じように、円香ちゃんのところにいたんじゃないか?


 そんなことを思いながら、俺は斗真に「悲しい知らせ」をするために立ち上る。こんなにも体が重いと感じたのは、久しぶりだった。


※ ※  ※


 俺たちはドラマで見るような霊安室ではなく、守屋刑事たちの部署に通された。入館には厳重な手続きがあったけど、如月刑事がエスコートしてくれたので迷わず入館することができた。


 俺たちは無言で、如月刑事の後をついていくしかなかった。


「斗真、大丈夫か?」


 さっきから無言の斗真の隣で、俺はただ座っている。気の利いた言葉も見つからない。


「俺があの時、倒れたりしなければ…」

「斗真、お前のせいじゃないだろ? しっかりしてくれ」

「俺、怖かったんだ。今も」


 誰でも怖いさ、という言葉を斗真に言うことは出来なかった。誰もが目に見えないモノ、原因がわからないモノに恐怖を覚えるものだ。でも俺は、俺にとっては日常だから、斗真に「誰でもそうだ」とは言えなかったんだ。


 そして忘れてはいけないこと、円香ちゃんは自分の意志で神々廻ししべ 空について行ったのだ。円香ちゃんの失踪は斗真の責任じゃない。


「呼び出して、すまなかったな」


 髪は乱れ、眠そうな顔の守屋刑事が缶コーヒーを抱え、室内に入ってきた。


「守屋さん、円香ちゃんは?」

「そう、慌てるな」


 どかっと座った守屋刑事は、疲れた顔でコーヒに口をつけた。


「都筑くんは、大丈夫か?」

「……」


 斗真は項垂れながらもコクっと頷いた。


「本当に円香ちゃんだったのですか? 俺たちに確認させたくて呼び出したんですよね?」

「イヤ違う。残念だが学生証で照合はできている。間違いないだろう。それに今、ご家族がこっちに向かってる」

「では…」


 守屋刑事が机に大きな体を預けるように前のめりになるから、コーヒーの香が俺の鼻をくすぐる。


「ち、近いっす」

「あ、すまんな」


 改めて、俺と斗真は守屋刑事の鋭い目で観察される。非常に居心地が悪い。


「もう一度聞く。お前は青木 円香の失踪、殺害に関与していないな」

「なっ」

「守屋さん! 守屋さんが一番わかっていますよね!」


 思わず俺は声を張り上げてしまった。斗真は信じられないという顔で守屋刑事を見つめている。非常に気まずい空気が流れた。



「わかってるさ。ただ、こいつは彼女の彼氏で、最後に一緒にいた。それだけで疑われるに十分だってことだ」

「そんな…」

「公園のビデオが証明してるでしょ?」


 俺は守屋刑事の発言に、だんだん冷静ではいられなくなっていった。だから、すぐに警察に相談もしたし協力もした。この段階で疑うのか?


「守屋さんも、事件性ありって言ってましたよね」


 守屋刑事は無言でじっと俺を見ている。なにも言わないことこそが、斗真の立場を物語っているようだった。警察は斗真とあの男が連んでいる可能性を疑っているのだ。あの防犯カメラのビデオは、円香ちゃんが神々廻ししべと一緒に自分の意志で公園を出たことを証明している。


 円香ちゃんが他の知らない男についていく事よりも、斗真とその友達に誘われて公園を後にした、というストーリーの方がしっくりくるのだろう。斗真も俺も、友達ですら知らない昔の男なのかもしれないのに。


「わかりました。円香ちゃんに会わせてください」

碧海あくあ…」


 俺は立ち上がる斗真の肩に手を置き「大丈夫だ」と頷く。


「俺が、神々廻ししべが殺ったんだとわかる証拠を、円香ちゃんから聞き出します!」

「円香ちゃんを一人にした俺が、そもそも悪かったんだ。俺は殺ってない。碧海あくあが、その事をわかっていてくれたから、それで良いんだ。」

「お前はバカなのか? 殺ってないことはこのオッサンもわかってるさ。ですよね?」


 守屋刑事がニヤリと笑う。そう、この狸オヤジはわかっていて、俺に言わせたのだ。


「仕方ないな。お前がそこまで協力したいと言うなら、会わせてやろう。そして今起きている連続殺人の被害者のことも、全て話そうじゃないか!」


 がっははは、と守屋刑事の豪快な笑い声が部屋中に響き渡った。

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