思い出は時に悲しく

「どうするんだよ。その男の子って今、傍にいるのか?」


 斗真が不安そうに周りをキョロキョロする。やめてくれ! このままじゃまた不審者として通報されるぞ。そんなことを思いながら俺は心の奥に入り込んだ薫くんの想いに意識を集中させていく。


 それはまるで膨大なファイルから映像をピックアップするみたいに、俺の周りに展開される。隣で斗真が何か言っているけど、その声は届かない。完全に薫くんの記憶にダイブした感じがする。こんな感覚初めてだ。


―― あぁ〜、これは薫くんの楽しい思い出だ。


 映像には、お母さんと思われる優しい笑顔の女性と一緒に、この公園に遊びに来ている楽しそうな風景が映し出されていた。噴水の中に入ってしまってずぶ濡れの薫くんを嬉しそうに見つめている女性。この公園は薫くんにとって思い出の場所だったんだな。


 続く映像には、どんどん変わっていく母親の姿が映し出され、化粧や服装が派手になっていく。母から女への変化。なんだこれ。


 そして公園で母親が男と、何かを話しているシーンが映し出される。

 薫くんには噴水の音しか聞こえていない様子で、二人が何を話しているのかまでは、彼の記憶からは読み取れなかった。黒い服を着た男。他の人は半袖を着ているのに、なぜ、この男だけは長袖の黒いTシャツを着ている?


―― こ、こいつ!?


 俺が黒い服の男の事を考えた瞬間、最後の映像が映し出された。

 『や…だ…。ママ…』薫くんの声が耳元で聞こえる。苦しそうな声。見えているのは化粧が崩れた女の顔。


『ごめんね、薫。こうするしかないの。あなたは生まれてきてはいけない子だったの。ごめんね…薫、ごめんね…』


 これは母親の声だ。

 あぁ…、酷すぎる。薫くんは実の母親に殺されたってことか!? あんなに会いたいと探している、大好きなママに。


『ママ…。寒いよ。どこ〜?』


 暗闇の中、映像は乱れながらも続いていく。ここは倉庫? 俺は恐る恐る扉を開ける。目に入ってきたのは、大きな冷凍庫だった。冷凍食品を売っている、どこの店にも置いてあるような大きな冷凍庫。そこから薫くんのくぐもった声が聞こえてくる。


 「ハァ、ハァ」これは俺の息遣い。心臓がバクバクし、口から飛び出しそうなくらいビビってる。それでも俺は声が聞こえてくる白い箱を覗き込んだ。




碧海あくあ! 碧海あくあ!」

「うっ…ぐはっ」


 俺は長時間、海に潜っていたかのような息苦しさに咳き込んだ。意識を集中した時に己の体をコントロールできていない。

 長時間この状態だと、確実に死ぬな俺。


 俺の肩をぐいっと掴み、無理やり顔を上げさせたのは斗真だった。いつにも増して怖い顔をしている。なぜ怒っているんだ?


碧海あくあ大丈夫か? 息できてるか? もう止めよう。もう、知らなくたっていいじゃないか」

「あ…」

「おい、泣くな。どうしたんだ」


 俺はオロオロしている斗真を見て、号泣した。薫くんの悲しみが俺を襲い涙したのか、現実に戻れたことにホッとした涙なのか、自分でもよくわからなかったけど俺は泣いていた。



「斗真…。あの男の子、薫くんはお母さんに殺されてる」

「えっ? 嘘だろ? 幽霊の男の子が話したのか?」

「ううん。あの子の記憶が物語ってた」


「それで、恨んで夜な夜な母親を探してたのか。『ママ〜』って」


 斗真の言っていることも、もっともな解釈だ。

 そこなんだよ。薫くんは俺に何て言った? 俺は額に指をあて考える。思い出せ、薫くんが言っていた言葉。


『お兄ちゃん、ママを助けてくれる?』


 そうだ! 薫くんは「助けて」と言っていた。俺の脳裏に薫くんの言葉が再生される。


「恨んでるんじゃない。彼は「ママを助けて」と言っていたんだ」

「それって、薫くんのお母さんの命がヤバいってことなのか?」

「命かどうかはわからないけど…」


碧海あくあ、薫くんの住んでいた所って探せないのか? 行ってみたらわかるかもしれないよな!?」


 斗真が亡くなった人のために行動をとるなんて、夢にも思っていなかったから、とても驚いた顔をしてしまった。


「斗真…。天才だな」

「馬鹿にしてるだろ?」


 本当にそう思ったから出た言葉だったんだけど。いつもの斗真のどや顔が、俺の心を軽くする。


「何か、気付いたことないのか?」

「う〜ん。この公園によく来ていた、ということは徒歩圏内に家があるってことだよな。それと、庭に物置小屋があるような一軒家。それもかなり古い感じの」

「家の広さとかは?」


 一生懸命思い出してみるが、詳細まではわからない。畳の部屋だったから、勝手に古い家だと思ったけど、自信はない。


「ごめん…わからない」

「いや、そこまでわかれば何とかなるかもしれないよ」


 斗真がスマホで何やら調べ物を始めた。


「俺さ、今の部屋を探す時、ここのアプリを使っててさ。結構使えるのよ」

「ほぉ〜」

「それに、この公園近郊はマンションが多いいから一軒家っていうのは目立つと思うんだよね」

「そうだな。でも…賃貸物件にエントリーしてなかったら探せないんじゃ?」


「……」


「しかも、今住んでいたら」

「もう何も言うな」


 よかった。やっぱり斗真は斗真クオリティだった。俺はホッとする。


 さっきから未来ミクちゃんの姿も見えない。薫くんの家を探したことがある感じだったから、教えてもらえると思ったんだけど。


 俺たちの静寂を破り、スマホの呼び出し音が鳴り響いた。


「びっくりさせるなぁ~、誰だ?」


 俺はスマホの画面を確認する。

 そこには『守屋刑事』と記されていた。


 何か円香ちゃんのことでわかったのかもしれない。


 とっさに俺たちは顔を見合わせていた。

 早く電話に出ろよ! 守屋刑事の声が聞こえた気がした。

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