薫くんの願いは1つ
先ほどから
さっきから黙って俺の後ろを歩いていた斗真が口を開いた。
「おい、
「言ってなかったっけ? 薫くんが見つかったって言うからさ、会いに向かってる」
「ぅげっ!」
そっか、やっぱり幽霊に会いに行くのか…と、斗真はがっくりと肩を落とす。そんなこと言ったって、薫くんがあのロングコートの男を見ている可能性が高いのだから、話を聞かないという選択肢はない。
『ボクちゃん、あそこ』
「薫くんだ」
「えっ? どこどこ?」
「斗真はここで待ってて。薫くんと話をしてみる」
斗真が凄く心配そうな顔で、俺の腕をつかんだ。
「
「何が?」
「また、倒れたりしないよな?」
あぁ大丈夫だ、と俺はそっと斗真の手を振りほどく。大丈夫かどうかなんてわからない。やってみないと分からないことは世の中に沢山あるのだから。
「
『う~ん。やってみるね』
俺たちは噴水が見えるベンチより下がった木陰に、陣を構えた。太陽の光も木洩れ日程度にしか差し込まないから、ここにわざわざ入ってくる人もいない。
想いの塊と対話するにはもってこいの場所だと思った。
ゆっくりとゆっくりと、薫くんの色が濃くなっていく。
『ボクちゃん、大丈夫?』
『僕…、ママに会いたい』
「薫くん…」
俺は薫くんの悲しみを肌で感じることができる。
「ごめん。今俺たちは友達を探してるんだ。その子を助ける為に、君の力が必要なんだ。だから、助けて欲しい」
『ボクちゃん…』
俺は何かを言いたげな
『ママ…』
ダメか…。そう思った時、薫くんが口を開いた。
『お兄ちゃん、ママを助けてくれる?』
「えっ? ママって」
『黒い服のオジサン、あっち』
俺は薫くが指差す方向を振り向く。そっちは確か公園のトイレの方向だ。
「女の人も一緒だった?」
うん、と頷く薫くん。その時薫くんの悲しみが濃くなるのがわかった。
『ボクちゃん! 離れて!』
急に世界が色を取り戻す。
「
「っ…」
「大丈夫か?」
「くそっ、クラクラする」
俺は派手に尻餅を付き、斗真のいるところまでぶっ飛ばされた。薫くんの悲しみがエネルギーとなって俺をぶっ飛ばしたのだ。想いの塊が、大の大人に物理的な影響を与えた?
「
「寝ぼけてるのか?」
あ、そうか。俺はまだ、彼女の名前を斗真に言ってなかったことを思い出した。
「あ、いや…。ごめん」
俺は心配する斗真の肩を借り、立ち上がる。肩の辺りをぐいっと押された感覚がまだ体に残っていた。
パーカーをずらすと、肩を掴む手形のアザが見てとれた。薫くんの手に違いない。
俺は吹っ飛ばされる直前、薫くんの想いを見ることができた。見るというより大量の情報が流れ込んできた、そんな感じ。その全てが深い悲しみに支配されていた。
俺はその悲しみを胸にしまい、薫くんが言っていたことを報告する。優先順位は円香ちゃんだ。
もしこれが真実なら、円香ちゃんも危ない!
「斗真、円香ちゃんは公園トイレのある出口から、車に乗って男と出かけた」
「そんなことが分かったのかよ」
「あぁ、守屋刑事に伝えよう。あの時間の防犯カメラなら、そこを重点的に確認してもらう方がいい」
「あ、あぁ。でもその前にお前…」
「うん?」
「顔が真っ青だ。それに手が」
スマホを操作する手が、自分でもわかるほど震えている。何よりびっくりしたのは、守屋刑事の名刺が滲んで読み取れないことだった。
薫くんが見せた想いが俺の心を支配し、離れない。それはとても黒く深い悲しみだった。
「守屋刑事、何だって?」
「調べてくれるってさ」
「そっか。少し落ち着いたか?」
俺は斗真が買ってきてくれたレモネードを飲み干した。レモネードの甘酸っぱさが俺の気分を落ち着かせてくれる。
「なぁ、
いつも以上に不安げな顔が俺を覗き込んでいる。
「俺はさ、お前みたいに感じることも見ることも、聞くこともできないけどさ。お前だけが苦しむことは、ないって思うんだ。何も変わらないかもしれないけど気持ちを理解する事なら、俺にも出来るんじゃないか」
「斗真…」
隣に座っている斗真の横顔が、とても頼もしく見えた。俺が女だったら惚れてたかもしれない。ホント、男でよかった…。
「ありがと。隣にいてくれるだけで、俺は生きてるって思えるよ」
「なんだそれ」
「お前と、このレモネードがあればいいって話だよ」
プッ、と俺たちはお互いの顔を見て吹き出してしまった。「俺はレモネードと同レベルかよ」って斗真が俺を小突く。
こうやって、笑い合えることがどれだけ俺の心を軽くしてくれてるか、感謝しかない。
「なぁ、斗真」
「なんだ?」
「俺たち、急いだ方がいいかもしれない」
斗真が涙を拭きながらキョトンとしている。
「それって、円香ちゃんこのこと? 円香ちゃん、ヤバイのか?」
あ…ごめん、そうだよね。俺の言い方が悪かった。
「そっちはまず、守屋刑事たちに任せよう」
「じゃぁ?」
「ヤバイのは、公園の男の子の方」
「えっ」
そう、薫くんの深い悲しみは闇落ち寸前だった。
闇に落ちた魂は、悪霊となりこの世にずっととどまるしかない。そうはさせない、させたくないんだ。
間に合ってくれ。
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